Fate/GrandOrder×鬼哭街 劍鬼再哭魔都 上海 作:スペシャルティアイス
“なんだかすごい所に来ちゃった”
それが藤丸立香という少女の率直な感想だった。彼女が立つその場所は何処かの繁華街。夜にあって過大な照明が昼のごとく辺りを照らし、多くの人のある大通りには飲み屋がひしめいている。しかし一本薄暗い路地に入れば、男を誘うようにピンク色に光るネオンが店先を照らす場所だった。
カルデアの礼装は便利なもので、明らかに日本人と似ているようで違う雰囲気の人々が話す言語が、聞きなれた日本語で聞こえてくる。
(あれって簡体字ってやつだよね?ってことはここ中国……?)
にしては、立香の知っているものとは趣が違う。
(なんかター〇ネーターっていうか、サイボーグっぽい人ばっかり)
通り過ぎていった男性は顔の左半分が金属製に、呼び込みをする若者は片手が機械義肢のようであるし、押し車の老婆からはなぜかエンジン音が聞こえる始末。
そこで周囲の人間が自分を胡乱げに見ていることに気づく。何くわぬ顔で歩き出して人の波に合流した。
ふと上を見上げるとアーケード街のようで、屋根のようなもので空が見えない。
(また私やっちゃったのかなぁ。最後に覚えてるのはマシュの顔だけど。ていうか今回は武蔵ちゃんもいないし、どうしよ……)
覚えのあるシチュエーション、亜種特異点での心強い味方を思い出し少し心が弱る立香。
そんな彼女へ声をかける人間がいた。着崩したスーツに金髪の端正な顔立ちの優男だ。数の多いピアスと男にしては濃い化粧が目立っている。
「あれー?お姉さんもしかして外国から来たの?」
「え、あの」
「あーごめんねぇ。なんか周りキョロキョロして慣れてないみたいでさ、つい声かけちゃったよ~」
へらへらした男は馴れ馴れしく立香の傍によってその顔を覗き込む。
「てか可愛いねー。もしよかったら安いお店教えたげるよ?お連れの友達とかいたら呼んでよ~」
「いや。連れはその、いないというか」
「えぇ~?一人とかマジないよお。ここはまだ人通りあるからマシだけど。ほら行こっ」
そう言って掴まれた腕は細身にしては力が強く、どこか有無を言わせない感じがした。抵抗する立香だが、ふとした拍子に引っ張られる力が止んでたたらを踏む。そして前のめりになった瞬間に首筋にちくりとした痛みを覚え、急激に意識が混濁としたものになる。毒物は効かないはずが何故?
「あれぇぇ!?お姉さんどうしたのぉ?酔っちゃったのかなあ。ダメだよもぉこんな所でえ」
わざとらしいほどの声を上げた男が、立香に肩を貸して裏路地へ連れ去っていく。人がいないのを確認し、立香の耳元でドスの利いた声で囁く。
「手間かけさすなよコラ。てめえは後で女衒に売ってやるけど、まずはタップリ愉しませろよ」
既に酩酊した立香には聞こえていないだろうが、優男はささやかな嗜虐心を満足させて宿へ歩き出そうとした。
しかし男の下半身に直結した欲望は叶うことはない。なぜなら立香の耳元から顔を上げたその眼前に、黒い壁が立ちはだかっていたのだ
「んえ!?なんなのお前ぇぇ!?」
壁だと思ったそれは男だった。黒髪、黒いコートに身を包み幽鬼の雰囲気を持つ長身。立香を見下ろすように凝視し、それが結果的に男の行く道を塞ぐ形になっていた。
苛立ちを隠さない優男は躊躇せず、自分の右拳を黒衣の男の腹に突き刺す。サイバネ手術済みのそれは比較的安価な金属製の義肢だが、生身で受ければ容易に肉体を貫通できる威力をもっていた。しかし、
「ぁんぎゃぁぁぁぁぁ!!うで、うでがあぁぁぁ!?」
優男の絶叫が裏路地に響く。支えを失った立香はその場に倒れこみ、支えていた筈の側は潰れた己の拳を抑えて後ずさる。
神経接続がされていたようで、拳が潰れた痛みに回路がバーンアウトを起こしそうになる。脂汗を垂らし顔を歪めながらも、男が背を向けて逃走を図った。
「は、離せぇぇぇ!?離せやボケえぇぇ!!」
その後ろ頭を黒衣の男に掴まれ、抵抗する優男の体が宙を浮く。サイバネ手術をしたその身体は100㎏を優に超え、それを容易に片手で持ち上げる者は果たして人間なのか。
掴む男の掌に僅かに力が籠り、紫がかった電光が弾けた。
「アアア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」
途端に掴まれた側が滅茶苦茶に手足をバタつかせて絶叫を上げる。全身の機械化された金属神経が、掌から発せられた電磁パルスによって焼き払われたのだ。その苦痛は筆舌に尽くしがたい。
