レイ・グレック サーガ   作:ゼル・ユピート

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第8話 協心

 早朝、冷たい風が格納庫に静かに吹いている。その中で、人より早く起きたレイは、シールドライガーを見つめていた。脚には合金を溶接した跡があり、工具机には見慣れた工具やオイルボトルが置いてある。

 

━━すまなかったな、ライガー……

 

 レイの心は穏やかだった。シールドライガーに手を置く。

 

「今日も宜しく頼む……」

 

━━━

 何処までも快活した荒野が広がる模擬訓練場。

 

 今日の訓練はただの模擬戦ではない。アーサーと訓練生による一騎討ちであり、レイはそのトップバッターを務める。

 レイは心に余裕を取り戻すと同時に、徐々にシールドライガーに乗れるようになっていた。だが完全ではない。

 互いの距離は約1キロ。その先に立つアーサーは、遠くからでもまるで空間そのものを支配し、獣のように静かにそこに立っていた。その姿は正に【獣王】そのものであった。

 待機している訓練生たちは、司令室のモニターで待機し、固唾をのんで見守る。

 

「……始まるぞ」

 

 ミズモが小さくつぶやく。

 

━━レイ・グレック……何処までやれるか、この私に見せてみろ……

 

 セレスは腕を組み、冷静に観察しようとしているが、眼鏡の奥の瞳は明らかに光を増している。

 

━━さあ、恐れることはないわ。心を解放しなさい……

 

 エミーもまた、自らがその場で戦闘するかのように、鋭い目つきで見守っていた。

 

 レイは深呼吸をする……。シールドライガーのコックピットにゆっくりと手を置き、目を閉じた。胸の奥から湧き上がるのは、あの日の無力な自分の記憶。悔恨と無力さを思い出す。

 

━━だが俺はもう恐れない

 

 心の中で、静かに呟く。

 

━━俺は守ると誓った……ライガー……力を貸してくれるか?

 

 目を開け、視界に広がる荒野とアーサーのシールドが見える。すると、アーサーのシールドが脚を一歩前に出す。

 

 「準備はいいか、レイ」

 

 その低く、威圧的な声が、レイのコックピットに重く響く。

 

 「はい」

 

 その返事を合図に、訓練場右から赤い信号弾が弾ける。

 

━━試合開始。

 

 次の瞬間、アーサーが地を蹴る。レイも同時に地を蹴った。鋼鉄の肉体が轟音を立てて突進し、激しく地面を抉る。瞬時に互いにストライククローの間合いに入る。通常であればレイはアーサーの間合いに入る事を恐れ、距離を取る。だが今のレイには恐れはない。透かさずレイは先制攻撃を仕掛ける。アーサーはそれを読んでいるように左へ入り身し、反射的に転身、直ぐ様レイの後ろから飛びつく。

 その動きはモニター越しの訓練生たちの視界からでは、認識できない程に速かった。

 

「なっ……速い!」

 

「ボーグマン少佐の動き……一体どうやって?」

 

 訓練生たちが口々に叫ぶ。

 

 モニター越しのセレスも思わず目を細めた。

 

「……」

 

 レイは後ろからくるアーサーの攻撃をかわす為、ブースターを加速、アーサーの一撃をかろうじてかわす。だがすぐさま、アーサーも加速させ、追撃がくる。

 レイはその追撃から逃げきる事が出来ないのは、よく理解していた。レイは急速に減速。右脚を軸に右に転身。コックピットの右上にアーサーがこちらを見下ろすのが見える。その顔には少し笑みを感じる。すれ違い様に、目の前を通り過ぎるシールドライガーの巨体から発せられる衝撃波が、レイの身体に突き抜け、その衝撃を利用して後ろに下がる。着地と同時に勢いよく後退し、踏ん張る脚からは土煙を激しくあげる。

 

「くっ……!」

 

 レイは高揚している。それは自分なのか、それともシールドなのか分からなかった。だが心地は良かった。レイは次の攻撃に転じようとした時、アーサーは既にこちらに機体を向け、レイの動きを待っていた。レイが一瞬戸惑った瞬間を見計らい、アーサーが瞬時に飛び込んできた。

 

━━押し込まれる!

