未だ凍えるような暗い朝に、里の一本木でコートを着た3人組が、ランタンを片手にひそひそと話し合っている。
「よし、集まったな」
レイは2人を見渡し持ち物を確認する。水に食料、木剣に地図。1日がかりの冒険にしっかりと準備をしてきた3人。彼らにとっては少し重い荷物となっているものの、やる気に満ちていた。
「みんな、ちゃんと手紙は置いてきたか?」
「ああ、ばっちりだぜ」
「僕もおっけーだよ」
レイ達3人は家族が心配しないようにと、目的地や計画を記した手紙を置くように約束をしていたのだ。するとレイは小柄なイーサンには合わない、ひと際大きな背嚢が見えた。
「ところでイーサン、なんか荷物が多くないか?」
イーサンの背嚢はパンパンに膨れていた。明らかに他の2人とは違い、大きくて重そうだった。
「お腹が空くと大変だから、食べ物を沢山持ってきちゃった」
イーサンの背嚢の側面には、中に入りきらなかったのか、フライパンがくっついていた。
「フライパンなんてものまで持ってきて、料理もする気なのか?」
ジャックはイーサンの背嚢を舐め回すように見る。
「へへ。冒険家になるならこれくらいの事は出来ないとね」
イーサンの頼もしい姿に、2人はすっかりと安心していた。
「よし、これなら準備は万端だな。これよりトロフまで出発だ!」
レイの合図と共に里に3つの小さな光がゆらゆらと動き始めた。
「今なら人がいない。行こう」
3人は里の中心を避け森へと向かう。そして街道に出ると、イーサンが地図を広げた。ランタンの光を集めては3人で眺め、隣の里、トロフへの道を何度も確認した。徐々に太陽が昇り始めるなか、里と外界を結ぶための、唯一の橋までたどり着いた。
「この橋を越えたら俺達は初めて里を出た事になるな」
手に持っているランタンが震える。レイは緊張していた。ここからは話だけでしか知らない世界だ。
「レイ、勇気を出せ。俺たちはラズベリーを持って帰るんだろ?」
トロフの里は、この時期ラズベリーの収穫時期である。そこで採れたラズベリーのジャムもまた、ラーク同様に行商人から非常に人気が高い。彼らはラズベリーを持ち帰り、家族にトロフに訪れた証として見せる予定なのだ。
「ここで地団駄を踏んでいたら爺さんになっちまうぜ」
ジャックの男らしい励ましに、レイは背中を後押しされる。
「・・・よし、行こう!」
レイ達少年3人は、霧がかった長く続く橋を恐る恐る通る。周りは川が流れる音と、背嚢と木剣が当たるコツコツという音が鳴る。その静寂が彼らの恐怖心を増していた。そして……遂に向こう岸へと渡りきった。
「やった!」
「これで俺達は大人と言っても過言じゃねぇな」
ジャックは誇らしげ笑みを浮かべる。レイは緊張の糸が切れそうになるのを我慢し、ひとつ溜息をついた。
「あと少しいったら休憩地点だよ。そこでご飯を食べよう」
「ああ、もう腹ペコだからな」
太陽が上がりランタンの火を消すと、それぞれの背嚢にぶら下げる。道中イーサンはコンパスと地図を何度も確認し、皆はそれを頼りに街道をひたすら歩く。幸運にも分かれ道は殆どなく、休憩地点まですんなりとたどり着いた。そこには里で聞いた話しの通り、石化したゾイドの隣に小屋があった。
「きっとここがそうだよ!」
イーサンは自分の案内が間違っていなかったため事に喜んだ。3人は背嚢をおろし、家から持ってきたリンゴを裾で磨くとそのまま噛じった。イーサンはフライパンを用意し、小屋の外で火を起こそうとしている。
「レイ、ジャック。僕の荷物から肉を取り出して切ってくれる? 包丁とまな板も入ってるから」
「おいおい。イーサンは動くキッチンなのか?」
2人はリンゴの芯を吐き捨て、イーサンのパンパンに膨れた背嚢を開けた。中には食べ物やまな板や包丁のほかにも、料理の本や草の本、2人にはよくわからない本や図鑑等、様々なものが入っていた。その他に、日記のようなものまであった。恐らく道中やトロフで発見したことを書き記すためだろう。
──これは?
