エンドロールは流れない   作:ゴロドッグ

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最終話 答えを聞かせて

 少しだけ落ち着いて、私達は二人並んでベンチに腰掛けていた。ふと冷静になると、本当にこれで良かったのかと不安が過る。スティルはまだ子供だ。これから先も、色んな人と関わっていく。それなのにこんな、彼女の未来を縛る様な真似をして、本当に良かったのだろうか?

 

「…ふふ」

 

 そんな不安も、私の肩に頭を預けて笑う彼女を見ていると、じんわりとほどけていってしまう。想い合えている事が幸せで、満たされて、これで良いのだと思ってしまう。でも、そろそろ帰らないといけない。もうとっくに、寮にいないと怒られる時間だった。

 

「ごめんなさい、もう少しだけ、このまま…」

 

 私の考えを見透かした様に、スティルはそう言って私の手に手を重ねた。愛おしそうに、割れ物を扱う様な繊細な手つきが少しくすぐったい。

 

「…少しだけね」

 

 されるがまま、私は彼女の要求を受け入れる。トレーナーとしても、大人としても、今の私は落第だ。それでも良いと思ってしまうくらい、スティルに溺れていた。正しくなくても、周りが眉をひそめる様な関係だとしても、二人でいる事が私の幸せで、全てだった。

 

「今夜だけ、だからね?」

「…はい。分かっています」

 

 それでも、もう手遅れだとしても、最後の一線は守りたかった。だって、スティルはこんなにも魅力的なのだから。やはり彼女は、『皆』に愛されるウマ娘に、誰の記憶にも残る様な、そんなウマ娘になれる逸材だ。私が一人占めして良いわけがない。ただ、そんな彼女が走り切った後、寄り添い共に歩く人間は、私が良い。

 

「今夜だけなら、もっと欲張りになってもよろしいでしょうか。その、き、キス、だとか、そういったものではありませんので!」

「うん、良いよ。どうしたいの?」

 

 恥じらう彼女の顔にドキリとしながら、私は頷いた。こんなに積極的なスティルは珍しい。お互いに気持ちをさらけ出して、スティルも昂っているのかもしれない。

 

「…ごめんなさい。少しだけ痛くしますね」

 

 そう言って、スティルは私の左手を手に取ると、しばらくの逡巡の後、薬指の根元に噛みついた。

 

「んっ…!?」

 

 急な痛みに、どうにか声だけは抑えた。突然の事に私が混乱している間に、スティルは指から口を離す。その顔は、申し訳なさそうにしながらも紅潮していて、興奮しているのが一目で分かった。

 

「急にごめんなさい。痛かったですよね?」

「ううん、大丈夫。でも、急にどうしたの?」

「…"あの子"の事が羨ましくて。何より、今日が夢では無いという証が欲しかったんです」

 

 噛み跡を撫でながら、彼女は言う。薬指についたそれは、まるでエンゲージリングの様で。それをスティルは愛おしげに撫でるものだから、私は顔に熱が溜まっていくのを感じた。

 

「この跡はすぐに消えてしまうけれど、今日の約束は、私の想いは、そう簡単には消えません。どうかこれからも、末長くよろしくお願いいたしますね、トレーナーさん」

「うん。私こそ、これからもよろしくね、スティル」

 

 いつもより情熱的なスティルに、たじたじになりながら、私は返事をする。年上として情けないけれど、こうしてスティルに翻弄されると、ドキドキしてしまう。

 

「このままではいけませんよね。消毒と、包帯も巻かせて下さい」

「じゃあお願いするね」

 

 そう言って、スティルは消毒液と包帯を取り出して手当てを始めた。消毒液が染みるのを我慢して、少し残念そうに包帯を巻くスティルの指先を眺める。何だか、これはこれで指輪をはめられている様で、少し落ち着かない。

 

「はい、出来ました。キツく巻きすぎたりしてませんか?」

「大丈夫だよ。ありがとう、スティル」

「い、いえ、傷付けたのは、私なので…」

「手当てしてくれたのも貴方でしょう?」

「…本当に、貴方はずるいです」

 

 恥ずかしそうに、スティルは俯く。それでも、手は変わらず左手に添えられていた。包帯の下の噛み跡を愛おしむ様に、優しく撫でている。こうも何度も意識させられたら、しばらくはこの噛み跡を見るだけで今日の事を思い出すだろう。

 

『好きだよ、スティル。トレーナーとしてではなく、一人の女性として、貴方を愛してる』

 

 今日の、事を。…うん。冷静になって悶えるのは明日の私の役目だ。今はただ、この瞬間を楽しもう。

 

「…そろそろ、戻らないとですよね」

「…そうだね」

 

 そうしてしばらく時間が過ぎて、名残惜しそうに、彼女は左手から手を離した。私も同じ気持ちだったけれど、これ以上長居するわけにもいかない。

 

「きっと、怒られてしまいますね」

「私も、一緒に怒られるよ。だから…」

 

 名残惜しい気持ちを振り切って、私はベンチから立ち上がり、彼女へと手を差し伸べながら言葉を続けた

「帰ろう、スティル」

「…っ!はい、帰りましょう、トレーナーさん。一緒に…!」

 

 しっかりと私の手を握って、スティルが立ち上がる。その手を引いて、私達は帰路につく。二人だけの、手を繋いで歩く帰り道は、普段のそれもよりもずっと安らげる様な、そんな気がした。

 

 

「わあ、綺麗…!」

 

