ブラック・ハーレム ワケあり美女達のボーイフレンド 作:祐。
AM11:30
ラミアに連れられて訪れたのは、全国に展開する飲食チェーン店。到着したばかりの歓楽街『龍明』をすぐに出て案内された、歩いて10分ほどの場所に位置する最寄り駅周辺の、世間的に馴染みある店舗に拍子抜けすらした自分は席に案内されると、ラミアもまた平常運転と言わんばかりにメニューを見て即行で注文。彼女の人目を
暫くして、ラミアの下には溢れんばかりの特大イチゴパフェが届いた。一緒に注文したクリームソーダを付け合わせにひとり歓喜した彼女は、「いただきまーす」と正面の席に座るこちらを気にすることなくパフェを一口、頬に左手を添えてその甘美を堪能していく。そんな様子を自分はドリンクバーのコーヒーを啜りながら眺めていると、次にもラミアはパフェを掬ったスプーンを差し出しながらそれを催促した。
「ハイ、どーぞ」
「え?」
「あーん、してください」
「いや、その」
あまりにも突然の出来事だったため、自分でも驚くほどのウブな動揺を見せてしまう。きっと頬も赤くなっていたかもしれない。誤魔化すためにあちこち逸らした視線がぐるぐると店内の景色を映し出す様子の中、ラミアはどこか確信めいた眼差しで、淡々とした声音で言葉を続けてくる。
「ウチにあーんされるの、イヤですか??」
「そんなことはないよ!」
「じゃー、イイじゃないですか。ほら、あーんしてください。早くしないと溶けちゃいますから」
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
目に見えてぎこちないあーんだったと思う。戦闘を想定して鍛え上げた自慢の体幹が、脈打つ心臓の鼓動でブレブレだったに違いない。さも自然な味見の流れにドキドキしながら食したパフェの味は、果たしてイチゴの酸味だったのか、未知数の体験による錯覚だったのか、とても甘酸っぱく感じられた。
味見させたスプーンをそのまま使うラミア。当たり前のように展開される数々の光景も、連日と続いた悪夢のように非現実的で実感が無い。目の前で繰り広げられている様々は本当にリアルなのか? どこからが偽物で、どこまでが本物なのか。その区別すらあやふやになってきた情報量の多さに圧倒されていると、次第にもイチゴパフェとクリームソーダを平らげたラミアが満足そうに息をついてきた。
「ふぅー、今日のやりたいことリストのひとつは達成できました。期間限定の人気メニューだったので、無くなる前に味わえてよかったです」
「満足できたのなら何より。今日のやりたいことリストってことは、他にも行きたいところがあったりするの?」
「イイ着眼点ですねー。他にも行きたいトコがありますから、カンキさんにはまだまだ付き合っていただく予定です」
「これは重大任務だなぁ」
どこかとぼけるように発したこちらの返答を、ラミアは微笑で受け止める。だがその視線はメニューのタブレットに注がれており、何かが気になっている様子でもあった。
「なにか頼み忘れたものでもあった?」
「いえ、そーいうワケではありませんけど……白状しますと、二種類ある期間限定パフェのもう一種類も食べていないのが心残りかなーっと」
「食べる? 俺のことは気にしないでいいから」
「いえいえ、これ以上カンキさんをお待たせするワケにもいきませんので」
「じゃあ、2人で1つ注文して一緒に食べるのはどう? それなら俺も食事していることになるから、待たせてるとか気にしなくていいよ」
彼女の返答を聞く前に、自分はタブレットを手に取って期間限定メニューの画面を開いて確認した。
溢れんばかりの特大イチゴパフェの他にもう一種類、溢れんばかりの特大ぶどうパフェと大々的に告知された商品。黒ぶどうと白ぶどうの二色で彩られた贅沢なそれをラミアに見せながら、彼女を後押ししていく。
