クラスメイトの乾さん   作:スティック/糊

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「逃げるなァ!そこの同郷!逃げるなァ!!!!!」

 うちのクラスには美少女がいる。

 

 身長は少し高めで線が細い。

 

 おっとりとしたたれ目が特徴でクラス内でもほわっとした雰囲気から大体女子に囲まれている系の可愛い女の子だ。

 

 そんな彼女と絡む機会など生まれるはずもない。

 

 と言うか俺は完全に空気の男子高校生のハズ、だったんだ。

 

 

 

「逃げるなァ!そこの同郷!逃げるなァ!!!!!」

 

「判断が早すぎる!!!」

 

 

 なのに俺はなぜか彼女に全力で追いかけられている。

 

 

 〇 〇

 

 

 諸伏万智夜、16歳。

 

 ふと気が付いたら人生2週目、赤ちゃんになっていた元アラサーだ。

 

 別に過労で乙った訳でもなければ車と事故った訳でもない。

 

 本当にふと気が付いたらバブちゃんになっていたのだ。

 

 どちらかと言えばバブの頃に突然おっさんの記憶が生えてきたと言う方が近しいかもしれない。

 

 厨二病を患うにはあまりにも早すぎたが、それが俺にとっては現実だから仕方がない。

 

 

 文字を見れば習っていないのに普通に理解できてしまったし、知らないはずのことも知っている妙に擦れた子供だったと思う。

 

 そんな変な子供だったのに親はよく気味悪がって捨てなかったものだと心の底から思っている。

 

「うちの子天才か????」

 

 とあまりにも能天気に全肯定してくるおもしれ―シングルマザーの母のお陰で今日この頃までしっかり育ったわけだが。

 

 そんな母が高校入学を控えていた頃に病で亡くなった。

 

「とりあえず大学卒業するまでのお金は貯めといたからなんか、こう……頑張って」

 

 と言う雑な言葉を残して逝ってしまった。

 

 その名のとおり莫大な母の遺産のお陰で特に働くこともなく無駄使いしなければ大学卒業まで特に食うに困らない環境はあった。

 

 母が逝ったときにいくつかの遺言は残されていた。

 

「別に好きに生きればいいけど高校は絶対卒業して、私よりも若い年でこっちに来ないこと」

 

 その内の一つがそれだ。

 

 それだけは絶対に守るように言われたのだ。

 

 都内某所に1人暮らしには余りにもデカすぎる一軒家と莫大な資産を残されて母は逝った。

 

 

 あまりにも多くのことに理解のありすぎる母であったことは確かだ。

 

 幼少の頃からやりたい習い事は何でもさせてくれた。

 

 何か音楽ができるようになりたいと言えばピアノ教室を探してくれたし、運動ができるようになりたいと言えばプールにも通わせてくれた。

 

 翻訳家として色々な本を残してくれたおかげで前世で苦手だった英語だけでなく多くの言語能力を手に入れた。

 

 何を成しても基本的に善肯定してくれる母の影響で、母に喜んでもらいたくて本当に色々なことを覚えたし、色々な賞も取った。

 

 そんな中母が逝ってしまってぽっかりと穴が開いた様に虚無りながらも遺言のとおり高校だけは卒業せねばと学校には通って、大学の推薦が取れそうな成績を維持しているだけのガリ勉少年が出来上がった。

 

 

 浅く広く、特に大きく交友を持つわけでもないがハブられている訳でもないそんな男子高校生が諸伏万智夜なのだ。

 

 

 ここで当初の話に戻りたい。

 

 万智夜は現在女子高校生に全力で追い掛け回されている。

 

 別に万智夜が彼女に破廉恥な粗相をした訳でもないし、怒らせるようなこともしていないはずだ。

 

 

 ただなんとなしに駅前に置かれたストリートピアノが目に入って「こういうの弾き逃げするのに少し憧れている」と思春期なら一度は思うようなことを実行したくなったのだ。

 

 幼少の頃の習い事のお陰でそれなりに聞き苦しくない程度にはピアノを弾くことができるので実行することにした。

 

 周囲に弾く順番を待っている人も居ない。

 

 学校の最寄り駅ではあるモノの、高校が午前授業であったお陰か人通りもあまりない。

 

 これはチャンスだ。

 

 いざピアノの前に座ってみると何を引けばいいのやらと、とりあえず猫ふんじゃったを流しながら考える。

 

 ―――そうだ、千本桜を弾こう。

 

 

 今世でもボカロの発展はしているが前世の曲の多くは存在していない。

 

 一応著作権に引っ掛からないか千本桜をジャス〇ックでググって、ヒットしない。

 

 ならばどこからも怒られることはない。

 

 弾いてヨシ!

