エンドロールは流れない   作:ゴロドッグ

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第四話 貴方と一緒に

 今のトレーナーさんの姿は私と瓜二つだ。見分けがつくように、トレーナーさんは髪を束ねてポニーテールにしているけれど、それさえなければ私とあの方は見分けがつかない。

 つまり、ポニーテールの私は実質トレーナーさんと言えるのではないだろうか。

 

「出来た…!」

 

 作業を終えた私は目の前のぱかプチを抱き上げ、その出来栄えをしげしげと眺めた。私のぱかプチからヴェールを取って、髪型をポニーテールに変えた、世界に一つだけの、私だけのトレーナーさんのぱかプチ。

 

「ふふ。トレーナーさん…」

 

 ぱかプチを胸元で抱き締める。それだけで夢見心地だった。おでかけで昂った心を静めようと始めた事だったけれど、逆効果だったかもしれない。

 

「ああ、トレーナーさん、トレーナーさん。私の、アナタ…」

 

 つい"あの子"が漏れ出てしまう。今ユニヴァースさんが帰って来たら、私は恥ずかしさで死んでしまうだろう。それくらい、今の私は浮かれていた。それくらい、この前のおでかけは素晴らしかった。

 トレーナーさんと、手を繋いだ。突然の申し出に、私は何も考えられずに飛びついて。そんなはしたない私の手を、あの方は握り返してくれた。手の平から伝わるあの方の体温が、優しさが心地よくて、本当に幸せな時間だった。おまけに、転んだ時、あんなにも近くまであの方の顔が接近して、この気持ちを発散しないと爆発してしまいそうだった。

 

「あの顔…」

 

 おでかけの事を思い出す時、いつも決まって、転んだ時のトレーナーさんの顔を思い出す。頬を赤く染めて呆けた顔、熱っぽい視線、あれはまるで…

 

「そんなこと、無いわよね…」

 

 そして決まって私は、その憶測を否定する。あの方はどうしようもなく大人で、トレーナーだ。一線を越える事は無い。あれはきっと、私が興奮し過ぎて見間違えただけ。

 

「そう、そうよ。だって、そうでないと…」

 

 もし、もしも万が一、あの方の気持ちが私と同じであったのならば。この恋を、諦めなくていいとしたら。もしそうであったのなら、私は…。

 

 

 仕事に集中出来ない。気を抜くとついスティルの事を考えてしまう。一度意識してしまってからというもの、私はまるで思春期の少女の様に、この感情に振り回されていた。

 

「…ふぅ」

 

 頭を冷やそうとパソコンから目を離し、トレーナー室の天井を見上げた。この調子だと最悪、スティルの担当を降りる事になるかもしれない。早くどうにかしないと。

 

「トレーナーさん。難しい顔をされていますが、何か問題が?」

「少し行き詰まってて。そこまで深刻じゃないから、心配しないで」

 

 心配そうにこちらを覗き込んで来たスティルに笑顔で返す。実際、量自体は大したことは無いし、集中さえ出来ればすぐ終わるだろう。それよりも、スティルの顔が近い方が、今の私には問題だった。あの紅い瞳と目が合うと、思わず見惚れそうになる。

 

「少し休憩しませんか?コーヒーと、それに合うお菓子も持って来てるんです」

 

 スティルの申し出に、どうするべきか少し悩む。ここで気分転換するのも良いかもしれないけれど、今の私がスティルと一緒に居て落ち着けるかどうかは、自信が無い。

 

「…うん。それじゃあ、そうしようかな」

「…!はい、それではこちらへどうぞ」

 

 結局、気遣いを無碍には出来ないと理由を付けて、私はスティルの申し出を受けた。私の返事に、ぱあっと表情を明るくしたスティルと並んでソファに座る。

 

「あっ、これ…」

 

 テーブルの上にあった物を見て、私はつい声を上げた。クッキーに、りんごバター、はちみつ、カスタード。スティルがコーヒー好きのウマ娘達の集まりで出したラインナップだ。

 

「改めて、貴方と一緒に味わいたくて。どうぞ、お召し上がり下さい」

「ありがとう。じゃあ早速頂くね」

 

 お言葉に甘えて、クッキーにりんごバターを挟んで一口かじる。うん、やっぱりスティルのお菓子は美味しい。コーヒーも合わさって、いくらでも食べてしまえそうだ。

 

「…ふふ」

「?あっ、食べかすでもついてた?」

「あっ、いえ、そういう事ではなく。ただ、幸せだな、と」

 

 こちらを見て笑うスティルに、意図が分からず問いかければ、返って来たのはそんな答えだった。

 

「去年は、本当に色んな事がありましたから。こうやって、穏やかな時間を貴方と過ごせる事が、本当に嬉しくて」

 

 しみじみと、昔を懐かしむ様にスティルは言う。釣られて私も、スティルと出会ってからの三年間を振り返った。手探りで走り始めたジュニア期、トリプルティアラを目指したクラシック期、一度は諦め、再び走り始めたシニア期。どれもが大切で、掛け替えの無い思い出だ。

