ブラック・ハーレム ワケあり美女達のボーイフレンド 作:祐。
金と酒気を帯びた夜の歓楽街。視界に迸るネオンサインは残光を描いて流れ往き、人々の出入りが忙しない往来の表通りを突き進む。前方には今も闇の案内人ラミアが妖精のように無機質な存在感を放ちながら先行しており、自分は使命に従うまま彼女に導かれた。
直にも表通りから小道に逸れて、間隔が狭まった通路を歩き出す。先程まで展開されていた、洗練された西洋風っぽい街並みと、光り輝く壁面看板や照明を反射する大量のガラス窓といった圧倒的な光景からは一転として、寂れたように建物がぽつぽつと見受けられる静寂の市街地と呼べる小道にやってきた自分達。依然としてラミアがその一直線を進み続けると、次第にも街灯や建物の明かりが少ない
信号のないそこで立ち止まったラミアに合わせて、こちらも足を止めていく。それから彼女が向かい合っている交差点の一角へと視線を投げ掛けていくと、次にも自分は上品な照明に包まれた大きなガラス張りの建物と対面した。
レストラン&バー『
店内には、スーツ姿のサラリーマンからフォーマルな格好の紳士まで幅広い上品な男性が酒や食事を楽しんでいる様子だった。店員と思われる女性も男装的なタキシードを着用しており、実に麗しい。その宝塚的な魅力も後押ししているのか、女性客の姿もちらほらと伺える。今まで住んでいた世界とは全く異なる、云わば異世界のような光景を目撃して自分は一種のカルチャーショックを受けてしまうのだが、そんなこちらの様子などお構いなしといった具合にラミアは
領域に足を踏み入れた第一印象は、部屋の隅々まで強くて明るい光を行き届かせたツヤのある大人の空間というものだった。バーという単語から思い浮かべる深海の神秘とは真逆である、陽光の加護とも言える暖色の照明がステンドグラスと共鳴し、その光景は神聖と祝福を感じさせたことから、歓楽街に構えた酒場とは思えない品性に満ち溢れている。
モダンで栗皮色の黒みがかったテーブルに同系統のイスが4セットほど。同色のバーカウンターは凹の窪みを形作って広々と展開され、カウンター席の方が余裕を持って利用できる設計になっている。カウンターの奥にはインテリアの役割を果たすワインラックに、昼夜と活用されるダイニングキッチンなどが見受けられた。
ステンドグラスの高貴な印象に囲まれた、独自のデザインで展開される憩いの聖地。現世に拘束された大人達の欲望を解放するかのような禁断を感じながらラミアに通されると、出入口から真っ直ぐと突き進んだバーカウンターの真正面にて“巨大な人影”と対面した。
……いや、それは人影ではなく、“背中”だった。ダイニングキッチンで洗い物をしていた“彼”は丸めていた背中を伸ばし、山のような上体を起こしていく。その佇まいは山の如し、
210cmの圧倒的な背丈を誇り、ラグビー選手ですら揺るがすことは困難を極めるであろう全身筋肉の強固なガタイが相手を悉く萎縮させる。
栗皮色のエプロンを身に纏い、着用している黒色ブラウスは内なる筋肉からの暴力によってもれなくぱつぱつしている。黒色のボトムスも下半身の筋肉質なシルエットをぎちぎちに浮き上がらせている一方で、黒色のフォーマルな革靴からは圧迫を感じさせない。
要塞のように絶対的な貫禄と、腕まくりをして露出した装甲が如き両腕。さながら、“番人”とも言える大男は暫く無言でこちらを見下ろすと、その重圧にじりっとした空気を漂わせながら一言、口を開く。
「合言葉は?」
「……あ、合言葉?」
「あ・い・こ・と・ば」
え、なに、そんなの知らないんだけど……。
ラミアへと向けた、無言で助けを求める視線。これに彼女は淡泊な表情で反応すると、次にも大男へと向きつつ呆れた調子でそれを喋り出していった。
「ナニ言ってるんですか。合言葉なんて最初からないんですから、あまりカンキさんのコトを揶揄わないであげてください」
いや最初からないんかい。騙されたような気分で複雑な心境を抱いた自分だが、そんなこちらに構う事なく大男もまた含み笑い的な堪える微笑を交えながら低く渋い声音で受け答えを行う。
「フフフフフ、あぁいやすまんすまん。坊主の顔を見ていたら、なんだか揶揄いたくなっちまってよ」
「“マスター”のワルいクセが出てますよー。憎まれ口ばかり叩いていたら、いざという時に信用されなくなっちゃいますよ??」
「だから今謝ってるんじゃねぇか。おう、悪い事したな坊主。別に悪気があってこんなことをしたわけじゃねぇんだ。こいつはちょっとした出来心さ。そう、出来心。遊びの余裕は大人になっても必要だということさ」
第一印象の大山が如き無骨なそれとは裏腹に、マスターと呼ばれる彼は悪びれる様子もなく弁解する。それから分厚い両腕を組み、愉快げに口角を吊り上げながら改めてこちらに喋り掛けてきた。
