クラスメイトの乾さん   作:スティック/糊

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「事情聴取。カツ丼」

 

 時は少しさかのぼり、日曜の朝のこと。

 

 

「姉さん、ちょっと髪の毛アレンジしたいんだけど手伝って」

 

「あら、珍しいわね」

 

 

 乾家次女である。彩寿歌は本の虫。それが乾家での共通認識である。

 

 その本への執着は自分で物語を書いて作家デビューまでしてしまったほど。

 

 ファッションにまるで興味はなく髪を伸ばしているのも「女の子っぽいから」と言う極めて漠然とした理由だ。

 

 長女の紗寿叶と三女の心寿がお小遣いで服などを買うとするならば彩寿歌は躊躇いなく本にお小遣いを溶かしていた少女なのだ。

 

 

 そんな本の虫である彩寿歌がヘアアレンジで相談してくるなど極めて珍しい。

 

 と言うか初めてかもしれない。

 

 それに紗寿叶は喜んで応じた。

 

 

 ストレートな髪質の乾姉妹の中で次女の彩寿歌だけは少しパーマの掛かったようなゆるくふわっとした髪をしていた。

 

 両親曰く父方の祖父が天パだったのでその遺伝だろうとのことだ。

 

 紗寿叶は幼い頃それが少しお姫様のようで羨ましかったのを覚えているが、梅雨や台風の時期になるたびに爆発している姿を見てからその気持ちはすっかり落ち着いた。

 

 

 漠然とした理由で伸ばしている割にはしっかりと髪の毛の手入れはされている。

 

 幼い頃は長い髪を鬱陶しがっていたのに今では腰に届くほどの長い髪だ。

 

 

「それでどんな感じにしたいの」

 

「えっと、こんな感じ」

 

「ん、わかったわ」

 

 

 彩寿歌がスマホに移したのはシンプルなクラウンハーフアップ。

 

 彼女の様子を見るにうまく三つ編みが出来ずに苦戦していたらしい。

 

 たしかに癖毛だと三つ編みも少し戸惑うこともあるだろう。

 

 

 ローテーブルの前に置いたクッションに彩寿歌を座らせて紗寿叶は手際よく髪をセットしていく。

 

 紗寿叶の趣味はコスプレであり、この程度の髪のセットはウィッグのセットでよくやるのだ。

 

 

「よし、可愛くできたわよ」

 

「ありがと」

 

「別に良いわよ。そう言えばどうして急に…?」

 

 

 中々の出来に紗寿叶は満足して頷くと彩寿歌も口元が綻んだ。

 

 そんな嬉しそうな彼女の様子を見て紗寿叶は疑問を浮かべた。

 

 

「今日彼氏とデートに行くからちょっとかわいくしたくて」

 

「そうなのね」

 

 

 そう言って部屋を後にしていく彩寿歌の背をみて、ん?と紗寿叶は首を傾げた。

 

 

「あの子今、彼氏って言った……?」

 

 

 紗寿叶は突然の妹の発言にフレーメン反応を起こした猫が背後に宇宙を背負っているようなリアクションのまま、暫らく固まってしまった。

 

 

 

「彩寿歌ちゃん、今日もお出かけ?」

 

「うん、ちょっと服買いに行ってくるね」

 

 

 乾家の母は制服姿で出かけようとしている次女の姿に思わず声をかけた。

 

 一昨日は泣きはらして帰ってきて、昨日は笑顔で帰ってきて、今日も笑顔で外出をしようとしている娘の姿が少し珍しく映ったためだ。

 

 一昨日の泣きはらしたのは自分をかばってくれた男の子に怪我をさせてしまったことに色々と感情がごちゃごちゃになってしまったからだと言う。

 

 昨日は朝からエコバック片手に出かけて行ったのを覚えている。

 

 今日は学校にでも行こうと言わんばかりの制服姿だ。

 

 

 そんな娘は服を買いに行くと言う。

 

 服を買うお小遣いを渡すと本を買っていた娘が????

