「ここだー!」
身の丈に合わない木剣を振り上げ、10歳の少年が声を張り上げる。辺りは広大なアルプスが里を囲い、太陽が山陰から顔を出す。朝の光が雪解け水に反射してキラキラと輝き、まだ寒さを残す風が里に流れた。
「おりゃー!」
白い息を出しながら、少年は何度も木剣を振る。鳥たちは彼の声に起こされ、里全体が徐々に朝を迎える。すると、少年の鼻腔をくすぐる香ばしい香りが、家から漂ってきた。
「あ、ご飯だ!」
額の汗を急いで拭い、木剣を家の外壁に立て掛ける。木製の扉を慌てて開け家へと入ると、テーブルに朝食が整然と並んでいる。木製の皿には目玉焼き、ベーコン、固いパンが、陶器のコップには温かいミルクが湯気を立てる
「いただきまーす!」
朝食の香りが漂う中、少年は右手にフォーク、左手には千切ったパンを握り、無我夢中で口に運んだ。
「レイ。そんなに急いで食べていたら、お腹を壊すぞ」
父ドナーが暖炉の火を起こし、レイの慌ただしい姿を見るなり、にこやかな笑みを浮かべている。
「大丈夫だよ父さん。兵士は男気のある食べ方をしてこそさ」
レイはゴクリと口に残った食べ物を、ミルクで流し込む。窓からは朝日が差し込む。窓際の棚には、ネズミのローレンが、カタカタと音を立てながら、忙しなく回し車を回している。
「あまりに落ち着きがないと、そこで走ってるローレンと一緒だぞ」
ドナーが椅子に大きな体をどっしりと腰掛けると、窓際で回し車を夢中で回すローレンに目をやった。
「ローレンは友達だ。悪く言うやつは父さんだって許さないぞ」
レイはドナーの言葉に少し不貞腐れた。
「はは、ごめんごめん。だけどレイ。今日は父さんの畑仕事の手伝いも忘れるんじゃないぞ」
コーヒーをたっぷりと入れたマグカップを片手に、落ち着いた様子でレイを赤い目で穏やかに見つめる。そしてドナーの金色の髪と髭が、父としての威光を放っていた。
「今日は何の作業だっけ」
「今日は土づくりだな。そろそろ植える準備をしないといけないからな。あとは苺の選定と収穫かな。そろそろ食べごろだったと思うな」
ここ《ラークの里》は中央大陸の東西を分ける山脈を挟まれ、里の中央には透き通った小川が流れていた。里はその小川を中心に栄え、山脈の麓で採れた小麦、酪農により、自給自足で暮らしていた。そしてグレック家では、農作物や鶏を育て、物々交換により生活をしていた。
「うーん……」
空返事をするレイ。平穏な生活は、活気のあるレイにとっては退屈そのものだった。
「……そういえば、おばあちゃん。帰ってくるのまだかなー」
祖母を待ち切れないレイは、足をバタバタとさせ、落ち着かない様子でご飯を食べる。レイは祖母がヘリック共和国軍に所属していることを知ると、剣術を習っていたのだ。彼にとってそれは、平穏で退屈な日常を晴らすものだった。
「おばあちゃんはお昼頃には戻って来るって言ってたでしょ?」
母親のララがエプロンを外し、レイに心地よい声で諭すように言う。祖母は現在、首都ヘリックシティへと赴いており、今日帰ってくる予定だったのだ。
「わかってるよ。早く帰って来ないかなーって。いっぱい練習したんだ。次こそは勝ってみせるんだ!」
レイは二の腕を曲げ力こぶを見せると、皆に力を誇示した。
「ははは。お前がおばあちゃんに勝つには10年は難しいんじゃないか?」
少し表情を曇らせるレイ。
「父さんが練習に付き合ってくれたら早く済むのに」
少し渋い顔をするレイ。温厚なドナーは騎士であった母親とは一変。戦いを好まず、農作物を育てていた。そしてこの冬が越えることが出来たのも、彼が様々な食料を作ってくれてたお陰であった。
「いつも言ってるじゃないか。父さんは苦手なんだよ、そういう戦いみたいことが。だけどいつも、そのあまり余った体力で畑仕事を手伝ってくれるのは助かってるよ」
「うーー。ま、畑仕事も修行のうちって、おばあちゃんも言ってたからな」
レイはローレンに余ったパン屑をあげながら、祖母からの言葉を思い出す。しかし、彼の心には退屈な農耕作業より剣術の練習を早くやりたい気持ちが沸いていた。
「そういえばレイ。今日は朝から皆と遊ぶ約束してなかったかしら?」
ララが長い黒髪を左耳にかけ、ナイフとフォークを丁寧に使いながらレイに尋ねた。
「あ、そうだった。今日は皆とラーク騎士団を見に行くんだった。ごめん父さん。やっぱり朝は畑仕事手伝えないや! と言うことで、行ってきまーす! じゃあな、ローレン」
「あ、こら……」
ドナーの静止を無視し、ローレンに挨拶した。乱暴にドアを開けて出ていってしまった。
「騎士団だけならいいのだがな」
ドナーは活発で正義感の強いレイの性格に、少しばかり不安を抱えていた。
「あの子を止めることは出来なさそうですね」
ララは笑顔でレイを肯定した。2人が窓の外を見ると、レイが冷たい井戸の水で顔を洗っている。濡れた顔を服の袖で拭うと、外柵を飛び越えて颯爽と走って行った。肩に木剣を携え走り去るその活発な姿を、2人はにこやかに見送った。
〜続く〜
突如として始まった過去編ですが、如何だったでしょうか。
これからはレイが暮らした穏やかな風景や惑星Ziのアルプスの麓ではこんな感じの生活になるんだろうなと、リアルなゾイドでの生活を想像して頂ければと思います。