黒衣の男は全身から煙を上げる人間だったモノをぞんざいに投げ捨ててから、倒れこんだ立香の顔を覗き込んだ。
半開きの光のない瞳と弛緩した口元は、立香がいまだ意識をとり戻せていないことを示していた。
その姿を、赤い瞳に映して男が口を開く。
「Ru……ì……lì 」
しわがれた声だった。そしてゆっくりと、ナメクジの早さで男は立香へ手を伸ばす。それが彼女に触れることはなかった。黒衣の男へ上空から奇襲を仕掛けた存在がいた。
男を仕留めんとした一振りは軽々躱される。刺客は伏せた立香と黒衣の男の間に着地し身構えた。
「こんな娘にまで手を掛けるか、外道が」
刺客から距離を空けるために退いた男の顔に変化はない、変わらぬ幽鬼のような無表情だ。それと対照的に刺客は義憤に顔を歪めていた。
奇妙な男だ、白髪と左半分の顔はひきつりその眼は白濁としたもの。残った右目は鋭鷹のごとく相手を睨む。そして濃紺のパーカー姿はこの上海ではどこか浮いた姿に思える。
しかしその手に握られた苗刀が男の全てを非日常にしていた。
「哈ァ!」
仕掛けたのは凶手からだった。鋭い突きは黒衣の男にいなされるも、その勢いを生かして軸足にて体を回転させ回し蹴りを放つ。
すると黒衣の男も鏡合わせのように同じ蹴りを放った。
「ぐぅ!?」
威力は相手が上だったようで刺客が呻く。
戴天流『臥龍尾』本来は長衫の裾 によって敵の目を晦ましつつ回し蹴りを放つ技。基礎技ではあるが硬気功を併用すれば鋼もひしゃぐ威力となる。
圧し負けた刺客が二の太刀に斬撃を見舞うが、黒衣の男は軽くしゃがんだ下肢に溜を作り、縮地の如き踏み込みで肩口から体当たりを見舞う。鉄山靠に酷似した体当たりをもろに食らった刺客は、勢いを殺せず表通りまですっ飛んでいった。
「……っあ?」
一瞬の攻防の闘気に中てられたのか、立香が呻いて瞼を開ける。そして見た、濃厚な死の気配、絶死が人の形をとったモノを。
黒衣の男の茫漠とした赤い瞳と視線がかち合い、己の心臓を握りつぶされる錯覚を覚える。
「これ……は」
立香には同じ類のものを見た記憶があった。自分が魔術師の魔の字も知らない素人の身で初めてレイシフトした、炎上都市で見た巨大なシャドウサーヴァント。
暴虐と壊乱の嵐といってよいそれは、ギリシャの英雄ヘラクレスを模したものだったことは後から知った。
マシュと現地サーヴァントと共に目の前にした時と同じ感覚を覚えたのだ。つまりは生きていながら感じる死の実感を。
立香の本能が必死に命じる、逃げろと。しかし自分の体に力を込められず、頭も何か靄がかかったようではっきりしない。これでは一時的な召喚のための集中も難しい。
(うご、かなきゃ。まだ、私は――)
自分に向かって歩いてくる男の姿に焦りばかり出る。死の気配が男の一歩と共に濃密となっていく。
“キ゛ィ ン”
裏路地に鋼の打ち合う高音が響いた。
思わず目を閉じた立香だが、そろりと目の前を伺うと、見覚えのある鉄納戸色の背中が見えた。その姿は彼女のサーヴァント、宮本伊織だ。
「マスター、無事か?」
「伊織――セイバー!?なんで」
「ダ・ヴィンチ殿とマシュ殿、ひいては皆からの願いだ。眠りに落ちたマスターへの助力をと」
「そっか……やっぱり私、また」
伊織の得物である二刀は黒衣の男の、何処から抜き出したのか倭刀にて受け止められていた。噛み合った鋼が耳障りな刃ぎしりを奏で、その一方である伊織は汗を落とした。
(水の型にて最速の一撃を難なく……それにこの膂力とはっ)
力比べに唸る伊織をよそに男は無表情。死人のような白顔に動じた色はなく、そしてこの一合にて並みではないことが理解できた。
「……うそ。この人、サーヴァントじゃない」
眼を見開いた立香の一言を背に伊織もやっと確信する。サーヴァントは他のサーヴァントの気配を感知することができる。目の前の人物からはその気配をまるで感じなかった。サーヴァントである己と互角以上の力比べができる存在に、自分の感覚に自信が持てなかったのだ。
伊織の耳に不気味に空気が押し出される音が届く。それに対して脱力しながら相手の懐に飛び込むように体当たり、果たしてその音は死角からの蹴撃だった。
次いで己の顎下からの掌底に、伊織は愛刀の柄頭で迎え打つ。
そのまま間合いが空き、しかし伊織の総身に怖気が走る。半ば無意識に構えをとるは空の型。そのまま最速の鞘走りでもって乱撃を放つ。
