Fate/GrandOrder×鬼哭街 劍鬼再哭魔都 上海 作:スペシャルティアイス
この上海はどうにも治安はいまいちのようだった。日中と言えどチンピラのようなサイボーグに因縁をつけられることしばしば、そのたびに伊織によって追い払われていく。
「服、なんとかなってよかったね」
「やっていることは奪衣婆の所業だがな」
にこやかな立香とは対照的なのは当世風な格好となった伊織だ。
黒のYシャツと細身のボトムスに灰色の唐装ジャケットを羽織った格好は、この上海では溶け込んだ格好といってよかった。また頭髪も髷を解き、無造作ヘアーという奴である。情報収集は捗らずだったが目的の一つが達せられたので良しとしよう、そんな立香の心中であった。
高層ビルの隙間の路地は雑然としており暗く、日中であれど曇天の下ではまるで夜が控えているようだった。暗く、道路の窪みには黒みがかった水たまりが見え、若干の薬品の臭みまである。生活臭でないその臭気に違和感があるが、やはり尋常な環境でないことはここまでの散策で理解できていた。未来の似姿の一つがこのようなものであることに立香は複雑な気持ちを抱く。
そんな彼女の下腹部からくぅと、音が鳴る。
「昼餉をとったほうがいいかマスター?」
「そ、そうだね」
顔をうっすら染めて恥ずかしがる立香に微笑みかけながら、伊織は先導して大通りへと抜けた。
人通りが多い場所は流石に明るく、人工灯の明かりは人心地を抱かせる。そんなマスターとサーヴァントの二人組は目に入った食事処に入った。独特な香辛料と日本人には馴染み薄い油の香りを感じつつ中は混雑、とまでいかなくても繁盛していることが伺える食堂だった。少しお高い中華食堂、そんな印象を立香は受ける。
案内された座席は隣の客が見えないよう簡易的な間仕切りが設けられていた。
「さあて何頼もうかセイバー」
「マスターはメニューの文字を読めるのか?」
「礼装って便利だよねぇ」
簡体字をまるで母国の文字のように理解できることに、立香はカルデアの開発者に感謝を捧げる。
注文、配膳されたのは麺料理と米飯の丼もの、そして副菜である餃子と野菜の炒め物だった。
それぞれが箸をつけ舌つづみを打ちながら、これからのことを話す。
「ここまでの成果は服と軍資金、サーヴァントや例の剣士の情報はなしだったな。これからどうするマスター?」
「ちょっと整理しようよ。まず正体がはっきりしていないのがキャスター、アーチャーだよね」
「ランサーとバーサーカーの話を信じれば、だがな。それにこの状況が尋常の聖杯戦争である保証もない。七騎以外が出現していてもおかしくないのでは」
伊織の言葉に立香にとってもっともだ。これまでの特異点でも重複したクラスのサーヴァントに襲われることが多く、むしろそんな戦場ばかりだった気がする。
少ない情報ではこの通りだが、果たして異邦人である自分らはこれから成果が得られるのだろうか?
