「くぁあー! やっぱこれだぜ!」
カントリー風のメロディが流れる静かな酒場で、一際通る声で話すのは、ウィナーだった。シュガービールが満たされたジョッキを手に、豪快に喉を鳴らす。
「いちいちうるせぇんだよ。ちょっとは静かにできねぇのか?」
相変わらず自分の機嫌に素直なウィナーに呆れつつも、レイはレモネードを片手に、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「別にいいだろーよ。美味いもんに美味いって言って何が悪い? 別にケチつけてるワケじゃねーんだからな。美味そうに見せた方が男が立つってもんよ。ほら見てみろ。あの女の子達もこの飲みっぷりに気に夢中だぜ?」
ウィナーはカウンターから離れたテーブルに座る若い女の子達に向け、得意げに手を振ってみせた。
女の子達は笑みを浮かべ、コソコソと話し込んだ。恐らくウィナーの口についたビールの白髭が面白いのだろう。
「残念ながらあれは、お前とは関わりたくないって顔だな」
レイは静かに飲み物を口にしながら、ちらりと見ながら言った。
「おいおい、お前は女の子をわかってねえなあ。あれは照れてるか、周りの友達に本心を悟られたくないからわざとああやって距離を置く振りしてんのさ。天邪鬼ってやつだ」
ウィナーは自信満々に語る。
「はいはい」
レイは冷たくあしらうも、ウィナーのこういう明るい所は嫌いじゃなかった。むしろ、その底抜けの陽気さに、幾度となく救われてきた。
店の入り口がチリンと音が鳴ると、ウィナーはシュガービールを運ぶ手を止め、視線を入り口へと移した。
「おい、見てみろよ」
ウィナーがレイの肩を軽く叩き、目配せをした。
「どう思う?」
ウィナーの目線の先には、柔らかな足取りで歩く女性がいた。彼女はその美しい黒髪を靡かせながらカウンターに向かい、周囲の男達の視線が一斉に彼女に向いていた。
「おい、やめとけ。あの女の子達にでさえ笑われてんだぞ。 頬を押さえて帰ってくるお前の姿が目に浮かぶよ」
「そんなもん、やってみなきゃわかんねぇだろうよ。俺の熱い魂でどんなターゲットも撃ち落としてやるよ。ま、そこで指をくわえて見てなって。」
そう自信に満ちた表情で黒髪の女性へと向かっていった。レイには何となく結果が分かっていた。
「やあ、そこの綺麗なお姉さん。1人で飲みに来たのか?」
黒髪の女性の隣に座るなり、陽気な声で話しかけるウィナー。一方レイは興味がない様子で1人で酒場の雰囲気を楽しむことにした。
「ええ、そうだけど。」
女性もまた、ウィナーに興味のない表情で応えた。
「俺は共和国陸軍のウィナー・キッド少尉だ。そこでは高速戦闘ゾイドを乗りこなしてる。」
自信ありげに話すウィナー。
「あら、あなた高速戦闘ゾイド乗りなの? 何に乗ってるのかしら。」
先ほどまで興味のなかった女性が、ゾイドの話に少し興味を示した。
「すまねえが、そいつは教えれねえ。 極秘事項ってやつだな。 ただ言えるのは(蒼い稲妻)ってとこだ。」
「あら凄いわね、蒼い稲積さん。ゾイドの腕前には自信があるの?」
髪を靡かせながら女性は答える。
「当たり前だ。俺は最高のゾイド乗りだぜ? 俺と戦って勝てる奴はいねえよ」
「あらそれは良かった。あなた、ナンパは下手だからゾイドに乗っていた方がいいわよ」
「なあに、まだ勝負はこれからだ」
「なら、勝負に負けたら帰ってくれるかしら?」
彼女の黄色く鋭い瞳が真っ直ぐウィナーを見つめる。
「俺はどんな勝負にも負けやしねえ」
彼女はその言葉を聞いて少し微笑んだ。
「じゃあこんなのはどうかしら。共和国式テキーラの飲み比べゲーム【服従】。 ルールは簡単。腕を組んで同時にテキーラを飲む。 先に床に倒れたり、ギブアップしたら負け。 そして負けた方は、勝った人のお願いを1日聞くことになる。どうかしら?」
挑発するように笑みを浮かべる女性。その強気な表情に闘争心を燃やすウィナー。
「面白そうじゃねぇか! やってやるぜ! おいマスター! テキーラ持ってこい!」
ウィナーは自分の勇姿を見てくれと言わんばかりの様子で、カウンターから酒場全体に響き渡るような声で叫んだ。
ウィナーは酒の強さにも自信があった。よく実験施設の整備士と飲み比べをして勝っていたからだ。
レイは女性の思わぬ対応に少し悪い予感がし、ウィナーを止めに入る。
「おいウィナー、そこら辺にしとけ。お前は飲み過ぎたら酒癖が悪くなるだろ。」
「何いってんだレイ! こんなおもしれえ勝負、引き下がってたまるかよ。 そして、お前もやれ!」
拒むレイを他所に、ウィナーは手にしたテキーラをレイに近づける。
「やめろ! 俺は酒は飲まない!」
「良いから飲め!」
レイはウィナーに鼻をつままれ、無理やりテキーラを口に流し込まれた。
━━━━━
翌朝。冷たい金属の匂いが満ちる大きな格納庫には、高速戦闘ゾイドのコマンドウルフやシールドライガーが整然と並んである。
その中には今回の為にわざわざ用意されたであろう教壇と、それと向かい合わせるように簡易椅子が綺麗に並べられていた。
レオマスター訓練生達はその椅子に座って待機していた。その表情は、来るものを恐れない自信に満ち溢れ、また余裕さえ感じる。当然だ。ゾイド乗りの精鋭中の精鋭が集まっていたからだ。