「お腹いっぱいになっても大丈夫だよ、手伝えるから」
「わー、ありがとーございます。もーここまで気遣っていただいたんですから、せっかくですしぶどうの方もいっちゃいましょーか」
「その方が後腐れないからね」
注文ボタンを押して、追加のオーダーを通していく自分。その間もラミアからは視線を投げ掛けられているように感じられ、ちょっと気恥ずかしくなってしまう。直にも特大ぶどうパフェが届くと、ラミアは心なしか計算高い表情を浮かべながら甘い声でそう言葉を口にしてきた。
「カンキさん」
「どうしたの?」
「ウチにも、あーん、してくれますか??」
セリフと同時に繰り出してきたのは、完璧な角度で調整された破壊力バツグンの上目遣いだった。可憐なドールフェイスで小さい口をちょっとだけ開けながら、おねだりするよう指でココ、ココと指示を送る仕草。視界に映る全てが心にグッと来て、自分は心臓を撃ち抜かれるような感覚を覚えながら了承、まだ口をつけていないスプーンで彼女にパフェを食べさせてあげた。
テーブルに身を乗り出したラミアの、パクッと咥えて体勢を戻す様子。もぐもぐと咀嚼して念入りに味わい、ごくりと喉に通して一拍、熱い視線で様子を伺うこちらに向かって彼女はあざとく可憐な微笑みを見せてきたものであった。
甘美を十二分に堪能したラミアが次に連れてきたのは、駅前にある大型ショッピングモール内の映画館。彼女はそこで手早く2人分のチケットを購入すると、映画『フリー・ラブ』のそれをこちらに手渡しながら淡々とした調子で訊ね掛けてくる。
「カンキさんって普段から映画とか観ますか??」
「映画自体はサブスクで観るけれど、映画館で観ることは滅多にないかな」
「そーなんですねー。ナニか他にご趣味があったり??」
「趣味……と言えるかは分からないけれど、毎日ずっと便利屋として働き続けていたから、多分その仕事が趣味のようなものだったのかも」
「趣味をお仕事にできるなんて素敵なコトじゃないですか。イイと思いますよ、そーいうの」
「そうかな。そう言ってくれると、なんか救われたような気持ちになるよ」
上映まであと少し。受付の近くでラミアと佇みながら会話を交わしていく。
「ラミアは映画好きなの?」
「うーん、どーでしょー??」
「好きじゃない?」
「キライではないです。自分で触れる機会が無いだけですから」
「それじゃあ今回は……?」
「話題作りのために、観ておこうと思いまして」
「話題作り?」
「ユノさんも含めて、ウチら普段はアジトのダイニングバーで客商売してますからねー。お客さんとの会話を盛り上げるためにも、常に流行はおさえておきたいじゃないですか」
「なるほど」
そんな話をしている内に、入場可能のアナウンスが流れてきた。同時にしてラミアは淡泊な調子でこちらの手を引いて歩き出し、2人はスタッフにチケットを提示して会場に移動する。
暗闇の中で大迫力のスクリーンが映像を流している。ぞろぞろと入場する団体に混じって自分らの席へ移動を終えると、自分は席に腰を下ろしてホッと一息。さぁ没頭するぞと手すりに両手を置いて眼前のフィクションに備え始めたその傍らで、次の時にも左隣の席に座っていたラミアの右手が何の躊躇いもなくこちらの左手に覆い被さってきた。
彼女の柔らかくきめ細かな肌の温もりを感じ取る。手の甲を包み込んだ感触に自分は驚きのあまり振り向くと、ラミアは持て余した左手で意地悪く人差し指を立てながら「シーッ」の合図を送ってきた。加えて、あざとい微笑みと共にウィンクもしてみせた過剰に可憐な振る舞い。その魅力を遺憾なく発揮してきた致死量級の破壊力は、戦闘技術を持つひとりのオトコを右手ひとつで押さえ込んでみせたものだ。