顎に手を当てそんなことを考える立香の耳に呼びかける声が。
「失礼。こちら相席いいかな?」
「あっ、はい。どうぞ」
「ありがとうミス」
あまりに穏やかで自然な声音に条件反射で立香は答える。顔を上げて見えたのは白髪をオールバックにした青年。穏やかな笑みを浮かべ、さきほどの呼びかけは見た目よりも低い声色だった。
合わせ目と裾に赤い模様の入った黒いロングコートを脱ぎ、深紅のスーツという一見派手な彩色がまるで周囲に調和しているかのように違和感がない。
彼女のマスターとしての感覚が、目の前の人物がただの人間でないことを訴える。サーヴァントだ。
しかしそれ以上にその雰囲気が、仲間である一人とだぶらせる。
「エミヤ……?」
「すまないが、私たちは初対面だよ。そして君、食事の場でそのような気配を出さないでくれたまえ」
立香が同行者である伊織に目を向ければ目を鋭くさせた姿。その頬には汗が一筋流れる。まるで幽霊でも見たかのようなそれは仇を見るかのようでもあった。
(……すまないマスター。俺としたことが不覚をとった)
(セイバー)
(まるで、まるで危機感を感じない……それが、たまらなく気持ちが悪い)
戦士たるもの、時代を問わずに特有の雰囲気というものがある。それはこれまでの戦いによって培われた危機感、殺気や雰囲気など言い方は違えど指す意味は同じもの。
伊織は目の前の男が腰を落ち着けた今でも、まるで危機感を抱けずにいた。その人物がサーヴァントであると認識できていても、剣士としての勘が周囲の一般人としか感じ取れていない。その齟齬があまりに気色悪かった。
「お察しの通り私はサーヴァント、今はアヴェンジャーとしてここに在る」
「なっ」
声を漏らす立香と剣気を膨らます伊織。いきなりクラスまで明かすその意図がまるで読めない。その二人の姿に男が肘をついて変わらぬ微笑で口を開く。
「誤解しないでくれ。この場でどうこうしようなんて気はないとも」
「なにか、交渉がしたい……んですか?」
「そうではないんだが少しお喋りがしたくてね。そのために私のクラスを明かしたんだ。真名は流石に許してくれ」
アヴェンジャーが注文したらしい赤ワインが到着し、彼は優雅にそれを一口ふくんで笑みを浮かべた。
「こうしたまともな場所への召喚は初めてかもしれないな。それに味覚センサー越しでないワインがこんなにも美味いとは。ああ、無理を言って相席にしたんだ。ここの払いは私が持つよ」
それから当たり障りのない会話だった。しかしこの近未来の上海に詳しい彼の言葉は、ある可能性を立香に思い至らせる。
「上海は初めてかな?君のような育ちのよさそうな女性は、もっといい店に入った方がいいと思うよ」
「貴方は、この上海の」
「生前の本拠地だよ。気が遠くなるくらい昔々のことに思えるがね。うろ覚えだった風景だが、此度の召喚で何もかも懐かしく感じる」
くつくつ愉快そうに笑うその笑みは気のいい青年にしか思えず、今更になって立香も目の前の人物に気色悪さを覚えた。
「貴方の目的を聞いても?」
切り込んだ立香のその言葉にアヴェンジャーの笑みが消えた。いや、それどころか雰囲気が一変している。それは虚、空っぽの伽藍洞。まるで底の見えない大穴だ。その豹変に彼女は瞳を広げ、伊織は一層の警戒を構える。
復讐者が口を開く。その声音はどこか死人を思わせた。
「濤羅は、どこだ」
「濤羅……バーサーカーのこと?」
熱さも冷たさもない、乾いた無表情の彼の顔色は変わらない。
その姿を前に、すぐにも斬りかかれるよう身構える伊織を抑えながら立香は言葉を選ぶ。
「教えたら、どうするんです?」
「一言二言、言葉を交わしたいのさ」
虚無的な雰囲気が霧消する。弄うような笑みを蘇らせたアヴェンジャーが朗らかに答えた。あまりにわかりやすい、あえて嘘と看破させんとする滑稽を演じる姿だ。
「……あなたは、バーサーカーとどういう関係なんですか?」
「ふふ。それに答えれば教えてくれるのかな」
その言葉にすぐに是と答えられない。間違いなく彼は隔意を抱いている。バーサーカーの場所に案内すればどうなるか。
その逡巡の答えを待つまでもなくアヴェンジャーがワインの最後の一含みを嚥下する。堪能したようでグラスを置いてから席を立った。
