ブラック・ハーレム ワケあり美女達のボーイフレンド 作:祐。
信号のような間隔で両手の拳にジンジンと現れた痛み。夜間の電車を乗り継いでいる間にも実感した悪夢のような現実を前にして、自分は言葉にできない悲愴を胸の内に抱え込んでいた。
PM10:12
某所の団地でユノという女性に助けられて以降、彼女の誘導に従うことで最寄りの駅に逃げ込んだ。そこは人混みで溢れ返っていたにも関わらず、先程の放火事件に
そこから3時間ほどかけて、2回ほど乗り換えながら電車に揺られ続けた。彼女に目的地を訊ねたところ、「行き先は東京よ。かの場所であれば、往来する人々の気配によって貴方の存在をカモフラージュできるでしょう」と凛々しい声音で返答する。尤も、彼女の美貌がかえって注目を集めていた様子から、説得力を微塵にも感じることはできなかったが。
時刻も午後10時を過ぎれば、そこが都内であろうと乗客は減少する。今もガラ空きとなった車内の扉側にユノと2人で佇んでいく最中、ふと手前の席に座るイヤホンを着けたサラリーマンのスマートフォンを覗き込んだ。
横に倒した端末の画面には、火災現場の消火活動を続ける消防士の姿。その現場は自分が6年もの歳月を過ごしてきた、記憶喪失以来に住み続けてきたある意味で生まれ育った場所でもあったことから、つい数時間前の出来事はやっぱり現実のもので、自分は身に覚えのない因縁をヤクザらしき人間達に吹っ掛けられて故郷を燃やされたのかと、自覚をすればするほど理不尽に対するぶつけようのない怒りが湧いてきたものだ。
その滲み出る憤怒が表情に出ていたのかは知らないが、次にも軽く両腕を組んだ姿勢のユノが言葉を投げ掛けてきた。
「街の人々が心配かしら?」
「当たり前じゃないですか。あの街は俺が生まれ育ったも同然の場所だったんです。カツアゲをして生計を立てていた身寄りのない記憶喪失の俺を受け入れて、皆さんとても優しくしてくれました。いつ自分達が暴力を振るわれるかも分からない状況の中で、そんな恐怖心すら表に出さないで俺に親身になって接してくれて。そんな街の皆さんに支えられてきたからこそ、今の俺が存在するんです。だからこそ、悔しいんです……ッ」
「貴方は、彼らのことを許せない?」
「許せない……は、少し違うかもしれません。ただ、理由を知りたいです。奴らはどうして俺なんかを狙ってきた? 報復? 八つ当たり? ひとつ不可解なことがありまして、連中は俺のことを『
あのリーダー格の男は確かに、生神ラヴの息子としてこちらを認識していた。それが本人達の勘違いによるものなのか、はたまた記憶喪失以前の因縁なのかは分からないが、ただひとつ言えることとして、今回の事件は自分という存在がキッカケになった人災であることは確かだ。
俺があの街に居なければ、みんなは今も平和に過ごせていたのかもしれない。そんな、悔やんでも悔やみきれない後悔が募る最中にも、ユノは凛々しい声音でしれっと“それ”を口にする。
「彼らが言う言葉の真相を、私は知っているわ」
「そうなんですね。……………………ん?」
10秒くらい間が空いたかもしれない。あまりにも何気無い返答だったから、最初は何も疑問に思わなかった。けれども、いざ思い返してみると答えが人の形を成して目の前に突っ立っているような状況であることに気が付き、自分はめちゃくちゃ驚きながら振り返る。
「えっ、知ってるんですか!?」
「当事者として、私は事の成り行きを細部まで把握している」
「じゃ、じゃあこれ、なんで俺は連中に狙われる羽目になったんですか!? 教えてください!」
「知っているけれども、教えられない」
「え?」
「今はまだ、その時ではないわ」
なんだこの人。
とても複雑な感情が交差したことは間違いない。しかし、彼女の様相を一切と変えない真剣な力強い眼差しを目撃すると、その返答に対する反抗的な姿勢が逆効果に思えてしまったことから、自分は納得いかないなりに言葉を呑み込んで慎んだ。
この様子を4cm高い背丈から眺めていたユノは、感心するようにフッと微笑の表情を浮かべながらそれを言う。
「理性と遠慮を弁えた、その知性、教養。さすがは彼の息子さんね」
「その彼というは、生神ラヴという人物のことですか?」
「さぁ、どうでしょう」
さり気無く訊ね掛けてみたが、引っ掛かる様子はなし。
自分だけが理解できていない状況を
