Fate/GrandOrder×鬼哭街 劍鬼再哭魔都 上海 作:スペシャルティアイス
バーサーカーの望みは後日ということになった、なお実現するとは言っていない。
それでもその決闘を肴にした呑みは、拠点にて三人のサーヴァントとお目付けの立香が会すことになった。ちなみに李書文は誘いを断って何処かへ消えていた。
彼女はライチ水を口にし、同じ原料の杏露酒を炭酸水で割ったものをランサーが飲み干す。
「俺はこれかねぇ。他の酒は強すぎる」
「貴殿のような英雄なら焼酒のような辛口を好むものと思ったのだが」
「ケルト神話だと蜂蜜酒みたいなのが飲み慣れてるんじゃない?」
伊織の意外そうな声に立香が答えながら、以前マシュから教えてもらった記憶を引っ張り出す。ちなみに蜂蜜酒は最古のアルコール飲料ともいわれ旧石器時代にまで遡るという。一方の伊織は醸造酒である黄酒をちびりちびりとやっている。
「そうだな、俺は甘い酒のほうがあってるな……しかしこいつは大丈夫なのか?」
そうランサーが指さしたのはテーブルに突っ伏したバーサーカーの姿である。
四人で乾杯の折、好物だという白酒を美味そうに干すもすぐに青くなり、今は突っ伏して必死に気功にて整えている真っ最中である。
疑似サーヴァントは肉体の持ち主に依存するために、持ち主である間桐雁夜の内臓が蒸留酒に耐えうるものでなかったのかもしれない。また疑似サーヴァントの特徴である霊体化できない事実も、こうしてバーサーカーがアルコールの分解に必死になっている理由だった。
「でもお酒なんて飲んで大丈夫なの?敵サーヴァントとかの襲撃があるんじゃ」
「剣士のほうはねえさ。他サーヴァントの襲撃は、まあ絶対ないとは言えんが、爺さんがその辺りうまくやってくれてるさ」
「なんと……李書文殿に見張りをさせて酒を飲んでいたのか?」
「交代交代だ。なにせ闘争と酒以外は楽しみがねえんだから。前は表通りに呑みに行ったんだが、ライダーに襲われてよお」
そのランサーの言葉にはっとする。立香に代わって伊織が尋ねる。
「ライダーはどんな者なのだ?」
「あー……洋装の爺だったな。やたらテンション高く錨をぶん回してたから、船にまつわるサーヴァントじゃねえか?」
「錨で爺って、コロンブスじゃない?」
立香の一言にランサーが目を剥く。
「おいおい嬢ちゃん、判断するの早すぎやしねえか?それとも真名のわかる魔術みてえなもんでも持ってんのか?」
「カルデアで心当たりあるのがいたなあって」
「あー……いろいろな英霊がいるっつってたか。そう考えると規格外なマスターだなお前さん」
そう言ったランサーの盃が空だったので、立香が注ぎ足す。
「おお、悪いな。まあその騒ぎでバーサーカーと知り合って、他人を巻き込むやり方に据えかねたアイツと共闘して撃退した。これが二日前だな」
「それほど日は経っていないのだな」
「まあな。そんでその次の日にバーサーカーが、爺さんと黒い奴がやり合ってるの見つけてぶっ潰したんだったか。そん時に若い時分の爺さん、もう一人のバーサーカーが落ちたんだ」
「バーサーカーが二人いたの?」
立香が首をかしげる。
「爺さんが嘘ついてなけりゃな。俺からすると、この潰れてるバーサーカーのほうがイレギュラーだと思うんだがな。自分は決して英霊などという存在ではない、って本人が言ってたが嬢ちゃんの話だと幻霊ってやつだったか」
「多分、そうなのかなって。でも幻霊が人間に憑くなんて自然に起きるようなものとは思えないし」
「糸を引く存在がいる、ということか」
耳を傾けていた伊織がそう結び、そして他のサーヴァントの情報をランサーに問うた。
「他はまだ見てねえな、三人で手分けしてはいるが。それに俺だって召喚されて三日程度しか経ってないんだからよ。あとあの黒い奴は爺さんとバーサーカーで一回、今日俺が一回倒しちゃいるが間違いなく強くなってるぜ。伊織が食い止めてなけりゃあ、ぶっ放せなかったしな」
「……奴は、何なのだろうか」
「バーサーカー?水飲む?」
立香の差し出したコップを、礼を言ってバーサーカーが飲み干す。
「奴の姿は俺の生前、孔濤羅の姿そのものだが身体はサイバネ手術された義体だ。俺は最期まで外家のサイボーグ拳士ではなかったのに。奴が皆を殺したことは確実だが、その正体が掴めん。一体この上海で何があったんだ」
「伝手のようなのはないの?なんかこう情報屋みたいな、本拠地だったなら知人とか」
立香の意見にバーサーカーが首を振る。
「すでに接触した。しかし今は別人の姿に変わった己では深くまで探れん。わかっていることは、戻ってきた孔濤羅によって青雲幇とフロント企業である上海電脳義肢公司 の主要な者が皆殺しにされたこと」
