寒さの残る日が差して間もない朝に、寒さも吹き飛ぶような熱気で、3人の年頃同じの少年が、柵越しに騎士団を眺めていた。
「やっぱりかっこいいなぁ!」
レイは友人のジャックとイーサンの2人を引き連れ、ラーク騎士団の訓練場を訪れていた。騎士団は格闘戦の訓練や、防護用の塀を構築をしており、その様子を3人は目を輝かせて見つめていた。
「俺も早く大人になって、ラーク騎士団のゴドスに乗りたいなあ」
レイは柵にしがみつき、瞬きを忘れたように鋭い赤い目でゴドスを追う。里を守るラーク騎士団は約20人程。彼らのゾイドは、主に小型ゾイドのゴドス、ガイサック、スネークス、カノントータス、そして超小型ゾイドのアタックゾイドで構成されていた。小型ゾイドが多いのは、山に囲まれたこのラークの里において、大型ゾイドが侵入することは困難だったからだ。
「イーサンは将来何になるんだ?」
レイはきっと、一緒に騎士団になると回答が返って来ると期待し、背の低いイーサンを見下ろして話しかける。
「僕は冒険家になりたいな。いろんなゾイドを調べたり、いろんな地域に回って旅をするんだ。そして旅したことをまとめ、ゾイドの図鑑を作ったりね」
イーサンは好奇心の旺盛な少年だった。レイ同様にゾイドが好きだが、彼のように戦闘をするタイプでは無かった。
「冒険家? 確かに面白そうだな! じゃあ俺はこの退屈な街から出て、共和国軍に入る。ってのも良さそうだぜ」
そう意気揚々と答えるのは、茶髪の少年のジャックだ。彼はレイ同様に、平穏なラークの里を離れたがっていた。
「うん。だけど、俺達はここからは出てはいけない。そういう掟でしょ?」
レイが親や周りが言う掟に嫌気がさしているように言う。
「外には危険が沢山あるってのも分かるけどよ、やっぱ俺達には物足りないよな。イーサンだって旅人になりたいっていうくらいだからな」
ジャックが両腕を頭に抱え、訓練場の檻に背中を預けて里全体を見渡す。その里を見つめる目は、レイ同様、少し退屈そうに見えた。
「冒険家だよ。冒険家」
イーサンが不貞腐れた表情で眉をひそめる。
「どっちでも一緒じゃねぇか、気にすんな」
3人は暫く騎士団の様子を眺め終わると、訓練場近くの木陰に向かった。
「よし、今日のパトロールのルートはこうだ。ここ、自警団の木を出発して大通を通って街に入る。そして中央広場を通って橋を通るぞ」
レイは指揮官のように2人に指示をした。彼らは自らを自警団と称し、気が向いた時に里をパトロールしていた。
「ねえ。なんにもない里をパトロールして何か意味あるの?」
イーサンは冷静な表情で皆に尋ねた。
「何いってんだ。平和であるのは、俺達が平和をこうして守っているからなんだよ。《ちじょつの維持?》ってやつだ」
「ちつじょ(秩序)だよ」
イーサンが呆れた表情で答える。
「わかればなんでもいいのよ」
「相変わらず適当な奴だなあ」
レイが2人のやりとりを見てクスクスと笑う。
里では訓練場と同じく、大人達が各々の仕事をしていた。畑には小型の野生ゾイドにまたがり、畑を耕したりしている。鍛冶屋では、料理包丁等の刃物や、小型ゾイドに取り付ける鞍、ゾイドの治療用の鉄を打っていた。ジャックがその鍛冶屋から出る煙を見ながら話を切り出した。
「そういや、妙な話を聞いたぜ」
「妙な話って?」
レイはこの平穏で何も無い日常に、変化が訪れる前触れとして目を輝かせながら聞いた。
「2つ隣のリーディアって小さな町あるだろ? あそこがどうやら山賊に襲われて、全部無くなっちまったらしいぜ」
リーディアとは、セシリア市に近い山脈の麓にある里であった。
「リーディアって、山を2つ越えたところだよな。そんな事、何でジャックが知ってるんだ?」
「この前、商人のモルガのおっさんが来ていたろ? おっさんが言うには、2週間前にリーディアに行ったら、全部焼け焦げていて、1人もいなかったってよ。それに、あちこちが死体の山だって言ってたぜ」
このラークの里では日当たりと風通しの良さからレモンが豊かに育ち、特産品として中央大陸の商人からも人気のあるものだった。それを求める商品達が、度々小型ゾイドに乗って各地の特産や本等を売買しに来ていた。
「あ、それ僕もお姉ちゃんから聞いたよ。近所の人達が噂してたって」