 

 ついに女の子らしい事を気にする様になるとはどういった心境の変化なのだろうか。

 

 少し、気になってしまうが普段のすまし顔にも似た穏やかな顔とは違うまぶしい笑顔に母は目を少し伏せるだけである。

 

 娘が笑顔なのはいい事だ。それでいて何か変なことに巻き込まれていなければそれでいい。

 

 

「ふふ、あーちゃんに彼氏ができる日もそう遠くなさそうね」

 

「む、これから行くのが彼氏とのデート。行ってきます、遅くならない内には帰ってくるから」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 そう言って玄関を出ていく娘の姿に母は少しぎこちなく手を振るしかできなかった。

 

 一番男女の交際から縁遠そうな次女が?????

 

 母もまた長女と同じようにスペースキャットを脳裏に背負った。

 

 

 

 彩寿歌は宣言通り遅くならない時間に帰って来た。

 

 手にはショップのチョッパーを手にしており、本当に服を買いに行ったようだ。

 

 そして当人の顔は少しだらしがないと思われるほど満面の笑みを浮かべていた。

 

 こんな笑顔見たのは初めてかもしれない。

 

 少なくとも作家になるための新人賞を受賞した時よりも笑顔であった。

 

 

「あ、お母さん相談があるんだけどいい?」

 

「どうしたのあーちゃん」

 

 

 夕食の準備をしているとスッと間に入って夕食の手伝いを始めながら次女は相談を始めた。

 

 

 少し早起きしてキッチンもちゃんと片付けるから、彼氏のお弁当を作りたい。お弁当箱も買って来た。

 

 だから炊くご飯の量増やせないか。と言うシンプルなものであった。

 

 可愛い、うちの娘の悩みが可愛すぎる。

 

 乾母は悶絶する気持ちをどうにか抑えながら喜んでそれを了承した。

 

 娘とこんな会話ができる日が来るなんて思っても居なかったのだ。

 

 

「それでね、一食500円以内で納められそうなメニューってどうすればできるかな」

 

「……?」

 

「えっとね、彼がね」

 

 

 お弁当のおかずなど比較的小食な娘たちと平均的な量を食べる夫から逆算して少し次の買い出しのタイミングを速めればいいだけだと考えていたのだが、娘は一食当たりの料金を気にし始めていた。

 

 そんなことは気にしなくていいのに、と思ったが娘の続けた言葉で少し考えを改めた。

 

 曰く娘の彼氏は「キミのご両親は君やその家族を幸せにするために稼いでるのであって、ポッとでのどこの馬の骨ともわからないガキがそれを享受するのは違う」と言ったらしい。

 

 配慮ッ!

 

 少なくとも男子高校生から出てくることはないであろう配慮!

 

 娘の相談事、と身構えて世間一般のサラリーマンよりも稼いでいる娘といきなり金銭的なトラブルとかじゃなければいいのだが。

 

 なんて一瞬でも考えてしまったのが恥ずかしいぐらいまともな少年であったことに、乾母は心の中で謝罪した。

 

 

 だからあまり気合を入れすぎるとスッゴイ渋い顔をして次回以降受け取ってもらえなくなるし、一般的な一食の料金に相当する金額のお弁当なら受け取ってくれるだろう、と。

 

 彼がそれを支払うことになったとしてもそれは彼とのデート代として貯めるのだと言うし、彼と自分のお弁当にかかる費用はちゃんと自分で持つと言う。

 

 ちゃんと娘も考えてるッ。

 

 知らぬ間に成長している娘に感動しながらもふと思った疑問を口にしてみる。

 

 

「お弁当、と言うことは彼氏くんの御家庭では持たせてくれない感じなの?」

 

「彼、シングルマザーのお母さん数か月前に亡くして高校入ってから適当な菓子パンで過ごしているって言うの」

 

「―――お母さんがお弁当代くらい見てあげるからね。基本彼氏くんが受け取っても重荷にならないくらいのお弁当お母さんがちゃんと考えてあげるから」

 

 

 想定の3倍くらい重かった。

 

 え、いい子過ぎないだろうか。

 

 その境遇でその配慮ができるとかすごいな娘の彼氏。

 

 

「でもちゃんと私が作る……と言うか何ならみんなのぶんのお弁当も作るよ」

 