何なら、映画の上映中ずっとラミアと手を繋いでいた。正直そちらにばかり意識を持っていかれてしまい、映画の方は全く集中できずに終わってしまう。感想を語り合う場面でも適した言葉がまるで思い付かず、無意識に謝罪の言葉ばかりを繰り返していた。尤も、異性の存在に狼狽えるこちらの様子をラミアはどこか愉悦な表情で眺めていたようにも伺えたことから、全ては彼女の思惑通りだったのだろう。それを理解していても尚ラミアの魅力には抗えない。なんとも悲しき男の
ともあれ、ラミアのやりたいことリストがまたひとつ埋まった。時刻はPM4:30頃となり、彼女は思い付きのようにショッピングモール内の散策を提案。断る理由もないため自分は快諾すると、予定が決まるや否やラミアは当然のようにこちらと手を繋ぎ、心なしか寄り添ってくるような距離感で店の中を歩き回った。そうしているうちに陽は高速で沈み、時刻も1時間が経過してPM6:00直前。ショッピングモールの外に出てきた彼女は、手を繋いだ状態のまま淡々とした口ぶりで喋り出してきた。
「本日はお付き合いいただきありがとーございました。ひとまずこれで今日のお出掛けはおしまいなので、これからメインイベントの方に案内しますね」
「メインイベント?」
「カンキさんをウチらのアジトへご招待します。映画を観る前にも少しだけハナシに出しましたが、ウチらのアジトはダイニングバーを経営しておりまして。ちょうど今ぐらいの時間に開店しますから、メンバーに紹介がてらカンキさんをそちらにお連れしようかなーと」
「そこまで考えていたんだ。このお出掛けももしかして、時間を調整するためのものだったりした? だとしたら時間ぴったりだ。すごいスケジュール管理能力」
「それはどーも」
この一言だけ妙な無関心さを感じさせたが、そんなことは気にせずラミアはこちらの手を引いて淡泊に歩き出したため、自分はグイッと引っ張られながらも全てを委ねるように彼女らのアジトへと向かった。
街灯や建物の明かりが立ち並ぶ東京の夜景。依然として忙しない人々と交通の往来をラミアと2人で突っ切ること約10分少し。数時間前にもタクシーの降車と共に向かい合ったアーチ状の看板『
昼間に感じさせた上品さは風俗街特有の金と色気に
西洋風でお洒落な雰囲気。そんな第一印象が撤回されるほどのお手本みたいな現代日本の風俗街がそこにある。元の豪華な建築に黄色の照明と夜の色が合わさることで橙色のイメージカラーが際立っており、龍明という名も相まってか中華の雰囲気、または申し分程度に残った
表通りを埋め尽くすほどの混雑ではないにしても、日中とは異なり盛況な様子を見せていた。というのも、レストランやブティックをはじめとして、カラオケやゲームセンター、レジャー施設といった一般向けの店舗も充実したラインナップは普通の外出や観光に十分と適していたからだ。なにも風俗街だからとピンク色だけが全てではなく、一般層も利用できる幅広い環境作りが結果として需要に繋がり、最終的に街の活気へと還元されるそのメカニズムを龍明は成立させている。
屋外にイスとテーブルを設置したオープンカフェも見受けられる景色の中、自分は手を繋いだラミアと共に龍明の表通りを歩き進めていた。異界じみた怪しく魅惑的な臨場感に本能的な高揚感すら覚えていると、ふと並んで歩いていたラミアは一瞬だけ躊躇うように足を止め、こちらの手を引いて道を逸れようとするも時すでに遅し、前方からやってきたヤンチャな男3人組が彼女へと近付きながら言葉を掛けてきたものだ。
「ラミアちゃん発見~。道往く女の子達の中でも断トツで可愛いから、遠目からでもすぐ分かっちゃったよ~」
「どーも。ご無沙汰してます」
「なになに~? 街のど真ん中で手なんか繋いじゃって。おれという男がいながらデートとか、浮気か~?」