 

 

 そう思って弾いた。

 

 それだけだったんだ。

 

 

 一曲弾き終わったらさっさと逃げればよかった。

 

 よかったはずなんだ。

 

 

 なのになぜか万智夜は「手、温まって来たな」と調子に乗って更に指を動かした。

 

 ボカロメドレー、ポケモンのチャンピオンメドレー、UNDERTALEメドレー……だいぶノリノリで弾いた訳だ。

 

 丁度区切りがいい所か、そう考えてピアノから視線を外すと周囲に多くの人が集まっていることに気が付いた。

 

 そこでポンと肩に手が置かれた。

 

 

「ちょっといい?」

 

 

 そう声をかけてきたのがクラス一、いや校内一美人の美少女である乾彩寿歌さん。

 

 彼女は何かスッゴイ大発見をしたような、失くしていたものを見つけたような、そんな目をしていた。 

 

 

「あ、順番ですね。長々と弾いててすみませんでした。では失礼ッ!」

 

 

 ――――あ、コレ逃げないといけねぇな。

 

 万智夜は高速で荷物をまとめると全力で逃げ出した。 

 

 

 で、冒頭に戻る訳だ。

 

 

「逃げるなァ!そこの同郷!逃げるなァ!!!!!」

 

「判断が早すぎる!!!」

 

「紅蓮華もいける口かこの や ろ う!」

 

「アイダッ?!」

 

 

 駅前を爆走し100m。

 

 万智夜の肩に高速で硬い何かが叩きつけられ、その痛みでうずくまった。

 

 

「あ、スマホバッキバキになっちゃった」

 

「いやスマホかよ!?それ人に向けて投げたらあかんやつぅ!」

 

「ごめん。責任はとるよ。ほら、とりあえず落ち着くまでそこのコメダ行こう?」

 

 

 おっとりとした見た目に寄らない健脚で彼女は息を切らすわけでもなくしれっと追いついて、そのスマホを拾い上げるとその画面を見てぼそりとつぶやいた。

 

 あまりにも硬いそれはスマホだったらしい。

 

 立ち上がらせるように彼女に腕を掴まれてちょうど目の前のコメダにドナドナ。

 

 万智夜の逃走劇はあまりにも短い幕引きであった。

 

 

 

 〇 〇

 

 

 

「大丈夫?病院行く?」

 

「頭じゃないから大丈夫……なはず」

 

「本当に責任はとるからね?」

 

「さっきから圧がすごい」

 

 

 万智夜は最寄りのコメダに引きずり込まれ、四人席に並んで座ると言う状態に陥っていた。

 

 投擲の主である乾彩寿歌の細い白魚の様な手で擦られるのは非常に居た堪れない気持ちになっている。

 

 

「家に婿に来るのと私が嫁に行くのどっちがいい?」

 

「重ッ!?」

 

 

 責任取るってそっちの?

 

 治療費貰うくらいで十分すぎるんですが????

 

 

「いや、ここのコメダの会計持ってもらうくらいで十分だから」

 

「私には不十分。それを口実にスパっと関係切られても困る……ちょっとそこのホテル寄ってく?」

 

「距離の詰め方どうなってやがんの????」

 

 

 万智夜はがっつりと彼女に左腕を掴まれているため出来はしないが今すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 

 

「とりあえずいったん落ち着いてもらえます?」

 

「……ごめん、ちょっとテンション可笑しくなってるからまだ無理。逃げないで、とりあえず連絡先交換して」

 

「お前スマホバッキバキ言ってたやん」

 

「あ」

 

「アホの子か」

 

「じゃ、じゃあ電話番号言うからワン切り入れて」

 

「執念……」

 

「だ、だってようやく見つけた前世の分かる人でぇ」

 

「あ、ちょ、泣かないで?明らかに俺が悪い人になるから、ちょまッ」

 

「ちょっと高ぶって無理ぃ」

 

 

 仕舞いには彼女は万智夜の肩に顔を埋めて泣き始めてしまった。

 

 あ、店員さんちょっと鬼畜な者を見る目で見ないでいただけます?

 

 非常に居た堪れない気持ちになりながらどないせぇと言う気分で彼女が落ち着くまで必死に彼女を宥めた。

 

 

 

 彼女が平静を取り戻したのは注文したアイスコーヒーの氷がすっかりと溶けた頃。

 

 窓辺から見える外の景色はすっかりと暗く、隣接している道路を走る車はライトをつける時間であった。

 

 

「ごめんなさい。ちょっとおかしくなってた」

 

「まぁ、いいんだけども」

 

 

 当初珈琲だけの予定がすっかりとボリューム詐欺の軽食まで注文するまでにいたっていた。

 

 迷惑かけたお詫び、とのこと。

 

 

「えーっと、とりあえず前世持ちでおk?」

 

「YES」

 

「で、俺がストリートピアノで前世の曲弾きまくっていたので『君は前世の記憶があるフレンズなんだね!』と前世トークに飢えていた乾さんは俺を全力で追いかけたと」

 

「YES」

 

「とりあえず話は理解した。前世トークに飢えているのもわかった。連絡先を交換するのも了承しよう。なのでいったん今日はお開きにしよう。だいぶ遅い時間だからな?」

 

「NO」

 

「ほら、もう20時やぞ。あといい加減腕放して」

 