 目の前に広がる光景に、私は思わず感嘆の声を漏らした。色とりどりの花達が暖かなライトに照らされて、幻想的な雰囲気を作り出している。日の下で見る花も綺麗だったけれど、こうして夜闇の中照らされる花もまた、違った趣があった。

 

「ずっと前から、卒業したら貴方と来ようと思っていたんです」

 

 私の喜び様を見てか、横を歩くスティルは穏やかに微笑んだ。あれから数年経ち、スティルはトレセン学園を卒業した。今は卒業祝いに、私と二人でちょっとした旅行をしている。

 

「気に入って貰えて嬉しいです」

「うん。連れてきてくれてありがとうね」

 

 顔を見合わせて笑い合う。手は自然に繋がれていて、後一歩のところまで、私達の関係は着実に進展していた。その一歩を踏み出す時が、すぐそこまで来ていた。

 

「───さん」

 

 不意にスティルに名前で呼ばれて胸が高鳴る。今まではずっと『トレーナーさん』だったから、少しこそばゆい。でも、もうトレーナーと学生ではなくて、ただの私とスティルインラブが向き合っているのだと思うと、嬉しくもあった。

 

「こちらも、卒業したら絶対に呼ぼうと思っていたのですが、やっぱり慣れませんね」

 

 頬を赤く染めて、スティルははにかむ。確かに慣れない。けれど、嫌な感覚では無かった。

 

「これから何度も呼んでいけば、もっと気軽に呼べる様になるでしょうか?」

 

 そう言って、彼女は手の繋ぎ方を指を絡める形に変えてきた。一般的に恋人繋ぎと言われるそれに、私の心は容易く乱される。

 

「す、スティル…!?」

「ふふ。もう子供じゃないんですもの。これぐらいのスキンシップは、構いませんよね?」

 

 感触を楽しむ様に、スティルは握る力を強めたり、弱めたりする。あの頃と比べてスティルは、随分と大胆になった。それが心臓に悪くもあり、感慨深くもあった。

 走り続ける内に、スティルのファンも友人も増えていった。今の彼女は一人ぼっちじゃない。ましてや人々に恐れられる化け物なんかじゃ絶対にない。皆に愛される、人気者のウマ娘だ。卒業式の時なんて、彼女を慕う後輩達が大泣きして、私も釣られて泣いてしまったくらいだ。

 そうやって彼女の周りに人が増えた事が、今の彼女の自信にも繋がっていると思うと、また泣きそうになってしまう。

 

「本当に、貴方は強くなったね」

「はい。貴方に、変えて頂きました」

「ううん。貴方が変わったんだよ」

「それは違います。貴方が居てくれたから、私は変われたのですから」

 

 珍しく、スティルは私の言うことを強く否定した。でも卑屈になっている訳では無いらしい。くすりと笑って、スティルは話を続ける。

 

「今だから言える事ですけど、私がトリプルティアラを目指したのは、ラモーヌさんに嫉妬したからだったんですよ?」

「え?そうだったの?」

 

 完全に寝耳に水で、思わず聞き返してしまう。きっかけがラモーヌだとは言っていたけれど、そんな理由だったなんて、想像すらしていなかった。

 

「はい。貴方があまりにもキラキラとした瞳でラモーヌさんの事を語るものですから、私、嫉妬してしまったんです」

「ご、ごめんね。全然気付かなかった」

「良いんです。そのおかげで、明確に目標を持って走り始める事が出来ましたから」

 

 慌てて謝る私に、晴れやかな顔で彼女は言う。

 

「あの頃からずっと、きっかけは貴方でした。私を受け入れてくれた、あまつさえ、美しいと言ってくれた貴方の想いに応える事が、貴方の喜びが、私の原動力でした」

 

 私の目をまっすぐ見つめて、スティルは想いを告げる。

 

「ずっとずっと、貴方を想っています。今も、昔も、そしてこれからも」

 

 横を歩いていたスティルが、私の前に出て手を引く。私はそれにされるがまま、スティルの後についていった。

 

「わがままを聞いてくれて、ありがとうございます。想いを伝えるのならば、場もちゃんと整えたくて」

 

 人気の無いところまで来て、スティルは私に振り返ると両手を取って、包み込む様に握った。ついにその時が来たんだと、私の胸はかつて無い程に高鳴っている。多分、それはスティルも同じだった。

 

「今でも、想いは変わらずここにあります」

 

 浮かべた表情は穏やかな微笑みだったけれど、その顔は赤みを帯びていて、緊張からか、手は震えていた。

 

「どうか、貴方の答えを、聞かせて下さい」

 

 勇気を出して、スティルが一歩を踏み出す。その想いにどう答えるべきか、私はこの旅行の間、ずっと言葉を探していた。けれど、いざその時になって、自分でも驚くぐらい自然に口は動いた。

 

「私も、想いはずっと変わってないよ」

 

 頭の中の靄が晴れた様な気持ちだった。今ならあの、スティルと再会した花畑での出来事も、鮮明に思い出せる。交わした言葉も、スティルの表情も、そして、抱いた想いも。ああ、本当に待たせてしまった。あの時、とっくに答えは出ていたのに。だから、待たせてしまった分、精一杯気持ちを伝えないと。

 

「今でも───愛してる」

 

 想いを告げて、私はスティルに顔を寄せた。意図を察したスティルが目を閉じる。私も目を閉じて、ゆっくりとスティルに近付いた。そうして、私達の距離はゼロになって。体も、心も、確かに重なった。




これにて完結です。お付き合い下さりありがとうございました。
スティトレもっと流行れ。
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