 

 必死にシールドの右前脚で反撃を試みるが、アーサーの攻撃は隙を正確に突いてくる。

 

━━ガキーン!

 

 2つのライガーの爪がぶつかり、その甲高い金属の音が訓練場全体に響き渡る。大型の高速戦闘同士の正面からの激しい衝突に、レイは今までに感じたことのないコックピットの揺れを感じる。勢いで互いの機体は反対側へと吹き飛ばされる。

 

「これが……彼らの戦い……」

 

 その甲高い音はモニターで見ている訓練生たちにも届いてた。ミズモは自分にない、レイの攻撃的な姿勢に目を見張る。

 

「……」

 

 静かに息を呑みながら、モニターの動きを静かに瞬きをせず目で追うシシリー。轟音と凄まじい速さの戦闘が、モニターから響き渡るたび、訓練生たちも鼓動が高まった。そう、これは模擬戦ではない。正に死闘━━

 

「レイ……あれは本当に、レイなのか?……」

 

 ウィナーはレイの急成長に驚きを隠せなかった。ウィナーだけではない。他の訓練生も、先日までまともゾイドを動かせなかったレイの動きが、モニターに映る人間と同じなのかと全く理解が出来ていなかったのだ。誰一人として目を逸らせない戦い。レイはアーサーに勇敢に、そしてアーサーは対等に挑んでいることを、誰もが感じた。

 一方レイは、アーサーの猛攻に段々と焦りと恐怖が脳裏を覆いかけていた。想像を超えるアーサーの強さ。それに、上手く対応出来ない自分への悔しさで歯を食いしばる。だがその奥で、ライガーの鼓動の響きを静かに感じとった。

 

━━落ち着け

 

 アーサーのライガーの爪が再び迫る。咄嗟に操縦桿を左に倒すレイ。鋼鉄の巨腕が空気を裂き、レイのライガーの装甲をかすめる。直撃すればシールドの脚が持っていかれる程の一撃。ふとレイは操縦桿を強く握っている事に気付く。

  

━━違う……ただ動かそうとするな!

 

 だがアーサーの渾身の攻撃に恐怖で肩が力む。焦れば焦るほど、ライガーの動きは硬くなる。一方でアーサーの攻撃はさらに鋭さを増していた。反撃どころか、防御すらままならない。

 

「おいレイ! 落ち着け!」

 

 モニターから思わずジャッジが叫ぶ。

 

「動きを読め!」

 

 ナイトも眉を寄せる。声が伝わらないのはわかってる。ただ、心の声を抑えきれないでいるのだ。

 

 絶え間ない攻撃のなか、遂にアーサーからの体当たりが直撃する。衝撃音と警告アラームが更にレイの心を煽る。

 

━━そのとき

 

 視界の奥に、ライガーの黄色い瞳が浮かぶ。

 ただの表示ではない。

 まるで、こちらをじっと見つめているように。

 

 レイは無意識に目を閉じた。

 呼吸を整える。 

 無力だったこと。守れなかったもの、届かなかった声……。

 

――大丈夫だ。お前は強い。

 

 幻聴のような声が胸の奥に響いた。

 アーサーの言葉だ。

 少しずつ、全身から力が抜け落ちる。

 握りしめていた操縦桿手を緩めると、感触が変わり。

 シールドのゾイドコアからの大きな鼓動を感じる。そしてシールドの四肢の感覚がレイの手足の感覚に近づく。

 呼吸と鼓動が重なり、徐々に視界の動きが自分の感覚、そのものと化す……。

 

「……そうか……これが……」

 

 レイの赤い瞳が、静かに光を帯びる。

 

 アーサーから追撃の突進がくる。レイはシールドに身を委ねた。すると、滑らかなステップでかわした。

 観戦していた訓練生達がどよめく。

 

「今の動き……!?」

 

シシリーが驚きのあまり思わず声を出す。

 

「速い……いったいどうやって!?……」

 

ナイトも同じように声が漏れる。

 

 アーサーは必ず当たると確信した攻撃をかわされた瞬間、動揺し、笑みを浮かべる。アーサーは一瞬だが、興奮のあまり体が力んだ。

 