深夜を控えた時刻であろうと、その人波は途切れる様子を見せない。地方都市だった故郷の駅前がもの寂しくさえ思えてくる雑多とした光景に驚かされていく中、ユノは軽く腕を組んだ佇まいで凛々しくそれを喋り掛けてきた。
「ここであれば、彼らは貴方に手出しできないでしょう」
「本当にそうでしょうか……? 駅前のビルに火をつけるような連中ですよ? 何をしでかすか、分かったもんじゃない」
「いいえ、“この領域”であれば彼らは迂闊に手を出せない」
「この領域……?」
「言ってしまえば、“縄張り”かしら。安易に踏み入れること、それ自体が彼らにとって命取りとなり得る。彼らはそういう世界で生きている」
「取り敢えず、ここにいれば大丈夫そうなのは伝わりました……」
これ以上と踏み込んではならない領域。それは連中にとっての此処であるように、自分にとっての“住む世界”にも言えること。深入りせず引き際を見極めて了解した自分を見て、ユノはどこか感心するような視線を投げ掛けながら言葉を続けてくる。
「このターミナルを中心として、半径10km以内のエリアであれば貴方の安全は確証される。幸いにもこの辺りは経済的発展も目覚ましく、宿泊する分には不便しないでしょう」
「あの、ありがとうございます。おかげで助かりました」
「気にしないでちょうだい。私は、私に託された使命を遂行したまでのこと。貴方の気分や体調が落ち着くまで、しばらくはここに滞在することをおすすめするわ。何かあったら、私に連絡してもらえれば3コール以内に応対いたしましょう」
彼女が振りかざしたスマートフォンを見て、自分は電車内で交換した連絡先を思い出す。一般的に普及しているSNSのアカウントを登録しておいたため、いつでもユノに連絡できるようにはなった。だが、この会話の流れだと、おそらく……。
「ユノさんはこの後どうされるんですか?」
「私は意識的に貴方から距離を置くわ。私の存在が、貴方の居所を悟らせてはならないものですから。それに、一連の事態と対応によってマッチポンプを疑われても仕方がない現状も把握している。私が貴方の立場だったら、きっとそう考えるでしょう」
「……その可能性も否めません」
「遠慮を含めた素直な受け答えも、柏島くんの長所よ。諸々の事情を考慮して、今の貴方には1人で過ごす時間が必要でしょうね。体を休め、思考を整理し、今後の展望を思い描く。そんな時間が、今の貴方に求められている。……方針が定まった時、私に連絡を寄越しなさい。その時は託されし使命に則り、貴方が望むべき道に貴方を導いてみせましょう」
独特な喋りと共に、ユノは右手を胸元にあてがった佇まいで凛々しくも柔らかく微笑んでみせた。その所作や言葉に微塵の演技を伺えない様子から、彼女は本当にそれを思って言動に移している。
こちらの返答を聞く前に、ユノは踵を返して歩き出した。最後には「では、また会いましょう」と言葉を残し、彼女は夜の東京へと溶け込んでいく。見送るその後ろ姿は只者ならざるオーラを纏っており、道往く人間を悉く振り返らせ、存在感を醸し出す。彼女の立場的にそれは短所にも働きそうなほど、ユノという人物は堂々たる威厳に満ち、絶世の美貌を独占し、どこか触れてはならない禁忌の象徴とすら予感させた。
同時にして、彼女とは今後も長い付き合いになりそうな腐れ縁を、自分は直感的に理解していたのかもしれない。連絡先を交換したスマートフォンを握り締め、夜の東京に立ち尽くした自分はこの時にも新たな人生の開幕を実感した。
ネット記事に取り上げられた地方都市の火災。その画面を映し出したスマートフォンをホテルのベッドに置き、自分は天井を仰ぐように仰向けで寝転がった。
気付けば2日が経過していた。当日の夜と、前日と同じホテルに宿泊し、自分は己の人生を見つめ直すように静寂な生活を送っていた。当日の夜はユノと別れた直後にも死んだように眠り込み、昨日は安全地帯とされる駅前から離れすぎないよう散歩がてら周囲を散策して、1日を過ごした。宿泊や食事代といった資金は全てユノから支給されており、今はもう何も考えずにそれらを有難く使わせてもらっている。
現在の時刻はAM9:00。動き出すならそろそろといった具合の時間を受けて、自分は意を決するようにスマートフォンを手に取った。開いていたネット記事のページを閉じ、SNSの画面を開いてユノの連絡先を表示する。上体を起こしながら通話ボタンを押して耳にあてると、宣言していた通り3コール以内に彼女の声がスピーカーから聞こえてきた。
