第1話 初任務
「逃がすか!」
レイはシールドと共に、逃げゆくゾイドを追いかけ、深い森を掻い潜っていた。
━━逃げられると思うなよ
彼には自信があった。シールドと心を通わせ、性能以上の力を発揮できるレオマスターとなった今、誰であろうと捕まえる事が出来ると。だが、その性能をフルに活用出来ない煩わしさも感じていた。
「くそ! ウルフ隊、目標を見逃すな」
追撃目標は、次から次へと岩を音もなく飛び移る。それはシールド同様に約40年前に開発された、ヘルキャットだった。山岳地帯を得意とするその小型のヒョウ型ゾイドは、凸凹した地面を滑らかに走り、シールドの巨体に制限をかけるように森を縫うように蛇行する。
「もー! 早く捕まって下さーい!」
そういうのは情報部のサヤカ・クーイン少尉だ。彼女は僚機のコマンドウルフに搭乗し、ヘルキャットを追っているものの、翻弄され、苦戦を強いられていた。
「さすがは泥棒猫……ってか?」
ヘルキャットが蛇行し、一瞬大きな木の影によって姿が見えなくなった。すぐに軌道を予測し追いかけるレイ。だがそこにはヘルキャットの姿がなかった。
「なに!? 見失った?」
追撃をやめ、一瞬躊躇うレイ。目を細く周囲をよく観察した。
「またレーダーからも消えました!」
サヤカが言うようにレーダーには感知なし。恐らくステルス技術だろう。森にはゾイドが動いていると思えないような静けさに包まれている。
「ウルフ隊停止。周囲を警戒。またあの新技術だ……」
それはガイロス帝国の新技術である、光学迷彩だった。光学迷彩は周囲の景色を装甲に反映し、周りに映し出し、敵の目を騙す装置だ。そしてヘルキャットは更なる隠密性を備えるため、脚部には冷却装置と消音効果が施されている。
「グレック少尉! あの岩の横にある風景を見てください!」
サヤカが示した先を見ると、ヘルキャットが消えた軌道上に、僅かだが空間が少し歪んで動くものが見える。その足元は落ち葉が舞い、自然現象としては異質なものだった。
━━見つけた!
「でかしたクーイン少尉。ウルフ隊、目標は北東を直進している。両脇から回り込んでヤツの周囲を固めろ!」
姿を何とか捕らえるも、ヘルキャットは岩や木を利用し、上下左右と翻弄されるレイ。
「次はそっちか!……」
なかなか思うように捕らえられないレイは、少しずつ苛立ちを覚える。そんな彼を煽るように、光学迷彩を使用したヘルキャットは大きくジャンプし、崖沿いの街道に出た。
━━しめた!
姿を捕らえられ、逃げ道の少なくなったヘルキャットの軌道を読むことは容易い。
「貰った!」
レイはヘルキャットの動きを先読みし、背中のビームを放った。
━━命中!
すると、隠密性の為に軽量化を図った薄い装甲に当たったヘルキャットは、吹き飛ばされた。
「ウルフ隊、包囲しろ!」
ヘルキャットが逃げないよう、周りを囲むコマンド達。壊れた光学迷彩の装甲からは、あちこちから火花が飛び散る。そしてその場で倒れ込み、動かなくなった。
「回収班、こちらグレック少尉。魚を咥えた泥棒猫を確保した。至急檻を頼む。」
ようやく捕まえたヘルキャットを見て、彼はようやくの安堵の表情で、少し溜め息をついた。
━━
ZAC2098年4月。レオマスターの称号を得た者たちは、それぞれの指定された部隊へと配属された。レイは最前線で戦う高速戦闘部隊へと配属。そして今回は、軍の盗まれた機密情報を取り戻す為、初任務の出撃命令が出されていた。
━━西方大陸ヘリックシティ共和国軍前哨基地 取調室。
薄暗い蛍光灯の下、ヘルキャットの女パイロットは手錠に縛られ、椅子に座らされていた。
「私は陸軍情報部のサヤカ・クーイン少尉。……あなたの名前は?」
サヤカが椅子に腰掛け、書類を整えながら言葉を発する。その様子を、ミラーガラス越しにレイが静かに見守る。
「……」
女は静かに目をつむり、沈黙を続ける。
「……設計図は誰に渡す予定だったの?」
「……」
「あなたはガイロスのスパイ。そうでしょ? 正直に話してくれたら、今回の件の罪を軽くする事も出来るわ」
「ふ……罪か……お前達こそ罪人ではないのか?」
女パイロットが、嘲笑するかのように、ようやく口を開く。
「罪? あなたが言う、私達の罪とは何のこと?」