「じゃあ、お母さんがメニューを考えるのと買い出しはするから、あーちゃんにお弁当作りお願いしようかな。それが彼氏くんのお弁当代分の労働ってことなら丸く収まるんじゃないかしら」

 

「それでいいの?」

 

「いいわよ。ちゃんとお母さんも手伝ってあげるから美味しいお弁当作りましょうね」

 

「……ありがと」

 

「いいのよ、それくらい」

 

 

 娘の彼氏を出汁にするようで悪いが娘とこんな会話をするのも夢だったのだ。

 

 そのお駄賃は気合を入れてメニューを考えようじゃないか。

 

 

「それで、最初のメニューどんなの感じにしたいとかある?」

 

「茶色いの」

 

「……ん?」

 

「男子高校生が好きそうな茶色い揚げ物メインのお弁当。一人暮らしだと気合がある時くらいしか揚げ物って作らないと思うからそう言った系統のがいいな」

 

「……冷めてもおいしい揚げ物作りましょうね」

 

 

 本当に娘の成長が著しい。

 

 狙いが強かすぎる。

 

 この短時間で数度の戦慄をしながらも夕食の準備を進めた。

 

 手際のいい娘のお陰でいつも以上に調理が済んだことにまた娘の成長を感じた。

 

 なお、これは彩寿歌が考えた“正攻法”の考え方であり、別プランでは財力に物を言わせた計画を立てていたことは知らぬが仏と言った所だろう。

 

 

 その日の夕食で

 

 〇 〇

 

 

 そして時は戻り現在。

 

 月曜日の放課後。

 

 

「洗って返す」

 

「もう一個お弁当箱買う?」

 

「逆に言えばお弁当箱を回収すれば今後作られないのでは?」

 

「買うね」

 

「……お渡しします」

 

 

 弁当箱は洗って返すと言う主張をする万智夜に対して散財することに躊躇いのない彩寿歌の様子に、しぶしぶと言った表情で手渡していると声がかかった。

 

 

「諸伏、ちょっとツラ貸しなさい」

 

「カツアゲか?金銭的に裕福ではないから手加減してくれると助かる」

 

「違うわよ!」

 

 

 その声をかけてきた主は宮野紅音。

 

 少し暗めの銀髪が特徴の美人さんで、大体彩寿歌の隣にいることだ。

 

 

「事情聴取。カツ丼くらいは出してあげるわ」

 

「実際の事情聴取のカツ丼は容疑者の自費らしいな」

 

「ちょっとした言葉遊びだし、懐柔扱いになって面倒なことになるのも知ってるわよ。実際に出るのはカラオケのフードメニューだけどね」

 

「わかった」

 

「紅音ちゃん?私これからウキウキ放課後デートに行こうとしていたんだけど」

 

「後日にして。ちなみに議題はこれね」

 

 

 しれっと今日もデートを目論んでいる彩寿歌に対して紅音は躊躇いなくそれを断り、スマホに一つの動画ファイルを表示させた。

 

 

「あんたバズってるわ」

 

「はへゎ?」

 

「どんな声よ」

 

 

 そう言って彼女が表示させたのは先週の金曜日、彩寿歌に追いかけられる起因となったストリートピアノの動画であった。

 

 

 〇 〇

 

 

 万智夜は彩寿歌に捕まり、学校から少し離れたカラオケへ連行された。

 

「弁護士、弁護士必要だよね!」と彩寿歌も同行してきたがどちらかと言うとお前も容疑者である。

 

 

 某有名な虹色が目印のカラオケ店に付くと紅音はサッと部屋を取っていた。

 

 しかもフリータイム。

 

 一体どれだけの事情聴取を想定されているので???