「NO」

 

「YES・NOボットでいらっしゃる????」

 

 

 どうにも彼女が放してくれない。

 

 

「ほら、俺の携帯出すから自分の番号打って」

 

「……コレ夢じゃない?逃げない?」

 

「リアリーリアリー、現実だから」

 

 

 スマホのロックを解除して電話帳の登録画面を開き、彼女に手渡した。

 

 

「……自分の番号忘れた」

 

「現代っ子…」

 

 

 昨今SNSの発展で電話番号を使うことなどメッセージアプリの登録時くらいのものだろう。

 

 万智夜も自分の電話番号はやや怪しい。

 

 

「と言うかこんな時間だけど家族の方は大丈夫なん?」

 

「あ」

 

 

 そう言うと彼女の顔はだんだんと血の気が引いて行っていた。

 

 これは不味いパターンである。

 

 年頃の女の子を連絡もなくこんな時間まで帰宅させないのは流石に不味いが過ぎる。

 

 家庭によっては違うだろうが、おっさんソウルが心に根付く万智夜にはどうにかしないといけない気持ちが湧き出てきた。

 

 

「実家の電話番号は?」

 

「それは分かる」

 

「なんかいい感じに言い訳するから、教えて」

 

「ん…」

 

 

 そう言って彼女に家の番号を教えて貰い、電話をかけた。

 

 

 あ、乾彩寿歌さんのご自宅で御間違いないでしょうか。はい、私彩寿歌さんのクラスメイトの諸伏と言う物ですが……はい、彼女は今横に居ます。私の不注意に駅の階段で転んでしまい、彼女を巻き込んでスマホが故障させてしまって今まで彼女が付き添ってくださっていて、連絡が出来ておりませんでした。はい、本当に申し訳ございません。現在学校の最寄り駅に居ますのでこれから責任をもって送り届けさせて頂きます。はい、あ、彩寿歌さんにお電話替わらせて頂きます。

 

 そう言って彼女に電話を替わる。

 

 即興ではあるものの、それっぽい話を作った。

 

 作って話し、彼女に電話を変わったらそこで彼女はさらに盛った。

 

 階段で足を滑らせた彼女を支えようとした万智夜が受け止めようとして足を滑らせ階段から落ちる。

 

 巻き込んでしまったことを気に病んで万智夜が落ち着くまで付き添っていたらこんな時間になっていた。

 

 それで時計を見たらこんな時間になっていて、電話をしようとしたらスマホはバキバキ。

 

 彼が代わりに電話をすると言って―――との話になっていた。

 

 

 盛ったな?????

 

 

 それから駅前に彼女の父が迎えに来てくれることに話がまとまり、通話は切れた。

 

 

「なんか俺が人助けをする善良な少年になっているんだが?」

 

「これくらいは言わせて。と言うか話をでっちあげたのは貴方」

 

「それはそう」

 

「と言うかクラスメイトだったの?」

 

「せやで?」

 

「……明日、直ぐに突撃するから」

 

「勘弁してくれ」

 

「や」

 

 

 非常に、非常に勘弁願いたいが余りにも彼女の決意は固いようだ。

 

 可愛らしい声で万智夜の懇願は雑に拒否された。

 

 と言うかクラスメイトである事すら認識されていなかったらしい。

 

  

「あー、此処から一駅離れた所に俺の家あるからそこにしてくれ。学校でド陰キャが美少女に声をかけられるとかあらぬ疑いが生まれるから」

 

「生まれても私はいいよ」

 

「大勢のいる所で前世トークはあまりにも不味いから」

 

「……わかった、住所書いて。明日放課後真っすぐ向かうから」

 

「了解」

 

 

 万智夜は住所と電話番号を書いて彼女に手渡し、会計に移動し始めた。

 

 

「さらっと伝票持ってかないで」

 

「気にしないでくれ」

 

「私が迷惑かけたお詫びに奢るって言った」

 

「さっきまで女の子泣かせてた男が奢らせる方が見聞に悪いから」

 

「むぅ」

 

「……そうだな、今度何か手料理でも振舞ってもらうかな」

 

「それなら、いくらでも」

 

 

 万智夜は少し人の作った料理に飢えてしまっていた為、思わずそんなことをくちばしってしまったが彼女はそれをあっさりと了承してしまった。

 

 なんかか妙な関係が始まってしまったな……。

 

 

 駅のロータリーに移動しながら彼女に学校では絡んでくるなと再三念を押し、彼女の父に引き渡すまで彼女は万智夜の腕を放そうとはしなかった。

 

 

 〇 〇

 

 

 翌日の朝、万智夜はインターホンで目が覚めた。

 

 時刻は朝の7時ちょうど。

 

 寝間着で寝癖を付けたまま、モニター付きインターホンを見ると昨日めっちゃ見た顔がいた。

 

 

「おはよう、朝ごはん作りに来た」

 

「行動力ッ!」

 

 

 万智夜は思わず大きな声で突っ込んでしまったのだ。

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