エンドロールは流れない   作:ゴロドッグ

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第一話 有り得ない続き

 あの花畑に辿り着いて、彼女と、スティルインラブと過ごせた時間は、幸せそのものだった。変わっていく体に、迫る終わりを予感しながらも、彼女と共にある事を、私は選んだ。だから私は、願ったんだ。

 

───どうか、どうか少しでも長く、彼女と一緒に居られますように。

 

 そう、ただ願っただけだったのに。どうして、どうしてこうなってしまったのだろう?気が付けば自分の部屋で目が覚めて。まさか、あれは夢だったのかと青ざめたのも束の間。感じた違和感に恐る恐る姿見を覗き込めば、有り得ない光景が広がっていた。

 紅い瞳、白い肌、栗色の髪。華奢で、ゾッとするほど美しいウマ娘。スティルインラブが、鏡の中から覗き込んでいた。私が動けば、鏡の中のスティルも同じ様に動く。私が驚き目を見開けば、スティルも同じ様に目を見開いた。

 少し、状況を整理しよう。この場に居るのは私一人で、つまり鏡に映っているのは、私であるはずで。でも、鏡に映っているのは間違いなくスティルで。考えれば考える程混乱してくる、このおかしな状況で、私は事実を認めるしかなかった。

 

───私が、スティルそっくりのウマ娘になっている事を。

 

 

 トレセン学園にこの異常事態を報告した結果、私も含めて、周囲は大混乱に陥った。そもそも、ただの人がウマ娘に変わる時点で前代未聞な上、その姿が担当ウマ娘と瓜二つだというのだから、混乱もひとしおだ。しかも、私がスティルを探し始めてからかなりの時間が経っていたそうで、今までどこで何をしていたのか、こうなった事に心当たりは無いのか、ひたすらに質問責めを受けた。そこに病院での入念な検査も加わり、もう心身共にヘトヘトだ。

 

「…ふぅ」

 

 長い検査を終えて、一息吐きながら病院を出る。結局原因は不明で、今までの不調もすっかり消えて、体も健康そのもの。何も分からない、という事が分かっただけだった。これからどうすれば良いのか、考えるだけでも憂鬱だったけれど、夕陽を背に佇む人影を見つけて、直ぐに私の心は弾んだ。

 

「トレーナーさん、お疲れ様です」

「スティル!待っていてくれたの?」

 

 こちらに穏やかに微笑むスティルに、軽やかな足取りで駆け寄る。スティルも私と同様に、気が付けば自分の部屋に戻っていたそうで。理事長室に連れられて、私と一緒に質問責めを受けていた。その後は退学届の取り消しだったり、色々としなければならない事があったから別れたのに、まさかここで会えるとは思わなかった。

 

「…その、一刻も早く貴方に会いたくて。ご迷惑、だったでしょうか?」

「まさか!会えて嬉しいよ。むしろ、スティルの方こそ色々と大変だったでしょう?大丈夫?無理してない?」

「ええ、ご心配無く。全て、つつがなく済ませましたので。…とても、怒られてしまいましたけど」

 

 そう言って、スティルは困った様に笑う。夕陽に照らされたその笑顔があまりにも綺麗で、つい視線を逸らした私は、スティルが袋を手に持っている事に気付いた。私の視線に気付いたスティルは、その袋をおずおずと私に差し出して来る。

 

「…きっとお疲れだろうと、はちみーをお持ちしたのですが、いかがでしょう?」

「っ!ありがとう!頂くよ!」

 

 自分で思っていた以上に疲れていたのか、とても弾んだ声で答えてしまって羞恥心が湧いてくる。それをごまかす為に、行こうか、と近くのベンチまで先導すれば、スティルは優しく微笑んでそれに続いた。

 私はそれに少しいたたまれなさを感じつつ、スティルと一緒にベンチに座り、はちみーに口を付ける。すると口いっぱいに広がった味に、私は思わず口を開いた。

 

「美味しい…!」

 

 体が変化したからだろうか?今まで以上に美味しく感じる。いつもより飲むペースが速くなって、すぐに飲み干してしまった。少しはしたなかったかなと隣を見れば、紅い瞳と目があって、すぐに逸らされた。

 

「あっ、すみません、不躾に見つめてしまって。本当にそっくりだと思って…」

「気にしないで。私だって同じ立場だったら、まじまじと見ちゃうだろうから」

 

 自分と同じ顔なのだから、気になって当然だろう。そう、同じ。その事が、以前彼女が言っていた言葉を思い起こさせて。私は意を決してスティルへと問い掛けた。

 

「…スティルは、こうなった事に心当たりは無いの?」

「…はい。私も、何が何だか分からなくて…」

「…そっか」

 

 スティルがそう言うなら、本当にそうなのだろう。そうなると、いよいよ謎めいてきた。まさか、私の願いを三女神が聞き届けた、何て事は無いだろうし。何も手がかりが無い以上、これ以上考えるのも不毛に思える。

 

「まあ、せっかく元気になれたんだし、あまり深く考えずに、それで良しとしよう」

「そう、ですね。…ところで、あの、お体の方は、本当に…?」

「うん。バッチリ!」

 

 不安げなスティルに、元気よく笑顔で返事をする、まだ耳の位置や尻尾の存在に違和感はあるけれど、以前と比べて今は健康そのものだ。

 

「…そうですか。良かったです。本当に、良かった…!」

 

 噛み締める様に、安堵と罪悪感が混ざった様な表情でスティルは言う。まるで、全て自分が悪いのだと言わんばかりの様子があまりにも痛ましくて。私はそっと、スティルの手に自分の手を重ねた。

 