 

 

「待機」

 

 

 彼女はそう言い残し適当に飲み物を用意してくるとドリンクバーに向かって行った。

 

 彩寿歌もそれにどうこうした形だ。

 

 

 万智夜は一人ポツンと残されながらもモニターで最近はやりの楽曲らしいものを耳にしながら無表情に腕を組む。

 

 弾き逃げに失敗したうえ撮影までされているとは。

 

 肖像権どこ行った肖像権。

 

 なんて言いたい気持ちもあったがストリートピアノを弾く奴なんて承認欲求の塊みたいなものなのだから動画とってもええやろの精神だったのかもしれない。

 

 小さく承認欲求的などや顔をしたかったのは否めなかったがまさかアホほどバズっているとは思わんて。

 

 うちの学校女子の制服は可愛い事で有名だが男子の制服はありふれたタイプであったことが功を奏したのかもしれない。

 

 人物の特定にまでは至っていないらしい。

 

 

 議題としてストリートピアノの件だそうだが、彩寿歌のスマホストライクの件までは拡散されていないので一体何の件だろうか。

 

 バズった動画をネタにして連行してきたのは彩寿歌との関係性の言及と言う方がしっくりくるまである。

 

 

「にしてはこのカラオケルーム、スタジオかってくらい楽器揃ってんだよなぁ」

 

 

 万智夜は昨今のカラオケ事情には疎いが「カラオケルームなら楽器を練習するのにぴったりだよね」と言うことで防音を生かした楽器の練習場所としてカラオケルームを利用することは珍しくない。

 

 そしてごく一部ではあるが“楽器をレンタルできるカラオケ”も存在してきているのだ。

 

 

 部屋を見渡せば、ドラムにギター、ベースにシンセと基本的なバンドに必要そうな設備は揃っている。

 

 その上、ギターやベースには欠かせないアンプも王道の良いものがそろっている。

 

 家庭用として親しまれているアンプにキャビネットと呼ばれるスピーカー部分が一体化されたコンパクトタイプのものが置かれている訳でもない。

 

 昨今のデジタル?何それ美味しいの?と言わんばかりの真空管タイプのマーシャルのJCM2000とそれに付随する純正のキャビネットが積まれているし、ベースにはアンペグが置かれている。

 

 ……ガチ過ぎない?

 

 シンセに至ってもRolandのFANTOM6系。

 

 いや、本当にガチすぎでは????

 

 

 こういうレンタルの据え置きタイプってベターなシンプルな1,2万程度の安価な楽器が置かれているようなものだと思うんだけどあまりにもガチな装備しか存在してないぞ????

 

 ギターとベースも当然の様にフェンダー。

 

 流石にUSA製ではないメキシコ製ではあるモノのこの部屋のトータルいくらだよ。

 

 あまりにも“わかってる”チョイスに万智夜はそうツッコミを入れざるを得なかった。

 

 

 万智夜が普段MIDIの32鍵で頑張っていると言うのに、61鍵のめっちゃいいシンセが置かれているとかさぁ!

 

 そう思ってふとシンセに手が伸びてしまう。

 

 音色いっぱい過ぎる…クッソループもできるしリズムマシーンとかタッチパッドでフィンガードラムまで行ける!

 

 シンセだけである程度済ませられる……ちょっと欲しくなってくるやんけ。

 

 そう思ってシンセに夢中になっているといつの間にか戻って来たらしい二人の姿があった。

 

 何か微笑ましいものを見るような目を向けられており、居た堪れない気持ちになる。

 

 

「満足そうで何より」

 

「宮野、貴様図ったなッ!」

 

「別に図ってはいないわよ」

 

 

 ほら、ベタなコーラ。

 

 そう言って宮野にコーラを渡されながら、万智夜は再びテーブルに戻る。

 

 

「それで、呼び出された件について聞こうか」

 

「よくあそこまではしゃいでいる所から持ち治せると思ったわね」

 

「……そこにツッコミは入れないでくれ。あと彩寿歌暑苦しい」

 

「そこにツッコミは入れるのね」

 

 

 どかりソファーに座り込むとあまりにもナチュラルに腕を取ってくる彩寿歌の図と言うちょっと間抜けな絵面では決め顔一つかけられなかった。

 

 

「あなたたちの関係性についてはあまり野暮なことは言わないけど、よくもまぁ彩寿歌をここまでデレデレにさせてるわね」

 

「本当になんでこうなってるのか俺も未だに理解が追い付いていないところだ」

 

「くっ、この彼氏はわからせが足りないと言うのか」

 

「本当になんでこうなっているのか……おい、ブレザーのポッケに札を突っ込むな」

 

「貢ぎマゾ……?」

 

「どちらかと言うとサドだろ」

 

「私は生粋のマゾですけど??」

 