「ウチとアナタはそーいう関係じゃないと思いますけど??」
「つれないな~。こういう時はノってくれないと」
本人は親しいつもりで交流を続ける男3人組。その内いやらしい微笑を浮かべた1人の男がさり気無い動作でラミアに触れようとすると、彼女は咄嗟にこちらへ引っ付きながら淡泊な調子でそれを口にしてみせる。
「ノるもナニも、この人がウチのカレシですけど」
「あぁ? カレシぃ?」
空気が変わった。ひと悶着の予感を抱かせる潔くない視線が3つ、こちらへ注がれる。自分は彼女に危害が及ばないようラミアを隠すように手で下がらせながら、3人を前にして臨戦態勢の睨みを利かせながら受け答えを行う。
「……何か問題でも?」
「人のオンナを横取りしておいて、問題が無いわけねェだろ。おれ優しいから、今ならラミアちゃんに免じてそのナメた態度も許してやるよ。だからさ、痛い目見ねェ内にさっさとそのオンナを寄越せ」
「あんたに許しを求める義理はない。本人も言っていたぞ、あんたとは彼氏彼女の関係ではないと」
「これだから空気の読めない猿が嫌いなんだよ。だったら分からせてやるよ……オトコとしての出来の違いってやつをな――――ッ」
次に場面が切り替わる頃には、既に戦闘は終了していたことだろう。
先日の火災現場で晒された脅威と比べれば、程度の知らないチンピラ達による突っ掛かりは数にも入らない。向こうから暴力を仕掛けてくるのならばこちらも受けて立ち、記憶喪失以前から体に染み付いたボクシングを主体にした独自の格闘術を振るうことで、自身の無力感を噛み締めさせながら相手を地面に伏して冷たく見下ろしていく。
最後に振り抜いた右腕のストレートと共にして、先にも威勢を張っていた男は鼻血を流しながら仰向けに倒れ込んだ。この拳すらも痛まない軟弱な敵対者を相手に、呆れを通り越した無心でホッと一息をつく。それから自分は少し離れた場所で見ていたラミアへと近付いて、なにか大事はないかくまなく視線を配りつつ言葉を掛けていった。
「大丈夫? 怪我してない?」
「ヘーキですよー。それよりも、おハナシに聞いていた通りの強さで安心しました」
「話って?」
「アナタが、ユノさんにコチラへ寄越された理由です」
「それって、どういう……」
敗北した男3人組がボロボロになった姿で立ち去る光景を横目にして、ラミアは自身の後ろに両手を回した仕草でトコトコ歩き出しながら言葉を続けてくる。
「護ってくださり、ありがとーございました。アナタのその強さを、人柄を、ウチらは頼りにしているんです。……今、白馬の王子様に巡り合えたお姫様のよーな気分なんですよ。ウチに限らず、“宿命に囚われた我々”が皆、アナタに希望を託して今日という日を生きているモンですから、尚更ですよ」
「…………」
「ついてきてください。アナタの第3の人生が今日、“
怪しく煌めいた龍明の街。その表通りに佇む無機質な彼女の陰りを目撃した自分は心の底から圧倒されていた。それは力量による物理的な脅迫ではなく、彼女の背後にとり憑く“運命”に睨まれた威圧によるもの。決して彼女……いや、彼女らから払われることのない宿命であり、鎖を繋げられた枷の如く彼女らに付き纏う、永劫の呪い。
背を向けて歩き出したラミアの背は、暗く、重く、希望を感じさせなかった。その足取りの一歩一歩が憂鬱で、常に過去を踏みしめている。未来などない、そう予感させる己が運命に対する諦観の想い。救済を求めるSOSのサイン。
自分に課せられた使命は、自分で思うよりもずっと重大だったのかもしれない。自分は迎えた第3の人生に固唾を飲み込みながらも、ユノとの会話でも交わした覚悟の言葉を脳裏に過ぎらせると共にこの足を踏み出し、その一歩に使命と責任を乗せるような揺らぎない思いで歩を進めたものであった。