噂が広がるには、この小さな里ではあっという間だった。特に代わり映えのしない里ではそういった話を皆好んでいた。だがレイの家は里の中心から少し離れていた事もあり、噂には疎かった。
「そんなの、きっと嘘っぱちだ。ほら、町の人達がここラークの里から出ない様に脅してるんだよ」
レイは噂に興味を持ちつつも、内容に対してはあまり信じていい様子だった。童話が子供が悪さをしないための作り話であると同様に、彼はそういった話も同じように考えていた。
「山賊か何かかなあ」
好奇心の旺盛なイーサンは、口に手を当て思考を巡らす。
「だとしても大丈夫だ。この里にはラーク騎士団がいる。それにいざとなれば、守り神のゴジュラスが、きっと守ってくれるさ!」
ここラークの里にはゴジュラスが高台から見守っていた。それはかつて、ゴジュラスに乗ることが出来た戦士が、この里に持ち込んだという言い伝えがあった。
「だけどよ。今この里にゴジュラスを動かせる人間て誰がいるんだ?」
ゴジュラスを乗りこなせるのは限られたパイロットだけだ。共和国民なら、それは皆が知っている事だった。ジャックには思い当たる節がなかった。
「騎士団の誰かなら乗れるんじゃないか?」
「みんな乗れないっていってたよ」
「じゃあそのうち、俺達の誰かが動かすしかないな。ま、それは恐らく俺だろうがな」
ジャックは意気揚々と鼻を高くして言った。そんな話をしていると、里の広場に着いた。広場にある噴水の前では、情報の交換場所としてよく人が集まった。そして今日も人が集まり、中心では老人が声高らかに演説をしていた。
「ゼネバスの復活は近い! 必ずしや復興し、中央大陸を我らの手に戻すのだ!」
ゼネバス帝国はかつて、中央大陸を支配していた。元々中立だったこの地域も、ゼネバス領となった。しかし大戦に敗れたゼネバスは、領土の全てを共和国に奪われることとなる。そして領土各地にいたゼネバスの市民は、戦争を始めた戦犯として、世間からは強く批難されていた。それを避けるためにゼネバス人は、都心部から遠く離れた各地の田舎で暮らしていたのだった。
「またやってるよ、ロームの爺さん」
呆れた顔で老人を見るイーサン。
「もうゼネバスは滅亡したんだろ? 復活はあり得ないのにね」
噂に疎いレイでも、その事については知っていた。
「ゼネバス・ムーロア殿下! 私めは貴方様が中央大陸を解放し、我らゼネバスの民の生きる道を示して下さいました。狡猾なヘリック共を根絶やしにし、真紅の旗を靡かせる時を待っておりますぞ! いつしかその時が来れば私ローム、どんな敵に対しても、我が身が腐ち果てようとも、命ある限り、最期まで立ち向かう覚悟でございます。ここにいる我ら《ゲハルト》は、いつ何時でも蜂起する覚悟は持ち合わせております。さあ、皆のもの。ゼネバスへ下るのじゃ。今ならば慈悲を持って、配下に置こうぞ!」
老人ロームの周りには、ゼネバス出身者が真紅の蛇剣の旗を掲げ、熱心に応援していた。レイ達3人は秩序を保つ自警団だったものの、彼らに近づく事が如何に危険であるかは直感していた。
「誰がゼネバスなんかに入るかってよ」
ジャックは吐き捨てるように言う。3人は広場から橋につながる道を通ると、ジャックが急に背筋をピンと伸ばし、襟を正した。
「あ、あれはもしかして、アンリじゃない?」
イーサンが見る方向には、少し年上の金髪の少女が、鮮やかな赤いワンピースを靡かせ、タイルを弾むように歩いている。彼女は何冊かの本を抱きかかえ、広場へと向かっていた。
「おい、声を出すな。気付かれたらどうする。恥ずかしいだろ」
ジャックは美麗な彼女に、密かに想いを寄せていたのだ。
「だけど彼女の家、確かゼネバス一家だったでしょ? ついさっき、ゼネバスなんかに入るかって言ってたじゃないか」
ここラークの里では、ヘリック民とゼネバス民が結婚する事は珍しくはなかった。イーサンの母親もゼネバス民なのだ。だが彼女が結婚できたのは、活動をするほど過激な人ではなかった為だ。
「アンリちゃんは別だ。それに、アンリちゃんを説得して、ヘリック側に来てもらうさ。《平和の維持》ってやつだ」
ジャックはアンリとの結婚に、大きく夢を膨らませていた。
「なんだそりゃ」
そんな事を言いながら歩いていると、川を跨ぐ橋に差し掛かった。橋には3人の少年グループが屯(たむろ)していた。
「お? 自称自警団じゃねえか。何処行くんだ?」