「たしか、貴殿の兄弟子や妹御が」
伊織の言葉にバーサーカーは苦痛をこらえるように瞠目する。
「兄弟子、豪軍は俺の妹である瑞麗の夫でもあり、ともに戴天流を学んだ男だ。例えるなら人中龍鳳 、抜きんでた武の才をもっていながらもその知略も買われ、身を外家のものにして青雲幇の幹部へ転身した。家族と組織のために己の才を捨てるほどの徳も持ち、奴ほどの男だからこそ……俺は瑞麗を任せたのにっ」
顔を伏せ苦渋に声を震わせるバーサーカーへ伊織は気づかわし気な目線を送る。自分にもいた妹のことを思い同情的になっているのだろうか。
伏せた顔を上げたバーサーカーが立香と伊織の顔をまっすぐに見た。
「二人に頼みがある。もしも俺の妹、瑞麗を見た時は保護してやってくれないか?」
「行方不明っていう?」
「そうだ。もし、もしも……既にこの世にいないのなら、その最期までを知らねば」
語尾にいくにつれ冷たく鋭くなるバーサーカーの気配に立香の背筋が寒くなる。そんな彼の肩をランサーが小突く。
「呑みの席でなんて気配を出すんだよ」
「……すまない。だが俺にとって瑞麗は唯一の肉親、すべてなのだ。独りなら、絶対に助けてやらないと」
そこから始まったバーサーカーの妹自慢は、三人を交えながら日の変わる頃まで及んだ。
***
人工的な光に照らされたその空間は剣呑な雰囲気が隠せていない。機械製の四肢や銃火器が多く見受けられ、そこは義体の格納庫、作業場も兼ねてのものと思われる。
その奥の手術台に横たわる男。一見ではただの鍛えられた男だが、その身体は金属の臓器骨格をもつ義体に他ならない。目が閉じられたままの孔濤羅であった。
それを目の前にした一人の人物、その姿はあまりに異様だ。
「これで都合四体目。次で打ち止めだが、予定通りということでいいのかな?」
洋装らしい二藍のシャツと滅紫のベストに身を包み、その声は落ち着いた成人男性の声だ。しかし頭部、顔の部分が常人のものとは決して違う。
男の頭部全体に巻かれた黒い包帯、左目と口元を除いて覆われているのだ。ゆえに露出されていないその顔立ちも髪形もわからない。
「――――出揃った?しかし当初聞いていた数より二人ほど多いじゃあないか。それにこんなことに巻き込んで。一般人である私を無理やりこんな体にして、本当に酷い話だよ――――今の私が?似合っていると?」
男の何処かへと話しかける言葉が途切れる。そして哄笑が部屋に残響した。
「……は。はは。ははは。ははははは!冗句が下手と言われないかい?うん、今のは十人中十人とも君が悪いと言うよ、賭けてもいい。なにしろ私に落ち度はない。もしもこの姿を以って言うのなら、あんまりな話だよ?」
滑稽な愚者を嘲弄するように口を怪人が歪める。そんな会話を続けながらも、濤羅の身体のあちこちを見分していく。
「――――もちろん仕事はしているとも。この技術で彼を最適化していけばいいのだろう。何を以って最適と成すのかは個々人の解釈があるが、この場に限っては君の注文を遂行できていると信じているよ。なにせほら、今の私はキャスターであるらしいからね」
男が手術台から顔を上げて息を吐く。傍らの布で黒手袋に包まれた手を拭ってから背を向け、その先のテーブルの水差しからコップに注ぐ。
「しかし君の目論見通りに事が進むとは、私にはどうしても思えないのだよ伯爵――――おっとすまない、ここでは謝逸達だったね。ええと、それであまりにも不確定要素が多いし、その、あー……なんだ。愛し合う二人を引き離し、濤羅君はこんな有様にして。まあ私としても彼女の在り方には物申したいが、ほら、言うだろう?人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られて、と。――――そんなことを言われたなら、サーヴァントである私に是非は言えなくなってしまうよ」
男は長広舌を潤すためグラスを傾け液体を嚥下する。飲み干したちょうどその時、部屋全体が地震が起きたように揺れた。天井から落ちた埃がグラスに入り、男は眉を顰めながら机に置く。
「すまない。どうやら招かれざる何とやらだ。カルデアの者らでないようだからア―チャーかアヴェンジャー。うん、これはアーチャーだね。――――わかっているとも。アヴェンジャーとバーサーカーはまだ殺すな、だろう 。では本末転倒かもしれないがカルデアのマスターに注力させてもらうとするよ」
独り言のような男の言葉が途切れ、視線を向けた先の濤羅はすでに起き上がって身支度を終えていた。