 

「燃え合う様に駆け抜けて、もう終わっても良いとすら思っていたのに。こんな形で貴方と共にいれるなんて、思ってもいませんでした」

 

 確かに私も、一時は三年目が終わるまで保てば良い、とすら覚悟していた。スティルの為なら、どんな結末を迎えても構わないとさえ思っていた。それくらい、私の中心に、スティルは居る。これからもずっと、彼女の事を大切にしていきたい。そう、思っていたのに。

 

「貴方とまた夢を見る事が出来て、私は幸せです」

 

 そう言って浮かべた微笑みは、本当に幸せそうで。彼女は笑顔が一番美しいと、改めて実感させられて。気付けば私は、あっさりと道を踏み外していた。

 

「…やっぱり、好きだなぁ」

「…え?」

 

 目を丸くしたスティルを見てようやく、自分が何を言ったか自覚する。背筋が凍る。誤魔化さないといけないのに、頭が働かない。

 

「あっ、いや、変な意味じゃなくて…!」

 

 咄嗟に出た言葉はしどろもどろで、それが『そういう』意味だと如実に証明してしまっていた。終わった。そう思った矢先、スティルは両手で顔をおさえ俯いてしまう。

 

「…本当、に?一緒?一緒なの?じゃあ、それじゃあ、もう…」

「スティル…?」

 

 スティルの様子がおかしい。動揺はしているけれど、それ以上に興奮している。そう、まるでレースの時と同じ様に昂っていて、

 

 

「我 慢 シ な く て イ い ノ よ ねェ!?」

 

 

 気付いた時には、もう遅かった。突然表に出てきた『本能』の彼女が、私をソファに押し倒す。その熱に濡れた瞳を見れば、彼女が何を考えているか、いくらなんでも察しはついた。

 

「まっ、待ってスティル!落ち着いて!」

「何故?だってワタシ達、一緒でしょう?ワタシだから?そんな訳無いわよねェ?」

 

 どうにか抜け出したいのにびくともしない。呼び掛けてみても、スティルが戻る気配は無くて。私の耳もとにそっと顔を寄せて来た。

 

「だってアナタは、私も、ワタシも、両方愛しているんだもの」

「…っ!」

 

 甘ったるい囁きに背筋がゾクゾクする。このまま全て委ねてしまいたい、そんな誘惑に抗って私は声を上げた。

 

「待って、お願い…!だって私と貴方は、トレーナーと、学生で…!」

「…強情なのね。でも、ねえ気付いてる?ワタシ、さっきから全然、力なんて入れていないのよ?」

「…えっ?」

 

 嘘だ。そんなはず無い。だって今も、私を押さえる腕はびくともしない。もしそれが本当なら、私は…!

 

「それにアナタ、待ってとは言っても、嫌とも止めてとも言わないのね?」

「ち、違う、私、私は…!」

 

 一つ一つ丁寧に事実を突きつけられて、私は子供みたいに首を振って否定するしか出来なかった。私はこんなの望んでない。こんなやり方間違ってる。そんな主張は、この状況では何の説得力も無くて。

 

「まだ否定するのね。まあ良いわ。どのみち、我慢なんてもう無理だもの」

「まっ、待って、待ってよ、スティル…!」

 

 彼女の顔が近付いてくる。私の反応を楽しむみたいに、ゆっくりと。依然腕はびくともしなくて、私は何の抵抗も出来ない。顔はもう、息が掛かるくらい近くまで来ていて、私は全てを諦めて、目を閉じた。

 

「…?」

 

 閉じてすぐ、スティルの気配が遠退いて、私は恐る恐る目を開ける。

 

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ…!」

 

 最初に飛び込んできたのは、上体を起こして、青ざめた顔で荒い呼吸を繰り返すスティルの姿だった。遅れて、その瞳に理性の光が戻っている事に気が付く。

 

「トレーナー、さん。私、私…!」

 

 私が呼び掛けるよりも先に、スティルは今にも泣き出しそうな顔で口を開いた。何か言ってあげたいのに、私も気が動転していて、掛ける言葉が何一つ思い浮かばない。

 

「ごめんなさい…!」

「待って、スティル!」

 

 そうして言葉を探している内に、スティルはトレーナー室から走り去ってしまう。慌ててトレーナー室から出れば、もうスティルの姿は見えなくなっていて、どうすれば良いかも分からないまま、私はスティルの後を追うのだった。

 

 

 どうして、私は皆と違うのだろう。どうして、私はこんなにも醜いのだろう。どうして、私は愛する人を傷付けてしまうのだろう。月を見上げたところで答えなど出るはずも無く、ただ頬に涙が伝うだけだった。