ニヤついた顔でレイ達を挑発するのは、レイ達より少し年が上のクリフだ。彼はいつもレイ達の活動をからかっていた。そして彼の家は、里の土地を多く所有し、その土地でできた名産のレモンを多く輸出するシトロン家であり、彼はその一人息子なのだ。
「ああ。レモン坊やと肉団子の2人か」
レイもクリフの挑発に、表情ひとつ変えずに冷静に応えた。クリフの両脇にはいつも太った双子のボディガード、ブルーディー兄弟を従えていた。レイは2人が丸っこく、動きが遅い事からそうあだ名をつけていた。
「自称じゃねえよ。 俺達は町を守ってるんだ。お前達みたいなゴロツキをとっちめる為にな」
ジャックは既にやる気満々と言わんばかりの表情で拳を鳴らした。
「パトロール?」「お前ら如きがか?」
兄弟はケタケタを腹を抱えながら笑いこけ、クリフもニヤニヤと煽りつける。
「ならやってみろよ。もし殴ったりなんかしたら、父さんに言いつけてやるからな。おら」
クリフ達は度々親の威光を借りては、こうして里の子供達に嫌がらせをしていた。クリフは足元にあった拳程の石を拾い上げ、イーサンの体に投げつけた。
「いたい!」
石はイーサンのお腹に当たり、ドフッと音を立てると、身をかがめた。
「なにすんだてめえ!」
仲間思いのジャックは怒り心頭だった。だが、親からクリフの家系には逆らうなという言葉が頭をよぎり、まだ理性を保って手を出そうとはしなかった。
「おい! 次やったらたたっ斬るぞ」
レイは毅然とした態度でクリフを見つめ、背中の木剣を握った。彼はジャックのような冷静さはなく、一度切れると止まらないところがあった。レイの今にも飛び掛かりそうな様子をみたブルーディ兄弟の一人が前に出る。
「おい、クリフ様に歯向かおうってのか?」
「そこをどけ。俺達はここを通りたいだけだ」
ジャックは事を穏便に済ませようとするも、言葉には棘がある。
「ならお前達はここで、通行料を払ってもらうぜ」
ブルーディ兄弟は腕を組むと、その縦にも横にも大きな体で通せんぼした。
「通行料?……わかったよ。……通行料は、こいつだ!」
レイが木剣でブルーディ兄の肩をたたっ斬る。それを合図に、6人はもみくちゃに殴り合った。レイとジャックはブルーディ兄弟と、イーサンはクリフと殴り合った。
「うりゃー!」
イーサンは小柄でおとなしいが、石を投げられた事によっぽど腹を立てたのか、腕を大振りに振り回していた。
「おいおいおい」
クリフはその威圧感に圧倒され、何度もたじろぐ。レイは練習した成果を見せるように奮い立ち、ジャックはガタイの大きなブルーディへ飛びついた。クリフ達も懸命に殴り返すも、3人のあまりの勢いに圧倒されたのか、完全に押されていた。
「くそ、退却だ。今度会ったら覚えとけよ」
クリフはイーサンに殴られた左の頬を押さえ、何やらブツブツと呟きながらブルーディ兄弟を引っ張って走り去った。
「この何でもない里で、唯一奴らだけが腹が立つぜ」
ジャックが逃げていくクリフ達を目で追いながら睨みつけていた。
「本当にそうだよ。次会った時は、もっとぶっ飛ばしてやろう」
レイは練習して成果を出し切れた様子で晴れやかな表情だ。
「イーサンも、なかなかいい戦いだったぜ」
ジャックがイーサンに向けていうと、それを聞いたイーサンも、してやったなという顔で誇らしげに鼻をこすった。
「はは。気がついたら手をぶん回してたよ。僕達、外の世界に出たらもっと強くなるかな」
イーサンの誇らしげな表情に、肩を組んで喜んだ。ジャックは腫れた目の痛みなど、喜びで気にならなかった。
「ああ。きっとなれるさ」
「だったら明日、隣町のトロフまでこっそり行ってみようぜ。そしたら俺達、もっと胸を張れるようになると思うんだ」
「いいねそれ」
イーサンの冒険心を擽(くすぐ)った。
「面白そうだな。そうと分かれば、早速準備しなくちゃな」
彼らは自信に満ち溢れ、何が来ようとも何も恐れるものはない。そんな彼らの背中を後押しするように、温かい風が少年達を包んだ。
〜続く〜
アルプスの麓にあるラークの里。地理的に深掘りはしていないものの、しっかりとした設定では作っています。里の人達の生活感や、何故反映しているのか。楽しいだけの空間ではないリアルさや、レイの心にある今後の原動力になる原点を模索した結果、こうなりました。次の話では、ようやく祖母が登場します!