「あのね、スティル」

「トレーナー、さん?」

「私は貴方と出会えて、今も幸せだし、これから先、それが変わる事は無いよ」

 

 出会ってからの三年間、色々な事があったけれど、これだけは断言出来る。それぐらい、彼女と過ごした日々は幸福で、かけがえの無いものだったから。

 

「だからスティル、どうか自分を責めないで。私に悔いが残るならそれは、貴方が不幸になる事だけだから」

「トレーナー、さん…」

 

 スティルが、そっと私に寄りかかってくる。私はそれをただ受け入れて、すすり泣く彼女が泣き止むまで、ずっと手を握っていた。

 

 

「あの、先ほどは取り乱してしまい、本当に申し訳ありませんでした」

 

 病院からの帰り道。スティルは改めて頭を下げた。よほど恥ずかしかったのか、今も顔が真っ赤だ。

 

「ハンカチ、洗って返しますね」

「そこまで気にしなくて良いのに」

「そこまでしないと、私の気が収まらないのです」

 

 本当に気にしていないのだけど、スティルが譲る気配は無い。これ以上断ると逆にスティルを追い詰めてしまいそうだ。

 

「なら、お願いしようかな」

「…はい!」

 

 私の言葉に、スティルは表情をパアっと明るくさせた。それを見ているだけで心が暖かくなる。

 

「あの、他にも何か、お手伝い出来る事はありませんか?慣れないお体で大変でしょうし、私に出来る事なら、いくらでも力になります」

「うーん、そうだなぁ」

 

 スティルの問い掛けに、私は頭を悩ませた。幸い、ウマ娘になって力が制御出来ない、なんて事も無い。服も、元からスティルとあまり変わらない体格だったから、買い換える必要も無いだろう。後、困る事といえば…

 

「耳とか尻尾とか、扱いに困ってはいるかな」

「っ!でしたら、当面の間は私がお手入れいたしましょうか?自分の体であれば、勝手も理解していますし」

「気持ちは嬉しいけど、さすがにそこまで頼る訳にはいかないかな。いくら同性とはいえ、トレーナーの自宅に、担当ウマ娘を入り浸らせる訳にはいかないでしょう?」

 

 思った以上にぐいぐいと来るスティルに待ったをかける。本当に気持ちは嬉しいのだけれども、さすがにそこまでしてもらう訳にはいかない。そう思っていたのだけど。

 

「…あっ。そう、ですよね。申し訳ありません、出過ぎた真似をしてしまって」

「そう落ち込まないで。気持ちは本当に嬉しいよ」

 

 一瞬、スティルが悲しげな顔をして、慌ててフォローする。少し突き放した言い方になってしまっていたかもしれない。反省しないと。

 

「でしたらせめて口頭で、お手入れの仕方をお伝えしますね。調べれば出てくるでしょうけど、体質も同じなら、私のやり方で行うのが一番確実でしょうし」

「ありがとう。助かるよ」

 

 スティルの言葉をメモしつつ、道中で必要な物を買い足して帰路につく。このアドバイスのおかげで、耳と尻尾のお手入れは、非常にスムーズに行う事が出来たのだった。

 

 

 共に燃え合って終わっていく。その覚悟を決めたはずだった。なのに『続き』は、何の前触れも無く始まって、かつて焦がれた日常に、私達は身を置いている。

 あの方、トレーナーさんの体も、予想外の変容を遂げたものの健康そのもので、もう壊れる心配は無い。不気味な程に都合良く、私達の問題は解決の兆しを見せていた。

 良いことだ、と思う。この機会を逃してはいけないとも。今度こそ己を律して、トレーナーさんを害さない様にしなければ。

 

『トレーナーの自宅に、担当ウマ娘を入り浸らせる訳にはいかないでしょう?』

 

 けれどその言葉が、私の胸に深く突き刺さった。トレーナーとウマ娘、師と教え子。置き去りにした現実が、今になって私に牙を剥く。

 私とて、トレーナーさんとそういった関係になる事は難しいと理解している。ただ、傍にいられれば、一緒にいられればそれで良いと、思っていたはずだった。でも。

 あの三年間で育んだ気持ちは、あの方への想いは、我慢なんて出来ない程に膨れ上がってしまっている。あの方から与えられる親愛だけでは満足出来ないくらい、今の私ははしたなくなってしまった。

 蓋をしなければいけない。万が一にも、トレーナーさんに迷惑を掛けない様に。なのに。

 

───本当は分かってるくせに。

 

 頭の中で声がする。分かたれた本能が私に囁く。久しぶりの感覚だった。レースで本能を晒け出す事を恐れなくなってからは、私達は一つだったから。でも今は違う。

 

───染められなくたって、一緒になる事は出来るんだもの。このままで良い、だなんて。そんなはず無いでしょう?

 

 距離を保ちたい理性と、縮めたい本能。再び分かたれるのは、当然の結果だった。

 

───奪い取ってしまえばいいの。あの方の心を。何もかもを。

 

 この衝動に、身を任せる訳にはいかない。きっと、あの方は私を身限らない。だからこそ、この気持ちをぶつければ困らせてしまう。あの方の足を引っ張る様な事はしたくない。けれど、一度は身を委ねたものに抗えるのか、私には自信が無くて。

 

『私は貴方と出会えて、今も幸せだし、これから先、それが変わる事は無いよ』

『だからスティル、どうか自分を責めないで。私に悔いが残るならそれは、貴方が不幸になる事だけだから』

 

 それでも、貴方がくれた想いに応えたいから。どうか、この気持ちが溢れませんように、伝わりませんように。衝動を心の奥底に押し込めて、私は祈るのだった。

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