その斬撃の嵐を前に男が取る構えは戴天流『四海縦横』。伊織と同じく無数の斬撃に、まるで相殺するかのように鋼が打ち合わされる。後手に関わらず、伊織の無数の斬閃に合わせているのだ。
「何という……!」
感嘆の声が漏れる。己の剣は頂に至ったなどと口が裂けても言えぬが、英霊になったこともあり一角のものという自負があった。マスターと共に多くの異界巡りにて、怪異英霊と剣を交えてその意が育まれた。しかしそれが、この剣士との斬り結んだわずかな間に吹き飛んでしまう。しかしそこには悪感情などなく、場違いにも嵐の後の晴天のような錯覚すら覚える。剣の頂とは斯くも遥か、まだまだ歩く余地があることに。
再度、間合いを詰めた男と斬撃の応酬が始まる。傍目には互角に斬り結ぶ二人の姿に、立香はなんとか自らの体を動かそうとする。しかしどうにもその身体は自由がきかない。
ふとそんな身体が楽になった。両肩に男の掌が支えるように置かれていた。
「君、大丈夫か?奴に何かされたのか?」
そう言って自分の顔を覗き込む存在を見上げ、失礼だが立香はぎょっとした。ひきつった半分の顔面に白濁した瞳が間近にあったのだから。しかし彼女も歴戦の戦士、おくびにも出さず礼を述べる。
「あ、ありがとう。私は大丈夫……じゃないけど今はセイバーが、仲間が」
「……あれと打ち合うとは、凄まじい剣士と見受けたが」
「へへっ。私のサーヴァントは最強ですから……あれ?あなた、どこかで」
そこで立香の記憶が閃く。かつての特異点の一つ炎上都市の過去の古城にて、最古の英雄王を共に破った時に見かけた記憶。たしか、その時のバーサーカーのマスターらしき男の人。
その言葉に男がハッとした顔を向けた。
「なんと。この体の主と知己だったか」
「いえ知り合いってほどでもないですけど……それよりも」
その視線の先、立香の目では両者の間を行き来する銀光と火花、金属が打ち合う音しか知覚できていない。常人では目で追えぬ剣戟を演じるその光景に、横で僅かに歯ぎしりする音が聞こえた。
「……いま少し待ってほしい。必ず機はくる」
その声をきっかけかのように立香の知覚に反応があった。大きな魔力の塊がこちらに近づいてくる、つまりはサーヴァントだ。
敵かわからなぬそれに対して立香は声を上げる。
「あのっ!」
「安心してくれ。かの侠徒が危害を加えることはない、多分」
「た、多分って」
反応が立香の上空辺りで止まる。そして比にならないほどの魔力が膨れ上がる。
「────この一撃、手向けとして受け取るがいい 」
聞き慣れたその声はかのアルスターの大英雄のものに相違なく、見上げれば青い姿は掲げた赤枝を投擲する寸前の姿。
(ちょっと!?それだと巻き込まれ)
急いで念話を開く。相手はもちろん伊織だ。
(セイバー!?宝具が来る!!)
(ああっ理解しているともマスター!だがこの剣戟を相手にしながらは)
槍兵は弓なりに振りかぶった張力を解放する。稲妻のような紅い魔力が場を染め、ただ一点に収束していく。
「
放たれた槍が亜音速にて黒い剣士を穿ち、爆発した。その直前、立香を庇うように半面の男が進み出る。調息、爆発の余波で吹き飛んできた瓦礫の類を剣の腹にて流していく。滑らかなその剣捌きは、まるで瓦礫がそこを飛んでくるのを知っていたかのように淀みない。
槍の着弾地点にはクレーターだけが残っていた。裏路地もずいぶんと見通しが良くなったようで、じきに人が集まってくることだろう。
爆風による塵埃が晴れたタイミングで、立香に伊織が身を寄せる。
「セ、セイバー……大丈夫?」
「無論だ。かの槍兵殿も避けられるよう図らってくれたようだ」
「ああ、その通りだぜ」
立香の眼前に降り立ったランサー、真名クーフーリンは得物を肩に不敵に笑う。
「木偶野郎とも退屈しねえが新しい猛者、そこのセイバーがいるなら是非手合わせ願いたい、そう思うのは仕方ないだろう?なあバーサーカー」
「……その仕儀には頷くべくもない。貴殿の一撃でここも騒ぎとなる。今は退くべきだろうよ」
「もちろん色男と嬢ちゃんも一緒に、だろ?」
そう言って獰猛な笑みを向けられた伊織は立香に目線をやる。選択の余地もないだろう。
「うん。ひとまず一緒に――」
しかし酩酊が一気に回ったのか立香の意識がひっくり返る。倒れた自分を抱き止めてくれたのが伊織だという記憶を最後に、彼女の意識は深く落ちていった。