『柏島くん、様子は如何かしら』
「どうも。体はだいぶ休めました。もう大丈夫です、動けます」
『それなら良かった。貴方の健康は私の願いそのものよ』
凛々しい声音と大袈裟な表現は相変わらず。自分も彼女の調子に慣れたようで特に疑問を抱くことなくそれを伝えた。
「生神ラヴという人物について知りたいです。どうすれば、彼に会えますか?」
『彼との接触は、平穏な人生との決別を意味するわ。貴方にその覚悟があるのかしら』
「覚悟は決まっています。いえ、おそらくは既に覚悟を決めていました。記憶喪失前の自分がその覚悟を決めたからこそ、故郷とも言えるあの街に流れ着いたのだろうという自分なりの答えを出しましたので。覚悟はとっくに決まっています」
『上出来よ。回答の有無に関係なく、貴方はもう2度とカタギの世界には戻れない。前を見据え、進む決意を固めた貴方であるならば、きっと第二……第三の人生も満更ではない日々を送れるでしょう』
面接という程ではないが、少なからずと試されていた節がある。その及第点を突破したのか次にもユノは凛々しい声音で指示を口にした。
『タクシーを拾い、歓楽街“
「歓楽街の龍明、ですね。分かりました。これから向かいます」
『貴方に訪問してもらえる今日という日のために、常に最善の環境を整えてきたわ。我々は柏島くんを心より歓迎する。本日が貴方にとって最良の日となれるよう、誠心誠意を尽くしてみせることを約束しましょう』
「ありがとうございます。では、また後ほど」
よく分からないことだらけな状況は依然として変わらず、しかし行動しなければそれこそ何も分からないままだろうという判断の下、とにもかくにも能動的なアクションを優先した自分。予定が決まったその勢いでホテル前のタクシーを拾い、『龍明』の目的地を告げてその旅路を辿ったものだ。
1時間ほど車を走らせると、直にもとある歓楽街の前で降ろされた。閉じた扉と共に発進した車を横目で見送り、自分は手前に広がる光景へと向かい合っていく。
見てくれの第一印象はイギリス、それもロンドンの建物を日本のビルに置き換えたような雰囲気だった。西洋風の白色や焦げ茶色のシンプルで洗練された建物に、壁面看板や透明ガラス、ネオンサインなどが見受けられる景色。現在は昼前という時刻で青い空と趣のある色合いの融合で日本の都市に鎮座しているが、これが夜になると一変して下品なほどに煌めく騒々しくも華やかな空間になるのだろうと、そんな想像を働かせてくれる場所でもある。
アーチ状の看板には『龍明』と綴られており、ここが目的地であることは確か。東京の歓楽街というと歌舞伎町を思い浮かべるが、ここは歌舞伎町ほど規模が大きくないと言えども西洋系を思わせる独自のビルによる閉鎖感が一種の牽制になっていたのも事実。自分は一瞬だけ圧倒されながらも忘れぬ決心を抱いて歩みを進め、龍明という領域に踏み込んだ。
洋式風の上品さとメタリックな光沢が織り成す表通りを突き進むこと5分。中央に街灯が並び立つ大きな広場に出た。コンクリートの表通りから一転してレンガ敷きのタイルで構成されたその空間は、主に映画館やブティック、レストランや無料案内所といった施設が見受けられる。風景は西洋でありながらも形式は現代日本を思わせて、それらが融合した光景は挑戦的な趣向を感じさせた。
さすがに昼前だと人は少なく、パラパラと見掛ける通行人は龍明の敷地を近道として利用する成人がほとんどだった。関係者なのだろう街の人間達も露骨に姿を現さず、大体は店の前を掃除するか、開店の準備をしているか。ただひとつだけ確実に感じ取れたのが、関係者の風格を纏った地元民から視線を向けられていたこと。見張る……とはまた異なる熱烈な直視は、どちらかと言うと期待に近かったかもしれない。
こちらとしては、あまり気分の良いものではなかった。ユノに指示されて龍明に来たものの具体的な目的地は定められておらず、一通り見回ってみてから到着の電話をしようと決めて、この広場を足早に突っ切ろうとしたその時だった。
聞こえてきたのは、女の子の声。可憐で猫なで声のそれが呼び掛けてくる。
「そこのおにーさーん」
「?」
「そーですー。おにーさんです」
建物の前で佇んでいた女性に呼び止められ、そちらへ振り向いて様子を確認する。