だがそんななか、余裕のない表情で座る者が、2人だけいた。
レイとウィナーだ。
完全に二日酔いの姿で顔はげっそりしており、その青ざめた表情のせいで、周りからは少し距離を置かれていた。
昨夜のテキーラ勝負は、ウィナーは敗北。記憶を失っていた。朝2人は宿舎のベッドで起きるなり鏡を見ると、殴られた後が沢山あった。手の甲にもアザがあった。どうやら喧嘩もしていたようだが全く記憶にない……。あらかた、酔っ払っているところに誰かに絡まれ、喧嘩にでもなったのだろう。2人は少し喧嘩っ早いところがあった。ゾイド乗りとはそういうものだ。
ただ、いまは酷い頭痛とやまぬ冷や汗、そして吐き気で他のことは何も考える事が出来なかった。
(あー、頭がまだズキズキする…。完全に二日酔いだ…。)
そう思いながら2人はうなだれていた。
暫くすると、重厚な足音が響き渡る。
まず現れたのは、分厚い胸板と、髭をたくわえた男。「俺は最強だ」と言わんばかりの堂々とした佇まい。アーサー・ボーグマンだ。それもそのはず、彼はレオマスターの初期メンバーであり、このプログラム創設に関わっているからだ。
その後ろから、眼鏡をかけた如何にもエリート然とした男が、無駄のない足取りで歩いてくる。その更に後ろにはキャップ帽子を被った女性が歩いてきた。
アーサーが教壇に立つと、その太い声が格納庫に響き渡った。
「ようこそレオマスター訓練プログラム場へ。本プログラムの主任を担当するアーサーボーグマン少佐だ。」
訓練生達は黙ってアーサーの話を聞く。
「周知の通り、ガイロス帝国は軍備を拡大している。恐らく近いうちに戦争を起こすつもりだ。 帝国の脅威はいま正に目前まで来ている。 そこで高速戦闘部隊の強化を図るため、こうして我々が召集された。
その為にはシールドライガーを熟知し、扱いこなす必要がある。お前達はここにある[シールドライガーの戦技マニュアル]はちゃんと頭に入れてるか?」
そう言って、彼は分厚いシールドライガーの性能や操作の仕方が記されたマニュアルを掲げて見せた。
ここにいるレオマスター訓練生は、数ある選抜試験や実戦を乗り越えてきたエキスパートの集まりだ。「当たり前だろ」とでも言いたげな表情を浮かべ、鼻で笑う者もいた。皆、自らの技術に絶対の自信を持っている。
そんな彼らの顔を確認するなり……
━━ガタンッ
乾いた音が響く。アーサーは突如、その分厚いマニュアル本を勢いよくゴミ箱へ投げ捨てたのだ。
訓練生たちは一瞬、動揺の色を見せたが、アーサーは構わず話を続ける。
「残念ながら敵も同じだ。」
訓練生たちは息を呑んだ。
「敵はお前達同様、既にシールドライガーを熟知している。 マニュアル通りの動きしかできないゾイド乗りは、真っ先に死ぬ。つまり、シールドライガーの限界性能を上回る何かを引き出さなければならない。そしてお前達の中から、限界を越えたミッションを完遂した者のみが、レオマスターとなる資格を得る。」
アーサーの視線が、候補生の一人一人を射抜く。
「そこでこの俺は、お前達のフィジカル、サバイバル、メンタルを鍛え、そしてシールドライガーの白兵戦を担当する教官だ。」
彼は腕組みをしながら、隣に立つ眼鏡の男を見た。
「続いて俺の横にいるのは、セレス・アルドワーズ少佐だ。 彼は士官学校歴代最優秀成績で卒業。共和国陸軍射撃大会大型ゾイド部門及び機動射撃において金メダル。その他にも数々のメダル受賞歴がある。そんな彼には主に射撃・戦術・座学を担当してもらう。」
「セレス・アルドワーズ少佐だ。戦争とは無情。君たち1つの判断ミスが部隊の壊滅に繋がり、何万人もの仲間や市民を失う事もあり得る。つまり、ミスは許されないことを、今一度肝に銘じておくのだ。」
セレスは、整然とした口調でありつつも、訓練生に緊張感を与え自己紹介を終えた。その冷徹な眼差しは、一切の妥協を許さないことを物語っていた。
アーサーが付け加えるように言う。訓練生たちは再び息を呑んだ。
「そして最後に…」
アーサーが、僅かに口角を上げた。
「シールドライガーの向上に大きく貢献し、現在西方大陸で行われているライガーの模擬戦闘訓練プログラムを立案。その功績から従事勲章を叙勲。そして我々と同じレオマスター初期メンバーであり、シールドライガーの性能・生体面での君らの教官を担当する。 エミー・イシカワ少佐だ。」
キャップを被っていた女性が、柔らかな足取りで教壇へと歩いてくる。軍服を着ているにも関わらず、その女性的な魅力は隠しきれないでいた。
教壇の前に立つと、キャップを徐ろに取った。知的な美貌と、どこか親しみやすい雰囲気を纏ったしなやかな黒髪の女性。間違いない。あの酒場で、ウィナーがナンパを仕掛けたはエミー・イシカワ少佐その人だった。
「ご紹介に預かったエミー・イシカワ少佐よ、宜しく。そしてそこの(蒼い稲積)さん達。約束通り【服従】してもらうわよ。」
周りの訓練生達がニヤつき、レイとウィナーは酷い吐き気と頭痛だけでなく、抱えきれない羞恥から顔を手で覆った。
〜続く〜
酒場のやらかしは映画もモチーフにしつつも、世界観が飽きないようにキャラクターにさらに色をつけました
レイがかっこつけながらレモネードを飲むところに、個人的にはすきです。