レイは紙に包まれた重たくぶにぶにしたものを手に取り開けてみると、香ばしい肉の香りと共に立派な肉の燻製が出てきた。
「これだけのもの、いったいどこからもってきたんだよ?」
「あーそれ? 家からこっそりと持ち出してきたんだ。特にお肉はバレないようにするのが大変だったね」
レイとジャックはイーサンの度胸に驚きっぱなしだった。2人はイーサンが用意したまな板や包丁を使いハムを不器用に切り分けると、イーサンはフライパンにバターをしき、ハムを焼き始めた。周囲にはバターとハムの焼ける臭いが立ちこめ、お腹が鳴り始める。イーサンは焼けた肉に塩コショウふりかけ味を調えると、切り取ったパンに乗せ取り分けた。
「うわぁ、美味しそう!」
「こりゃ絶対絶品だぜ」
レイもジャックも目を輝かせた。
「いただきます!」
暖をとるため火を囲んで座り、ハムを乗せたパンにかぶり付く。
「うめぇ!」
「いっぱいあるからお腹いっぱいになるまで食べよう!」
3人は無我夢中で食べた。ここまで自分達だけで冒険したことに対する達成感。そしてこうして3人だけでご飯を食べている事に、最高の幸福感を感じていた。すると、地面が揺れる音が聞こえる。
「……この音はなんだ?」
「ゾイドの足音だ!……ここで見つかったらやばい。早く隠れよう!」
3人は忙しいで火を消し、荷物をまとめると小屋から離れる。木の陰に急いで身を屈めると、まだ食べ残っていたパンとハムを、無理やり口に押し込んだ。3人は固いパンを咀嚼しながら頭を出し、街道を覗いた。すると、トロフの方向から超小型戦闘ゾイド、アタックゾイドが複数移動していく。機体は青く、側面にはそれぞれ黒で帽子を被った髑髏マークが施されている。そのゾイド達が通過すると、3人はパンを飲み込み、安心して顔を出す。
「ふー・・・危なかった」
「なんだかラークの方に向かって行ったけど、なんだろう。ケホケホ」
イーサンは急いで食べたパンに咽(むせ)た。すかさずジャックがイーサンに自身の水筒を無言で手渡す。
「ああ。あんなにゾイドに乗った人達が里に来るなんて珍しいな。騎士団の訓練かなにかか?」
ジャックも先ほどのゾイドの様子に少し違和感を感じていた。イーサンはゴクゴクと水を飲むと、ジャックへ水筒を返す。
「多分シトロン家のレモンを買い取りに来たんじゃないかな? ほら、籠みたいなのを背負ったゾイドもいたし、そろそろ最後の収穫時期だってお姉ちゃんがいってたよ」
レモンの収穫時期は10月から4月の間だ。その間シトロン家は収穫したレモンを度々纏めて出荷していた。イーサンの予想は一理あった。
「そうかもな。とりあえずトロフまで後少しだ。気合入れて行こう!」
レイは気にせず前進することを促す。3人はその後も愉快に街道を進み、ラズベリーを持って帰った後のみんなの反応やトロフ様子の想像。ジャックはそのラズベリーをアンリへ手渡す話等で盛り上がり、トロフに近づくにつれて期待が膨らんだ。そして遂にトロフまで来ることが出来た。
しかし彼らが見た光景は、期待を全て裏切るかのように、あまりにも悲惨なものだった。
「こ、これは一体……」
家やの屋根は焼け焦げ崩れ落ち、朽ち果てている。彼らが持ち帰ろうとしたラズベリー畑も見渡す限り全て焼き尽くされていた。そして周囲には人の気配もなく、3人は焦げた煙で鼻がつんざく。彼らが想像していた夢見る景色は見る影もなかった。
「どこもかしこも焼け焦げてる!……」
「おーい! 誰かいませんかー?」
何度も3人が大声で呼びかけるも、返事がない。燃え切った木々や畑、家が静かに白い煙をあげる。レイがある家の前に立つと、ぬかるんが地面に埋まる子供のおもちゃを拾い上げた。泥だらけのおもちゃはボロボロで、何日か経っているようだった。
━━こんな事が……
レイはここで起きた事に理解が追い付かない様子でおもちゃを手に里を見渡す。
「山賊にやられたのか?・・・」
「まさか・・・さっき休憩所で通ったゾイド達・・・山賊だったんじゃ・・・」
イーサンが不安げに2人をみつめる。レイとジャックも顔を見合わせ、焦りが募る。
「だとしたら早く里へ戻らないと! みんなに知らせなきゃ!」
「だがよ、今から走って帰ったとしてもかなり時間がかかるぜ。どうする?」
彼らがラークを出発してトロフに辿り着くまで、約4時間は経過していた。彼らが休まずに走ったとしても、2時間はかかる。だが荷物を背負った彼らが、ましてや少年たちが休まずに走れる保証はどこにもなった。
──なにか方法はないのか・・・
するとジャックが突如叫んだ。
「みんなこれを見ろ! なんかいるぞ!」
ジャックのもとへ集まると、鉄檻の中に小型ゾイドがいた。
「これは・・野生のウルフ?」
それは野生ゾイドの白銀のウルフだった。背中には手綱があり、誰かが元々乗り物として使っていたようだ。レイは透かさず檻を開けた。
「お、おい・・・」
「グルルルル・・・」
ウルフは飛び出す事なく、身を屈めながら警戒するようにゆっくりとレイに近づく。
──きっと大丈夫だ。
根拠はない。だがレイには、ただそう感じたのだ。彼はウルフに堂々と近づき、革製の手綱を握る。するとウルフは大きな体を地面に伏せた。
「乗れるのか?」
警戒もせず近づくレイに、心配そうにジャックが尋ねる。
「分からない・・・でもやってみよう」
手綱を握り、勢いよく鞍に跨るレイ。ウルフは暴れるどころか不思議と落ち着いた様子でレイに背中を預けた。
「やった! 皆も乗って!」
ウルフの背中にジャックとイーサンも飛び乗る。なかなか登れないイーサンにジャックが手を出し引き上げる。
「しっかり捕まってろ。急いで町へ戻るぞ! 行け! ウルフ!」
レイは無我夢中では来た道を急いでウルフを走らせる。初めて乗るゾイドだったにも関わらず、不思議とそんな気はしない。むしろ懐かしい・・・そんな気分だった。そして彼が走らせたウルフは次々と地面を蹴りあげ、あれだけ長く歩いた道がみるみると過ぎていく。
「凄い! あっという間だ!」
イーサンが興奮している。彼の冒険心が高揚していたのだ。だがレイはそんな言葉を余所に、ひたすらウルフを早く走らせた。
━━もっと早く!
レイは赤い目を鋭くさせ、ウルフと共に春疾風の如く森の街道を力強く駆け抜けた。
〜続く〜
幼少期編の町のイメージやキャラクターは基本的にロードオブザリングのホビット庄にスイスのアルプスをかけたようなイメージにしました。今回の冒険も随所に指輪物語っぽいところがあるかと思います。
そしてウルフに乗れることも、わかる人にはわかるのではないでしょうか。
だんだんと雲行きの怪しくなる今後にご期待ください。