レイ達は翌日早朝に里を出ることに決めて解散した。レイは家へと真っ直ぐ向かい、家の近くの石垣で出来た坂に来ると、家の方角から話し声が聞こえる。
━━もしかして!
レイは聞き覚えのある声に、待ち切れない思いで一気に坂を駆け上がる。登りきった先で一度足を止め家を見ると、小型2足恐竜ゾイドのランドローバーがいる。
「おばあちゃん!」
レイは全速力で走り柵を飛び越えると、凛と佇む祖母ローザの脚に力いっぱい抱きついた。
「おかえりなさい!」
「ただいま、レイ」
ローザはレイの頭を撫でると腰をおろし、右腕で抱きかかえ立ち上がった。
「今日ね、クリフ達と戦ってさ。勝ったんだよ!」
レイは赤い目を輝かせ、興奮して話す。
「あら、喧嘩しちゃったの?」
ローザは赤い目で静かに応える。彼らの赤い目はかつての地底族の証だった。
「だってアイツら、偉そうに里の子供達に嫌がらせをするんだもん」
「え? シトロン家のご子息に怪我をさせたの?」
ララは荷卸しを手伝う手を突如止め、目を大きくしてレイを見ると、困惑した様子で尋ねる。
「自警団としてとっちめただけだよ。最後はみんな逃げていったよ」
誇らしげに語るレイに、ローザはゾイド人らしい血の気の多さを感じた。ただ、それがドナーにとってあまり喜ばしい事ではない事も、彼女は理解した。
「ララ大丈夫よ。明朝、私の方からお詫びを言っておくわ。それと、お父さんには内緒にしないとね」
ローザはレイを庇うものの、ララは少し怪訝な顔でレイを見つめる。
「そうだ、お土産を買ってきたわよ」
ローザはランドローバーに取り付けてあるサイドバックを開けると、掌サイズの木製のおもちゃをレイに手渡した。
「やったー! これゾイド? 凄くかっこいい!」
「これはシールドライガー。攻撃と防御、それにスピードを兼ね備えたゾイドよ。貴方にぴったりだと思ってね」
「ありがとう!」
すると、レイのお腹からグー……っとお腹が鳴るのが聞こえた。
「昼食にしましょうか。もう用意は済んでいますので」
「ええ、そうしましょう」
レイは急いで昼食を済ませると、先に稽古に取りかかった。ローザは食事と荷解きを済ませると、レイの稽古に付き合った。
「おりゃー」
「それでは相手にバレてしまうわ。私の動きをよく見て頂戴」
ローザは剣術を通して様々な事を教えた。攻めること。防御すること。それだけでなく、相手の力や動きを読み、その隙を突くカウンターのことを。そして騎士とは戦いに勝つだけではない。その力を持ちつつも、無闇に自ら手を出さない精神の強さが必要なのだ。ローザはその心を教えようとしていた。
「ここで相手が振りかぶって来た時に、右に入り身する。そうすると相手の左脇か背中を捉えることができるわ。やってご覧なさい。」
「こう?」
「いい動きね。じゃあ次は少し応用を……」
その後もローザによる稽古が続く。気がつくと日が暮れていた。2人は汗を拭い家に入ると、父ドナーが収穫した野菜を炒めたものと卵のスープ。そして森で猟ったウサギをオーブンで焼いたものが並んでいる。ララはウサギの丸焼きに絞ったレモンを振りかけ、しっかりと臭みをとった。
「もうお腹ペコペコだ。このウサギ、父さんが獲ったの?」
「ああ、そうだぞ。美味そうだろ?」
ドナーは誇らしげに答える。
「流石だね。美味しそう!」
「今日はちょっと小ぶりだったけど、今度はもう少し大きいのを狙いたいな」
ドナーは嬉しそうに丸焼きを切り分けると、皆の取り皿に移していった。
「そういえばおばあちゃんは、遠くまで何しに行ってたの?」
「昔からのお友達に会っていたのよ。ヘリックシティで」
ローザとララは丁寧にナイフとフォークを使い、食事を上品に口へと運ぶ。
「ズルいよ、大人だけ外に出れるのなんて。俺も行きたかったなぁ」
レイは肉に残る猟銃の弾をペッと吐き出しながら食べる。吐き出すたびにコロンという音が食卓に響く。
「大人になって外に出たら、どれだけ危険かがわかる様になるわよ」
父のドナーはレイの話を聞きながら、黙々と食事を進める。ララは元気いっぱいなレイの姿に、2人の会話をにこやかに聞いていた。
「早く大人になりたいなぁ。ねえおばあちゃん。騎士だった頃、どんなゾイドに乗っていたの?」
「そうね、普段はランドローバーみたいな小型ゾイドに乗っては儀仗なんかやっていたわね。ある時はとても大きなゾイドに乗っていた事もあったわ」
「かっこいい! 俺も軍に入って騎士になりたいなー! それで皆の平和を守るんだ!」
「ふふふ。里の未来も明るいわね」
「父さんの農業や狩りは誰がするんだ? それに騎士団ならまだしも……軍人なんて所詮は人殺しの集まりだ。人を悲しませるだけだぞ」