「彩寿歌いったん口閉じろ」

 

「その口で塞いでくれるなら?」

 

「代わりにポテト突っ込むわ」

 

 

 万智夜はこれまたいつの間にか届いていたらしいポテトを摘まみ、彩寿歌の口元に持って行けば喜んで食べ始めおとなしくなったのでしばらくはポテトでおとなしくさせることが出来そうだ。

 

 口が小さいので一つのポテトでダイブ長持ち……いや、わざとゆっくり食べてるだけだこれ。

 

 

「私の親友とんでもない色ボケだったことに驚愕を隠せないわ」

 

「え、これがデフォじゃねぇの」

 

「違うわよ。結構女子力高めの読書キチの天然娘って言うのが大半の印象よ」

 

「?????」

 

「彼氏の前では違うみたいだけど」

 

 

 女子力高めの読書キチ????

 

 万智夜は疑問符を浮かべまくる。

 

 自身の持っていた彼女への認識とまるで一致しないからである。

 

 

「都立北西の読書魔。図書館の主の異名聞いてない?」

 

「初耳だな」

 

「超高確率で本を持っている読書モンスター……だと思っていたのだけどここまで色ボケているとは」

 

「ひどい言われようで草」

 

「普段のキャラどこ行ったのよ、普段のキャラ」

 

 

 どうにも万智夜の知っている彩寿歌像とだいぶ違うらしい。

 

 

「まぁ、いいわ。本題に戻りましょう。動画の件よ」

 

「お、おう」

 

 

 ここでようやく本題の話に戻る。

 

 なんか勝手に取られてバズった動画の件だ。

 

 

「端的に聞かせてもらうけど貴方転生者?」

 

 

 本当に端的でわかりやすい質問だ。

 

 と言うかその話題が出ると言うことは少なからず彼女も転生者と言うことだろう。

 

 

「そうだが……よし、彩寿歌お前の直ぐ近くに転生者いたぞ。俺は用済みだな、別れよう」

 

「は?別れないよ?同じ墓に入るけど????」

 

「圧ッ」

 

 

 気心知れた彼女の友人が転生者であるなら自身は用済みになるだろう、と流れるように別れを切り出してみたのだが掴まれていた腕を更にぎゅっと掴まれた。

 

 

「―――え、ちょっとまって彩寿歌あなたも転生者なの?」

 

「そこは知らんのかーい」

 

 

 あっさりと万智夜が転生者であることを肯定したものだから宮野はポカンとした顔になったし、更に文脈から彩寿歌も転生者であることに気が付いたらしく情報過多になったのか彼女は宇宙猫を背負った。

 

 

 

 

「オッケー、なにもよくはないけどなんとなくわかったわ」

 

「それは何もわかっていない人の名台詞では?」

 

 

 宮野はすっかり頭を抱え込んでしまった。

 

 高校に進学して初めてできた癒し枠の友人は色ボケの転生者。

 

 そして先日バズってた動画の主がその友人の恋人である事実が判明し、かつその人物も転生者。

 

 つまり現在このカラオケルームは転生者100%と言うことになる。

 

 そう、宮野紅音自身も転生者なのだ。

 

 

「私の貴重な癒し枠がこんな色ボケだったなんて……まぁ、可愛いからいいわ」

 

「切り替え能力よ」

 

「こうして気持ちを切り替えでもしないと人生やってられるかぁ!」

 

 

 頭を抱え、顔を手で覆い始めたが割とあっさりと宮野は切り替えた。

 

 何やら彼女には普段からストレスの掛かる事象が発生しているらしい。

 

 

「よし、諸伏。ちょっと千本桜弾いて」

 

「ん、ん?」

 

「こうもストレス抱えたままじゃまともで居られる気がしない。と言うかそもそも楽器のあるカラオケ店に呼んだの歌うためだし」

 

「お、おう」

 

「彩寿歌、いったん諸伏開放して」

 

「わかった」

 

 

 ああ、このカラオケルームで尋問を開始しようとしたのはそう言う面があった訳か。

 

 万智夜はそれに納得して千本桜を弾き始めた。

 

 