「さあ動作テストといこう。いい加減、私もお役御免となりたいのでね、君には頑張ってもらうよ濤羅君。ああ、もちろん私も幻術でサポートさせてもらうから安心してくれ」
そう言った包帯姿の男が身を翻す。するとその姿は怪人染みたものから白髪の壮年の偉丈夫と変わる。洋装に赤いネクタイを締め黒いコートを羽織った姿は瀟洒な出で立ちだが、所々の桔梗紋の意匠が目を引く。
「さて、この木偶の仕上がり具合は如何ほどか。できればアーチャーの有利な場所で確認したい所だが」
神経質そうに眉間に皺を寄せたその相貌、とある聖杯戦争にて奄美少将、または南光坊天海を名乗りしサーヴァント、明智光秀の姿がそこにあった。
***
一晩を明かした隠れ家の目覚めは悪いものではなかった。体を起こした立香の目に入ったのは、傍らで目を閉じた侍の姿。立香の起床の気配を感じ取ったのか伊織の瞼も開く。
「おはようマスター」
その挨拶に彼女もおはようと返し、次いで辺りを見回して昨夜の面子がいないことに気づく。
「二人はすでに外へ出た。バーサーカーは情報収集、ランサーは狩りに。あいにく書文殿はあれから戻ってきていない」
「そっか。それじゃあ私たちはどうしよっか?」
「まずはカルデアと通信ができるような場所を探すのが先決ではないだろうか?足元を固めてから情報収集を行って、可能なら土地勘のあるバーサーカーと共にするのが上策では」
兎にも角にもホームであるカルデアのバックアップが有るのと無いのでは、心強さの度合いがずいぶん違ってくる。
伊織の提案に乗っかる形で方針を決め、自分たちも外に行こうと思って気づく。今いる場所はランサーたちの隠れ家なのだが、その留守中の魔術的な防御をどうすればよいのかと。生憎マスターとしては歴戦といえる立香だが、こと魔術師としてはそれらの細工は不得手だった。
「それについてはランサーがルーンにて細工しているそうで、特に気にしなくていいと言付かっている」
その懸念も既に解決した問題だったらしく、さすが味方のクーフーリンは頼りになると思う立香だった。
外は昼間のようだが、空は厚い黒雲に覆われ今にも雨が降り出しそうな空模様だ。辺りは昨夜の闇では気づかなかったが雑多で、細い路地の中の目立たない場所に隠れ家はあった。今にも壊れてしまいそうな木製の扉は、気を付けて見なければ見落としてしまいそうになるほど。ランサーのルーン魔術の影響だろうか。
「ねえセイバー。昨日のランサーと戦った影響は大丈夫?」
「問題はない。互いに急所を避けてのものだったので紙一重といえそこまで危なくはなかったさ。まあ最後は互いに興が乗ってしまったが」
「こっちは心臓止まるかと思ったよ……」
げんなりした立香にセイバーが笑って答える。
「大袈裟な、と言えなくもないのは理解できる。俺とてマスターの立場なら同じように苦言を呈しただろう」
「あとバーサーカーとも後でやるんだっけ?今度はもっとソフトにやってよ?お願いだからさあ」
「ああ、善処するとも。しかし本気の手合わせというのは何度やってもいいものだ。相手が猛者ならなおのことに、な」
久しぶりの大英雄との真剣勝負には心が躍ったようで、敵地にあれど伊織の機嫌が上向いているのがわかる。
彼がこうなるとは珍しい。立香の知るセイバー、宮本伊織とはどちらか言えば静の側で他人に巻きこまれるような性格に思えていた。無論、英霊であるために戦闘については文句のつけようもないが、その戦い方は堅実に敵を倒していく定石のもの。昨日は些か遊びというか、危なっかしい戦い方に思えた。あのような姿はカルデアの戦闘シミュレーターでも見たことがない。
「マスター。相談事なのだがこの服、当世においては浮いていないだろうか?情報集めもしていくなら衣服を用立てる必要があると思うのだが」
伊織からの言葉に立香は得心する。確かに彼の言うのは最もであり、ランサーですら昨日の呑みの場では私服らしい姿に変わっていたことを思い出す。なぜかバーサーカーは自分の姿を気にした風でもなかったが、李書文はそこまで違和感はなかった。
立香は自分の格好である極地用礼装を見やる。ここまで街の人の姿恰好を見るにそこまで違和感は抱かれないと思えた。しかし伊織の小袖に袴は言い訳のしようもない。
「そうだねー。なら霊地探ししながら服探しもしよっか」
「しかしマスター。先立つものが」
「うーん……ならず者をしばいて軍資金集めできないかな?」
「それは、一般的に恐喝というんじゃないのか……?」
そんな物騒な会話をしているうちに、立香の頭から先ほどまでの由なし事は消えていっていた。