唐突な一言に戸惑うサヤカ。そんな彼女を嘲るように、女が話を続ける。
「……私がいま話してお前達が理解出来るのであれば、既に解決してる。つまり、話したところでお前達には理解も出来ないし、知ったとしても行動を起こすことはないだろうな」
女はサヤカを上から見下ろすかのように言い捨てた。サヤカはその言葉を聞き、少し気に触ったようで、強めの言葉を返す。
「いったい何の話かしら。いま分かっているのは、あなたが情報を盗み、捕らえられているという事。そしてあなたは質問に応える義務があるわ」
「お前達の義務はなんだ」
鋭い視線でサヤカを見つめて問う。
「私達は平和と秩序を守る事よ。その為にあなたのような泥棒とこうして話をしているの」
サヤカもその信念を目と強い言葉で訴えた。
「それは私も同じだ。だが……決定的に違う事がある」
「それは?」
「……覚悟だ」
「覚悟なら私達も持ち合わせているわ」
サヤカは当然だと言わんばかりの表情で答えた。
「ふ……話にならんな」
女は冷笑し、窓の外を見た。サヤカは女のテンポに乗ってはいけないと一呼吸置き、冷静を取り戻す。そして質問に戻る。
「せめて君の名前だけでも教えて頂戴。名前を呼ばせて」
「クローディア……」
唐突な名乗りに困惑するサヤカ。
「え?……」
「私の名前だ」
クローディアと名乗る彼女は、まだ外を眺めている。
「ありがとうクローディア。話を続けるけど、あのヘルキャットはいったい何? 姿が消えるなんて。それは私達が知るヘルキャットでは無いわ。あの技術……間違いなくガイロス帝国軍のものなのでしょ?」
ヘルキャットは約40年前にゼネバス帝国によって開発された最初の高速戦闘ゾイドだ。だがしかし、当時は光学迷彩は施されていない。何者かが高度な技術で近代化改修した証拠である。サヤカはそれを証拠として突きつけたのだ。
「お前達がそう思うならそれでいい。お前達の好きに解釈をしろ。だが私はこれ以上の事は何も話すことはない」
そしてそれ以降、クローディアは取調室から見える東の空を眺め、口を開く事は無かった。
━━ヘリックシティのとあるカフェ。
「やはりガイロスだと思うか?」
レイはレモネードを飲みながらサヤカに質問した。
「はい、あのヘルキャット。どう見ても一般人が手にできる代物ではありません。あ、店員さんすみません! お塩が切れてるので持ってきてくれませんか?」
サヤカは笑顔で塩を入れたコーヒーをスプーンでかき混ぜる。レイはその様子を見ながら少し苦い顔をしながら話を続ける。
「それなんだ……。そんな技術を持ったガイロスが、何故わざわざ俺達の遅れた技術資料を欲しがるんだ?」
ガイロス帝国の技術はおよそ、共和国の5年先は進んでいると言われている。光学迷彩の技術も、共和国は一度も成功したことが無い。レイはそこに違和感を感じていた。
「敵を知る事。という事は、悪い事ではございませんので」
戦とは情報が全てだ。それにはレイも納得した。
「ああ。あの機体と盗んだ情報。これだけの状況であれば、ガイロスと繫がりがある事は間違いないだろう。より調べる必要があるな」
「そうですね。あ……あと、これが彼女の所持品です」
サヤカは右手で注文した塩をたっぷりとコーヒーカップに入れ、左手で所持品の入った透明の袋を突き出した。
「これだけか?」
彼女の所持品は、質素なものだった。勿論身分を証明するものもない。その中に1つの見たことのない形状のコインがあった。
「コイン?」
「ええ。何処か集落のお金とかでしょうか。あちちちち……」
サヤカは熱いコーヒーを冷ますようにフーフーと息を吹きかけている。レイはその様子を見て苦笑いすると、金に輝くコインを手に取った。よく見ると、コインには《 HB 》と刻印されていた。
「まさか……このマークは!……」
レイはその印に見るやいなや、気が動転し、思わずコインを落とした。
「どうか……されましたか?」
手が震えるレイ。そんな動じる彼を不思議に見つめるサヤカ。レイには見覚えがあった。いや、それは彼にとって、忘れたくても忘れることの出来ない印であったのだ。
〜続く〜
さて幼少期編と謳いながらも、初任務に赴くレイ達。そして女パイロットの謎やコインの秘密など、様々な展開を用意してますので、お楽しみ下さい!