「お前が柏島歓喜だな? 話はユノから聞いている。この様子だと、ラミアからのお墨付きも貰えたようだな。なら、俺から言う事は何もないさ。俺からの要望はただひとつ。節度を持ってこの店を利用してくれればいい。たったそれだけさ」
「ど、どうも。ありがとうございます」
「ラミアからは、ここをアジトだと聞いているだろう。その呼び名の通り、俺達“組織”はこの店を拠点にして活動をしているんだ」
「組織?」
「ユノやラミアをはじめとする一員はキャストとしてここで働いてもいるし、外部で活動する仲間達が情報共有や休憩を目的にここへやってきたりもする。その組織ってものについては、いずれ詳しく知る時が来るだろう。今のお前に求められているものは、ずばり信用だ。どんな経歴であれ、まずは秘密を共有するに足る人材であることを行動で示してくれなけりゃあ始まらない」
マスターのセリフに対して、ラミアが「マスターが信用を語るんですか??」とツッコミを入れていく。だがマスター、一瞬だけの沈黙を挟んだ後に年季の違いを見せ付けるよう彼女を鮮やかに無視してそれを口にしてみせた。
「柏島歓喜、お前には経験と信頼を積み上げてもらう。その最初の仕事として、俺からひとつ役目を与えてやろう」
「そ、その最初の仕事とは一体……?」
「俺が作った酒を飲んでいけ」
厳選された板氷を繊細な技術による包丁さばきで見事な四角形に整える。品格の源とも言える氷を1つ切り揃えると、冷凍庫からキンキンに冷やしたグラスを取り出して氷を投入、続けてその巨大な手でライムの汁を鮮やかに絞り出し、ジガーと呼ばれるメジャーカップで量ったジン、それから甘さのある炭酸飲料水のトニックウォーターで割ってから、柄が長いバースプーンで掻き混ぜていく。
浮かび上がった氷がカランッと涼しげな音を立て、マスターは半月状にカットされたライムを添えていく。氷に支えられ縦に浮かんだ柑橘類が色味や味覚のアクセントとして透明なカクテルを一層と際立たせる中、こちらの手前にコースターを置き、その上にグラスを移してスッと差し出すと、目の前にはステンドグラスの高貴な輝きを反射するジントニックが提供された。
雰囲気は抜群。自分はマスターの顔色を伺いながらグラスを手に取って、意識を口先、嗅覚、味覚に集中しながら喉へ流し込む。口いっぱいに広がるスッキリとしたアルコールの味、ライムの酸味が舌を撫で、弾ける炭酸が体内で活気づく。その一口はここ数日の体験で一番現実的でありながら、まるで非現実へと招かれたかのような浮き立つ感覚、妙な高揚感を覚えたものだったから、自分はその一杯を堪能しながら今いる
こちらの飲みっぷりを眺めていたマスターは、してやったりな得意げの笑みを浮かべてみせた。手応えは十分といったところか。顎髭を撫でて満足そうに何度か頷いてから、次の工程へと取り掛かっていく。彼は先のジントニックを想起させる手練れた様子でカクテルグラスを用意すると、飾り切りした半月状の林檎を添えた黄金色のリンゴカクテルを作ってラミアへと差し出した。
自分の右隣のカウンター席に座っていたラミアは「どーも」と言い、カクテルを一口啜る。その淡泊でありながらも可憐なドールフェイスが酒を嗜む光景に自分は思わず見惚れていると、彼女は不意に振り向きながら淡々と訊ね掛けてきた。
「お味の方はどーです??」
「お、美味しいよ! 爽やかな口当たりで飲みやすいし、綺麗でお洒落。普段あまりお酒は飲まないんだけど、ここのカクテルはすごく美味しい。一口で気に入った」
「お気に召していただけたよーで何よりです。マスターは他人を揶揄ってばかりのイジワルオヤジですけど、バーテンダーとしての腕前なら誰よりも信用できますから」
厨房で作業をしていたマスターが、「最初の一言は余計だろう」と冗談めかしてツッコんでくる。その間にも次の工程を進めていた彼がこちらに皿を差し出すと、そこにはブロッコリーやフライドポテトが添えられた白身魚の大きなソテーが盛り付けられていた。
マスターはご機嫌に口角を吊り上げながら言葉を続けてくる。
「こいつは
「いいんですか!? こんなに贅沢な賄いを……!?」
「贅沢だなんて大袈裟だな! いいから食って感想を聞かせろ! ……それにしても、
と言い、ラミアをチラッと見るマスター。これに対して彼女はジト目で「……ナンですか。ナニか言いたげですけど」と答えたものだったから、マスターはわざとらしくはぐらかすように「まだ何も言ってねぇぞ?」と返答してもう一皿、白身魚のソテーをラミアの元に提供した。
……マスターの縮れた前髪の奥から注がれる真っ直ぐな視線。無言でジッと見つめられたラミアは少々やり辛そうにしながら言葉を口にする。
「……いつもありがとーございます」
「ほぉ? お礼の言葉にしては気持ちがこもってないなぁ?」
「あの、そーいうトコが余計だと皆さんから言われてますよね??」