ドナーは先ほどのにこやかな表情とは一変、レイの言葉に不快感を露わにした。
「あなた。レイに対してちょっと言い過ぎでは?」
ララはその不快感を理解しつつも、その場の重い空気を和まそうとした。
「あ……ああ、すまない。だがな、父親が俺達を捨てたのは事実だ。それは許す事は出来ない」
ドナーは食事を終えると席を立ち、2階にある自室へと重い足取りで階段を登っていった。
「おじいちゃんは僕達を見捨てたの?」
「いいえレイ。貴方のおじいさんはこの国の為に何年もの間、命を賭けて戦っていたのよ。そして貴方のお父さんや私達を守るために、ここに住むことになったのよ」
「……そうだったんだ」
「それに貴方のお父さんはきっと、おじいちゃんともっと一緒にいたかっただけよ。気にしないで」
ローザは様々な思いの板挟みにあっていた。そんなローザやレイが静かに聞く様子を見ると、ララが明るい笑顔で場を和まそうと話す。
「さ、そんな暗い顔しないで。お母様が帰ってくるとなって、マドレーヌを作っておいたのですよ」
ララはオーブンからマドレーヌを取り出し皿に盛り付けると、皆に配った。ここの産地ではレモンが有名ということもあり、レモンの形とレモンの味がするマドレーヌだった。ほんわりとレモンの香りが食卓を優しく包み込む。
「あら、ララさんありがとう」
「おれ、レモンきらーい」
「ふふ、そのうち好きになるわ。母さんはこの里もレモンも好きよ。特にレモネードが」
ローザにソーサー付きのカップに、温かい紅茶を入れる。
「おえー。退屈な里といい、すっぱい食べ物が好きなんて、大人はよく分かんないや」
「ふふ。大人になればその良さがきっとわかるわよ」
2人はレイの不貞腐れた姿を見て、笑顔で会話した。食事を終え、食器を皆で片付けると、ローザがレイに話しかける。
「レイ。お外で散歩なんでどうかしら」
「いいよ!」
寒空には2つの月と無数の星々が煌々と輝いている。里を見渡すと、まだあちこちに家の明かりが見える。レイはローザの手を握り、嬉しそうに手を大き前後に振る。
「レイはどうしてこの里が嫌なの?」
「だって退屈だし。大型ゾイドもいないし。もっと世界をゾイドで旅してみたいよ」
「確かにレイにとってはそうかも知れないわね」
「俺はもう剣術も習ったし、後はゾイドに乗って駆け回るだけ。それもきっと直ぐにできるようにしてみせるけどね」
「ふふ。ゾイドも剣術もまだまだよ」
「ちぇ」
「レイ。まだこの里を出てはいけないわ。外には危険が一杯なの。そして将来、この里を守ってほしいの。貴方のその勇気が、この里には必要なのよ」
「一度でいいから里を出てみたいなぁ」
「ええ、そうね。ところでレイ。貴方はこんな言葉を知ってるかしら《雷光のご加護があらんことを》」
「それはどういう意味?」
「雷は共和国にとって聖なるもの。その雷を使う神様が守ってくれますように、ということよ」
中央大陸において「雷」とは神聖なものであり、神の所業だという伝説が数多く存在した。そしてそれに由来するゾイドや兵器が、ヘリック共和国とゼネバス帝国に両国に数多く存在している。
「つまり雷は神様ってこと?」
「そういう事よ。そしてお父さんやレイは、そんな雷にまつわる言葉から名前をつけたのよ」
「雷光のご加護があらんことを……か」
「さ、今日のところはそろそろ家に帰りましょ。その後はお風呂に入って寝ましょうか。」
レイは1日の疲れと汚れを熱いお風呂で乱雑に洗い流す。急いで着替え用意された温かいミルクを飲み干すと、2階の自室へと向かう。部屋のランタンに火をつけ、ベッドへと転がった。
「よいしょっと」
部屋は簡素なもので、ベッドも裕福な家庭に比べると少々固いものだったが、レイはそれを気に入っていた。窓際に置いていたローザからのお土産のシールドライガーを手に取り、仰向けになりながらあちこちを弄る。
「ジャックと同じように共和国軍に入ろうかなぁ……そうすればシールドライガーにも乗れるかもしれないし……」
暫くシールドライガーのおもちゃを弄りながら思いにふけると、ランタンの火を消し、明日の旅に備え寝ることにした。
里も徐々に光が消えていき、いつもの変わらない静寂が広がる。それはまるで彼らの就寝を促すかのように。
〜続く〜
祖母の設定ですが、わかる人には「ああ、あの人ね」となりますね。
もちろんドナーもあの人の子供か!となって、あの人達のその後にも繋がるエピソードとして描きました。
その事を知らなくても、一家の関係性やレイの失いたくない過去(むしろ我々が羨ましく、まさしく憧れ)を、存分にリアルに描けたかなと思います。
次の回ではあの人達が出ます。