158cmほどの背丈である彼女は、前髪をぱっつんにして切り揃えたヴァイオレットカラーのセミロングヘアーという髪型をしていた。小柄で華奢な体つきは文字通りの可憐なオーラを醸し出し、くりくりっとしたヴァイオレットカラーのまん丸で大きな瞳と、小顔でお人形さんのような面立ちの輪郭が実に愛らしい。
服装は、膨らみのあるシルエットでロリータの愛嬌を引き立たせる黒色のポンチョと、清楚系の雰囲気を醸し出す白色のブラウス、ゴスロリチックな黒色のフリルミニスカートに、黒色のサイハイソックスと黒色の厚底ブーツ、ブランド物の黒色ハンドバッグ、そしてチャームポイントとも言えるであろう猫耳が付いた黒色キャスケットという容貌で、どこかあざとい様子でこちらにちょいちょいと手を振っている。
第一印象は、命を吹き込まれた海外ドールというものだった。まるで作り物のように繊細な質感で構成された肌質は、無機質な印象を与えながらも十分に行き届いた潤いが生物としての瑞々しさを与えている。球体関節がついていそうな体は細くて折れそうだが、人間の頑丈さも相まって尚更と生ける人形と化している。特筆すべきは可憐なドールフェイスであり、製造されたような丸みと萌えは明らかに人体とは思えないほどの可愛さを誇った。
ドキッと一目で心臓を鷲掴みにされ、呼び止めている人物が本当に自分なのか周囲を確認してから彼女の下へと歩み寄った。こちらの様子を眺めていた女性もうんうんと頷きながらおいでおいでと手を振ってくるものだから、さも釣り餌に誘き寄せられた魚の如くいとも簡単に接触してしまう。
「俺に何か……?」
「おにーさん、このあとって用事とかあります??」
「あるにはあるけれど、まだ詳しくは決まっていなくて」
「じゃー、今からちょっとだけウチに付き合ってくれませんか??」
「どこか出掛けるんですか?」
「周辺を軽く、ですねー。傍に男性がついていてくれないと、悪質な輩に絡まれちゃいまして」
「もしかして、この辺りって治安が悪いのかな。俺で良ければ目的の場所まで付き添いますよ」
「ホントですかー!? わー!! ありがとーございますー!!」
女性は目に見えてあざとく喜んでみせた。リアクションも大袈裟で、ぴょんぴょん跳ねながらきゃっきゃと声を出す。
まぁ、こんな可憐な女の子をナンパ師は放っておかないだろうし。という内心を抱きながら護衛のつもりで近付くと、可憐な顔つきで甘い視線を向けていた彼女は次にもささやくようにそれを口にしたのだ。
「そんなに無警戒だと、食い物にされちゃいますよ?? 柏島歓喜さん」
「!?」
一歩踏み込んで、覗き込むようににじりと寄ってきた女性。それに対して自分は驚愕しながら後ずさるも、彼女はあざとさから一変して淡々とした声音で言葉を続けてくる。
「どーも、カンキさん。ユノさんの代わりにお迎えに来ました」
「ゆ、ユノさんの代わりに……?」
「そーです。ユノさん共々ウチもこれから長い付き合いになりますからねー、なら今の内に親睦を深めておきましょーってイミで今回ウチにお迎えを任されたワケです。ウチのコトは“ラミア”とお呼びいただければイイですよー」
「ど、どうもラミア。これからよろしく……?」
未だに驚きが抜け切らないまま、ラミアと名乗る可憐な女性と挨拶を交わす。ユノの代わりとして遣わされたラミアはこちらの反応をじっと眺め、両手を自身の後ろに回した姿勢で顔を覗き込むような仕草を交えながら暫し観察を続けてきた。
……なんだか、緊張する。こんなにも可愛らしい女性に見つめられてしまえば、地球に住まう全ての男が変な高揚感で動けなくなること請け合い。そんなこちらの様子も彼女からしてみれば想定内のようであり、これまでにどれほどの男達をオトしてきたのか計り知れない。
直にもラミアはぴょこっと跳ねるように姿勢を正し、あざとい仕草で淡々とそれを喋り出す。
「そーいうワケですから、早速いきましょーか」
「行くって、どこへ?」
「そりゃーモチロン、お出掛けですよー。周辺を軽く、です。ずっと立ってて足も疲れちゃいましたし、ささ、早く行きましょー」
そう言って、ラミアは躊躇いなくこちらの手を繋いできた。ぎゅっと握り締めてきた柔らかな感触に自分が狼狽えていく間にも、まるでお気に召したオトコを連れ去るかのようにラミアは颯爽と駆け出したものだった。