「まあ答えてくれないだろうな。これ以上は無用か。それでは私はお暇するよ。それと」
そうして振り返らず背中越しに、初めて彼の感情の色がわかる声がした。
「――――濤羅の傍に、ガイノイドはいないかな?青髪か黒髪の、美しい少女の」
「ガイノイド?少女?いえ、そんな子なんて見てない――」
言いかけた立香の前には、誰もいなかった。まるで令呪を使ったかのような突然の消失だった。
***
昼間の邂逅から三刻は経っただろうか。空は薄闇に、上海の人通りは昼間より増したようで賑々しい。むしろ白日に晒されざる粘着質な陰はこれからが盛りと這い出るのかもしれない。
あの後、伊織からの謝罪を受けてから主従は情報収集に努めるものの、その結果は芳しくなかった。
「街並みや拠点回りの大体の地理は掴んだし、今日はこれまでにしようか」
「そうだな。拠点にてランサーらが新しい情報を掴んでいるやもしれない。それに昼間のことの情報共有も」
人通りのない街路を歩きつつ、伊織の言葉に頷きながら立香は考える。
アヴェンジャーの接触、そして彼のバーサーカーへの伺い知れぬ気持ち。しかしあの雰囲気は何としたことだろうか。
(ただの知り合いって感じじゃない。恨みによるもの?でもあの不気味な感じは何なんだろう)
怒りの衝動も悲しみの怨嗟もアヴェンジャーは面には出さなかった、というよりもそういったものは塵になってしまったような印象か。いったいどんな生前を送ればあのような雰囲気を出すのか。
(それに、なんで私とバーサーカーに面識があるのを知っていた?監視、内通……もしかしてカマかけられたのかも)
アヴェンジャーとの会話で自らの失態の可能性に立香は顔を顰める。そして彼の正体に考えを及ばせる。
「上海に縁のある英雄……っていうかこの上海ってことは未来の英雄?」
「アヴェンジャーの真名か」
傍らの伊織の問いに立香は頷く。
「ここに覚えのある口ぶりだしそれかなって。それに何というか、エミヤみたいな感じがして」
「エミヤ……まさかアーチャーのエミヤ殿か?それは、あまりに雰囲気が違わないか?」
「雰囲気は、まあ全然違うけど。皮肉気な物言いとか、あと白髪だし?」
話題の端に昇った赤い弓兵だが彼は立香の時代と同じ時間の生まれだが、未来の死後に英霊となった存在。ならばこの街に覚えがあり、この時代の濤羅に執着するならばアヴェンジャーも未来の英霊なのでは、そんな推理だった。
「まずはバーサーカーに聞いたほうが早そうかなー。それから」
「マスター」
伊織が前に出て立香の歩を止めた。その庇うような仕草、向かう先を静かに見据えた眼差しは警戒だ。
「この先で、何者かが戦っている。如何にする?」
その問いは撤退か進撃か。立香の答えは決まっている。見つけた手掛かりをフイにしたくないし、自分には心強いセイバーがいる。
その返答を聞き伊織は、昼間の汚名を返上せんとするかのように立香と共に現場に足を速めた。
果たしてそれはスラムらしいごみごみとした隘路での決闘だった。
片方は赤い外套と黒の軍服に身を包んだ女。金色の木瓜前立ての軍帽を頭に乗せ、火縄銃を入れ替え立ち換え応戦するもその旗色は悪いように見える。
「ええい!いい加減にしつこいぞジジイめ!!」
「金細工の
片や錨を振り回して銃撃を弾き、しかし追い打つ様相の男。立香はこの両者に見覚えがあった。
(あれは、コロンブス!?)
(ランサーの言っていた通りか。そして相手は信長殿、アーチャーかっ)
両名ともに立香には見覚えがある、カルデアにて戦いを共にしてきたサーヴァントだ。もしやカルデアからの救援かとも思ったが、
(パスが繋がってる感じはしない)
ならばあの両名はこの地にて召喚に応じたサーヴァントなのだろう。
(……マスター、いずれかと剣を交わす?)
バーサーカーとランサーと対決したらしいライダーと共に戦うは、かのアーチャーを打倒することになるのだろう。逆に追い詰められつつあるアーチャーを助けるならライダーの討滅に繋がる。
この選択はマスターである立香が下すべきものに他ならなかった。
ライダーに助太刀する
アーチャーを救援する
両雄切って捨てる
ゲームなら↑のような選択肢がでますかね。
起承転結の結は完成しましたが承転が定まらず、いっそ読者の方々に上の選択肢みたいに決めてもらいたいなって思い始めてます。