 そのままカゲロウデイズ、メルト、ロストワンの号哭、とカロリー消費激し目なボカロを繋いでいった。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛すっきりしたぁ!」

 

 

 計10曲が終わる頃には彼女も大声を出してすっきりしたらしい。

 

 

「そこまでストレス抱え込むようなことが日常にあるのか、大変だな」

 

「大変だな、じゃないわよ。と言うかそこよ!そこ!私が聞きたいとこ!」

 

「そこ……?」

 

 

 少し息切れするように汗をかいた彼女はドリンクバーの飲み物を氷を残した状態でズゾゾと音を立てながら飲み切ると万智夜に勢いよく指を指して問う。

 

 

「あんたも“名探偵コナン”系の転生者じゃない訳?」

 

「めーたんてーコナン?名前と主題歌だけは知ってる」

 

「くっ、苗字が諸伏で声がグリリバと確定演出みたいなものでしょ、ね!彩寿歌!」

 

「ごめん、私グリリバボイスは棗恭介推しなの」

 

「くっころ!」

 

 

 何やら彼女曰く諸伏と言う苗字とグリリバボイスは名探偵コナンに結び付けられる要素らしい。

 

 名探偵コナンと言えばこんなメインテーマだっただろうか。

 

 そう思い、適当に記憶を頼りに弾いてみる。

 

 

「俺は高校生探偵、工藤新一。幼馴染で同級生の毛利蘭と遊園地へ遊びに行って、黒ずくめの男の怪しげな取引現場を目撃した。取引を見るのに夢中になっていた俺は、背後から近づいてくるもう一人の仲間に気づかなかった。俺はその男に毒薬を飲まされ、目が覚めたら……」

 

「体が縮んでしまっていた。工藤新一が生きているとヤツらにばれたらまた命を狙われ、周りの人間にも危害が及ぶ。阿笠博士の助言で正体を隠すことにした俺は、蘭に名前を聞かれてとっさに『江戸川コナン』と名乗り、やつらの情報をつかむために、父親が探偵をやっている蘭の家に転がりこんだ」

 

「小さくなっても頭脳は同じ。迷宮なしの名探偵」

 

「「真実はいつもひとつ!」」

 

 

「暗記しとんのかい」

 

「俺は高校生探偵~から蘭の家に転がり込んだまでは暗唱するのがオタクの義務教育みたいなものでしょ?」

 

「初めて聞いたよそんな義務教育」

 

「そのセリフの後はおっちゃんに対する言及とか、発明品とか、コナンの正体を知っている人についてとかバリエーションは豊かなんだけどね」

 

 

 でもそう言われると名探偵コナンってそんな感じの説明が冒頭にあったような気もする。

 

 万智夜の前世小学生の頃に見た覚えがあるよな…?くらいの認識しかない。

 

 町の育成会の旅行の帰りにバスの中で流れているようなイメージ。

 

 なので名探偵コナンに関しては物語を良くは知らない。

 

 

「あー、何だっけ。一年間にめっちゃ人が死ぬ作品って言うのはイメージあるけど……日本のヨハネスブルクとか言われてるアレだっけ?」

 

「原作は数年前に終わってるから今は至って平和よ」

 

「よかったモブに厳しい世界なんてなかったんや」

 

 

 と言うことはこの世界線は名探偵コナン世界ってことなのか?

 

 

「私の推測、と言うか経験則で話すけど名探偵コナンのN年後世界線。今は5年後くらい?だから私と近しい境遇なのかと気になって声をかけてみたらこれよ」

 

「……なんかすまん」

 

「私原作キャラの子供で立場が立場でめんどくさいからそれを共有できると思ったのにっ!」

 

 

 万智夜には想像がつかないが何分濃い人生を彼女は送っているらしい。

 

 

「紅音ちゃん、もしかしてだけど詩ジンと明美の間の子だったり……?」

 

「大正解!正解にハグしましょう。と言うか癒されないとやってらんない」

 

「わふ」

 

 

 彼女は正面のソファーから彩寿歌の隣に移動し、ぎゅっと出し決めていた。

 

 本当に彼女は何やらメンドクサイ立場にいるようだ。

 

 

「なんというか二次創作知識を発揮するとキモイくらいめんどくさそう」

 