 誰よりも大切な人だった。誰よりも愛していた。でも私の愛は燃え上がるばかりで、寄り添う事すらままならない。

 あの方と出会った場所で、私は一人立ち尽くす。あの時、出会っていなければ。なんて、そんな仮定、無意味なのに。

 だって私は、何度だって同じ選択をする。結末が分かっていても、他にどんな選択肢があっても、私はあの方を選ぶ。それがどんな悲しみを生むとしても、私はあの方から離れられない。それくらい、あの方は私の中心で、運命だった。

 

「スティルっ!」

 

 焦がれた声に慌てて振り返れば、トレーナーさんが私に駆け寄って来ていた。私を見て安堵した様な顔を浮かべている貴方の胸に、今すぐにでも飛び込みたくて。私はその衝動をグッと堪えた。

 

「駄目、です。来ないで…!」

「スティル…」

 

 拒絶する言葉を言い放つだけで、胸が張り裂けそうだった。それでも、言わなければ。手遅れになってしまう前に。

 

「私、おかしいんです。トレーナーさんを想うと抑えが利かなくなって、あんな、あんな乱暴な事まで…!」

 

 先程の光景がフラッシュバックして血の気が引く。後一歩、本当に後少しで取り返しのつかない事になるところだった。

 

「貴方が好きなんです。どうしようもないくらい、愛しているんです。貴方を困らせてしまうと分かっているのに、抑えられない、近付きたい、一緒にいたい…!」

 

 今でも気を抜いたら、"あの子"が表に出てきてしまいそうだった。トレーナーさんが欲しい。今の関係じゃ満足出来ない。もっと深いところまで、貴方の魂を引きずり込んでしまいたい。そんな欲求がずっと、私の理性を壊そうとしている。

 

「…ごめんね、スティル。私が、あんな事を言ったから」

「違います!トレーナーさんのせいじゃありません!貴方の気持ちは嬉しかった!だから、だからこそ、あんな形で応えては、いけなかった…!」

 

 トレーナーさんの謝罪を、私は必死になって否定した。だって、一緒だと分かったのなら、抱いた想いが同じなら、ちゃんと向き合えば、お互いが納得出来る答えだって、出せたかもしれないのに。私が衝動に任せて台無しにしてしまった。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい…!」

 

 涙が止まらなかった。衝動に勝てなかった自分が情けなくて、こうして貴方を困らせてしまう私が嫌で、今すぐにでも消えてしまいたかった。

 

「…本当にごめん。スティル」

「トレーナー、さん?ああ、駄目です。今近付かれたら…!?」

 

 私の話をじっと聞いていたトレーナーさんが突然、私に歩み寄る。私の制止の言葉も聞かずに、目と鼻の先まで近付いてそのまま、トレーナーさんは私に抱きついた。

 

「おかしくなってるのは、私もなの」

 

 混乱する私の耳もとで、貴方は囁く。それだけで、私の体は熱くなって、全身の血が昂り、『本能』が今にも暴れ出しそうだった。

 

「貴方だけなんてフェアじゃないから、私からも改めて言わせて」

 

 もう我慢だとか、そんな考えすら頭から吹き飛んでいた。ただ、貴方の言葉を聞き逃したく無くて、"あの子"にこの機会が奪われる事が惜しくて、私は聞く事だけに意識を集中していた。

 

「好きだよ、スティル。トレーナーとしてではなく、一人の女性として、貴方を愛してる」

「…っ!トレーナーさん…!」

 

 そして、欲しかった答えを聞いて、私は貴方を抱きしめ返した。ただ愛おしくて、出来る限り体を密着させた。

 

「本当は、大人として貴方を守らないといけないのに。この気持ちを抑えられない。私も、貴方と一緒にいたい…!でも、私はトレーナーだから。だから…」

 

 一呼吸、トレーナーさんは間を置いた。今から言う事はそれほど大事な事なのだと、私にも理解出来た。

 

「もし卒業しても貴方の気持ちが変わらなかったら、その時は、私と、恋人になってくれる…?」

 

 それは、私にとって、きっとトレーナーさんにとっても酷な事だった。お互いの気持ちを確かめ合った上で、卒業まで待たなければならないなんて。それでも、それはトレーナーさんの最大限の譲歩で、ウマ娘として、学生としての私も、大切にしてくれているからこその言葉だと、理解しているから。私の答えは一つだった。

 

「はい…!愛しています、トレーナーさん…!この気持ちは、ずっとずっと変わりません…!私、卒業したら絶対にトレーナーさんと結ばれます…!」

 

 今にも暴れ出しそうな『本能』を抑えつけて、私は誓う。一人では耐えられなかった。でも今は、貴方も同じ想いを抱えてくれていると、知っているから。貴方と歩むなら、たとえ蕀の道でも、幸せに満ちていると、分かっているから。貴方が受け入れてくれるから、この衝動にも耐えられる。

 

「スティル…」

「トレーナーさん…」

 

 そのまましばらく、気持ちを確かめ合う様に、私達は互いの体を強く、強く、抱きしめるのだった。

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