「ダッハハハ! こいつは個性さ! こっちの坊主みてぇに年長者を素直に
「あーハイハイ、分かりましたって。……まー、感謝をしてるのはホントですから。いつもありがとーございます。マスター」
「合格だ! 100点!」
「あのですね、だからそーいうトコが」
ラミアとマスターの掛け合いに、自分は微笑ましく思うばかりに無意識と苦笑してしまった。申し訳無さに誤魔化そうと一瞬だけ慌てるものの、彼らは互いに和やかな雰囲気を纏っていたものだ。
会話に一旦の段落がついたからだろうか。分厚い両腕を組んで大山の如く佇んでいたマスターは、ふと思い出すように声を出しながら背を向けていく。
「おっとそうだ。“こいつ”もあった」
と言って、彼は白身魚のソテーが盛られた皿をこちらの左隣にある無人のカウンター席へと置いていく。虚空へと提供された料理に自分は疑問を抱いていると、次にもマスターが“それ”を口にしてきた。
「そいつは坊主のもんじゃねぇぞ? 今も坊主が住む予定の部屋を掃除している……っと、噂をすれば何とやら、だな」
そう言って、マスターは縮れた前髪を揺らしながら一切と姿を明かさない眼差しをこちらの後方へと向けていく。その視線を追うべく自分も振り返ろうとしたその時、無人の左隣からは覗き込むような気配の動きと同時にして“無邪気な彼女”が顔を出してきたのだ。
「わっ!」
「うわっ!?」
「あは、無防備すぎてウケる。カワイー」
急にワッと驚かしてきて、悪戯に笑んでみせたその存在。163cmほどの背丈である彼女はウェーブがかかった
服装は、膝丈までの長さでだぼっとしたシルエットが特徴的である紺色のマウンテンパーカーと、ショート丈でオフホワイトのへそ出しキャミソール、袴のように幅があるアイボリー色のワイドパンツに、白色のハイヒールサンダル、ベージュ色のトートバッグ、そして派手な装飾で存在を主張するネイルアートといった格好で、彼女は初対面とは思えないほどの近い距離感で明るく接してくる。
所謂『ギャル』と呼ばれるラフな自然体を全面に押し出した気質は都会的で、現代を生きる若者の拘りを感じさせた。流行やSNSを重んじる風潮からメイクやネイルで自身をトレンディに飾り付けているが、長いまつ毛や生まれつきの二重、小悪魔で勝気な表情に隔たりが無いオープンな性格という元の素材が完璧である故に、華やか且つ整った容貌も加わることで同類の男女からは羨望と嫉妬の両方を寄せられていたことに違いない。
負けることを知らないような、どことなく調子に乗った表情でニヤニヤと笑みを浮かべた女性。彼女はこちらの背に右手を乗せることで自身の体を支え始めると、次にもこちらの顔を一生懸命と覗き込みながら怒涛の勢いで喋り始めた。
「柏島歓喜くん、だよね!?」
「そ、そうだけど?」
「うはー! ヤバ! 写真で見るよりずっとイイカンジじゃ~ん!」
「写真? イイカンジ……?」
「ねね、あたしのことは“メー”って呼んで! あたしら今日から一蓮托生? ってやつだから! そういうわけでラミア共々よろた~ん! ズッ友うぇーい!」
「よ、よろしく。メー」
想像を超える膨大な活力を前に、自分は完全に
「あマスター、
「あぁ、分かったから坊主の晩飯を邪魔しないでやってくれ」
「マ? あたし邪魔だった? ゴメンねカンキくん! てか、なんか色々あったみたいじゃん? よく知らないけど」
「確かにここ数日は色々あったかな。やっとゆっくり休めそうで、今とても安心してるよ」
「すぐ休めるように、カンキくんの部屋あたし綺麗にしといたから! えらいでしょ! あそうだ、ラミア~。頼まれてたモンも運んどいたから後で確認よろ~」
メーの話し相手は目まぐるしく移り変わっていった。マスターから自分へ、そして自分からラミアへ転々とする会話の内容を前にしても尚、マスターやラミアは平然とした態度でメーと会話を交わしていく。
「ありがとーございます。今まではウチとメーさんの2人だけでしたけど、これでウチらも今日から安泰ですねー」
「ね~。完全無敵ってカンジ! あマスター、ビールあざーす!」
「俺の店の冷蔵庫で缶ビール冷やされると、食材を入れるスペースが無くなって困るんだがな」
「えー、いいじゃんそれくらい~。マスターのケチー。あカンキくん隣いい? 失礼~」
「どうぞ。もう座っているみたいだけど……」
メーが加わったことにより、場の空気は一気に賑やかになった。空間に華やかさをもたらす彼女は今もマスターから受け取った缶ビールのフタをカシュッと開けていくと、バーであるにも関わらずカクテルなどを頼まない我が道を往くスタイルで私物のそれをぐびぐび喉に流し込む。それから「ぷはぁー!」と快活な清々しいため息をついていくと、酔いどれのメーはこちらに興味を向けるなり2時間ほど、明るく無邪気な絡みをこちらに続けてきたものだった。