「キモいくらいめんどくさいわよ。ちなみに原作の警察学校組が半分くらい救済されていて、他はあまり原作と死亡キャラ変わってないわ。あとNOC詩ジン世界線」

 

「濃っ?!」

 

「本当にめんどくさいの。主に母方の親類。中身は成人済みの婆だから詩ジンから生活費貰って一人暮らしを気ままにしたいのに未成年だからと引き取りたがってきて面倒でありゃしないわ」

 

「それは……ご愁傷様?」

 

「そこにシャバーニが恩人の娘を助けられなかったとか言い始めて更にめんどくさい。年を考えろよあの金髪ゴリラ」

 

「ご愁傷さまです」

 

 

 万智夜には全くその苦労が分らないがめんどくさそうなことだけは分かった。

 

 

「一応聞くけど、諸伏、あんたの父親は?」

 

「死んでるらしい。シングルマザーで育てられたから詳しくは知らんぞ?」

 

「そう。なんかごめんなさい。名前は分かってたりする?」

 

「ん?ああ、景光って名前らしい」

 

 

 いつだか万智夜が自身の名前の由来をきいた時に「んーあなたのパパの名前が景光って言うんだけどね。すごーく大変な仕事をしてるから今はまだ合わせられないんだけどね?パパの名前が景色に光ってかくから『万智夜が満点の夜空を知る頃には無事には無事に帰ってこれてるんじゃないか』って願いを込めて。後は光は何処までも夜空を照らしてくれるからね」なんて答えられたから父の名前は憶えていた。

 

 顔は知らん。

 

 

「いやあってんのかい!?」

 

「紅音ちゃん強い!抱きしめる力が強い!」

 

「後はなんか顔写真が残せないような特殊な職に就いていたことくらいしか知らんぞ」

 

「役満!!!!」

 

 

 紅音ちゃんのGカップで息絶えそう、そんな彩寿歌の声をかき消すように宮野の声はカラオケルームに響いた。

 

 

 〇 〇

 

 

「くっ、金髪ゴリラへの人身御供に最適な人材を見つけたと言うのに」

 

「さらりと人身御供とか言ったぞコイツ」

 

 

 その後、宮野の前世由来の曲カラオケ(演奏:万智夜)が敢行され、彩寿歌もズルいと拗ねてデュエットしたり、ネタ曲に走ったりとだいぶカロリーを消費した。

 

 そして宮野からの金髪ゴリラ氏への人身御供計画は「そもそも自然に伝える手段がない、と言うか私が知っていたら不自然すぎる」と言うことで流れた。

 

 

「ま、熱唱してストレス値は下がったからあんたと彩寿歌の関係については適当に濁して流しておくわ」

 

「流石紅音ちゃん、しごでき女」

 

「一応これくらいはしてあげる」

 

 

 とりあえず校内で一瞬で広まった情報に関しては宮野が鎮火してくれると言う。

 

 彩寿歌や万智夜みたいな交友関係ゲキセマ人間にはできない芸当である。

 

 

「俺からしても彩寿歌のリスク分散要員が出来て非常に助かる」

 

「まさかここまでポンコツ色ボケメンヘラだとは私の目をもってしても」

 

「散々な言いようすぎない???」

 

 

 万智夜としても“前世への執着”を持っている彩寿歌にたいしてそれを分かち合える人間が近くにいたと言うのだからありがたいことこの上ない。

 

 それでもコイツ一切放す気がないらしい。

 

 

「紅音ちゃん、冷静に考えて。高身長・イケメン・イケボ・クッソ紳士で理解のある彼ピに執着しない奴なんていないと思わない?」

 

「それはそう」

 

「そこまで優良物件じゃないだろ俺」

 

「私にとってはこの上ない優良物件じゃい!」

 

「……諸伏、私に乗り換えとく?」

 

「紅音ちゃん!?」

 

「イヤ冗談だけど。私にとっては厄介要素の塊に片足突っ込んでるから交際相手にはないわー案件」

 

 

 こうして事情聴取と言う名の転生者の集まりは無事(?)に幕を閉じた。

 

 万智夜は少し気楽に離せる友人が一人増えたのであった。

 

 

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