「おっと……いかんいかん」

 

 アーサーは瞬時に力みを抑え、落ち着きを取り戻す。だがレイはその一瞬の異変を見逃さず、攻撃を仕掛ける。アーサーはわずかな体捌きでレイの攻撃を受け流した。そしてレイに爪で反撃をした。レイのシールドに攻撃が当たる。レイはその瞬間、攻撃の重さを利用し、流した。そしてアーサーはいつもの当たった感触とは違う違和感。

 

「お?……」

 

 アーサーの口元が吊り上がる。その瞳に久々の昂ぶりが宿った。互いのシールドが態勢を立て直し、向かい合う。

 

「レイ……やっとその目になったか! ならば本気で行かせてもらうぞ!」

 

 次の瞬間、アーサーが本気を解き放った。轟音と共に地を蹴り、まるで弾丸のように迫る。アーサーのシールドは大きな口を開け、鋭い牙を向ける。そのすべてが、戦場で生き残るために研ぎ澄まされた殺意の軌跡。

 

「なんだ、速すぎる……!」

 

 訓練生たちの目には、アーサーの姿が霞のように映る。あれはシールドの動きではあり得ない。シールドの最高速度は270km/h。訓練生は痛いほど分かっている。彼らは散々最高速度に近い速度で戦ってきたからだ。そう、明らかに機体性能の限界を超えたスピードと瞬発力なのだ。

 レイにもそれは一瞬で認識した。他の訓練生達とは違い、躊躇はなかった。心を重ね、動きが自然に溶け合う。一瞬の体捌きでアーサーの突進を逸らし、後脚でアーサーのシールドの横腹を蹴る。火花が散り、金属音が耳を打つ。

 アーサーのシールドが初めて直撃をうける。

 

「やったか!?」

 

 ウィナーが叫ぶ。

 

 だがアーサーは表情ひとつ変えず、攻撃の威力を吸収。直ぐ様態勢を変え、わずかに後退しただけだった。

 

━━悪くはない……だが浅い!

 

 直ぐ様、アーサーのライガーの爪が、レイのシールドの振り向きざまの鬣に直撃。衝撃に機体が揺れ、コックピットの中でレイの身体も打ち付けられる。

 

「ぐっ……!」

 

 揺れるコックピット。だがレイの瞳は揺らがない。今はライガーとの重なりに意識を移す。アーサーの追撃が止み、戦場の轟音が一瞬静まる。

 

「……」

 

 アーサーは感じていた。レイがシールドと一つになろうとしていることを。そしてまた、レオマスターであるセレスとエミーも、モニターからそれを感じていた。

 

 アーサーのシールドと再び睨み合いになり、互いに間合いを取る。キャノピー越しにアーサーの顔が見える。その表情は不思議にも自然な表情だった。

 するとアーサーのシールドの鬣が眩い光を放ち始める。Eシールドだ。レイは直感した。恐らくこれで決着をつけるつもりだ。レイも応えるようにスナップスイッチをあげ、Eシールドを展開する。互いのシールドが呼応するかのように大きく咆哮する。シールドもこの一撃に賭けようとしていることをレイは感じ取った。

 

「次の攻撃で全てを決める気ね」 

 

 モニターに映る2人の様子を見て、エミーが呟く。その言葉に、固唾をのんで見守る訓練生たち。

 

 2人はゆっくりと時計回りに歩きながら様子を伺う……。

 静まり返った訓練場に、ジリジリとEシールドの電磁音だけが鳴る……。緊張が高まる……。レイのこめかみから汗が滴る……。

 一瞬、アーサーのキャノピーに、太陽の反射光がレイの目に入り、目を瞑る。

 

━━!!

 

 アーサーはその一瞬を見逃さなかった。直ぐ様ブースター全開の全速力、そしてシールドの限界を越えたスピードで巨獣が襲ってくる。

 

――くっ!

 

 大きな爪が近づいてくる。必死に反応するも、避けきれない。ストライククローがレイのシールドを破り、鬣を直撃。あまりの衝撃に後ろに仰け反り、倒れ込む。あまりに一瞬の出来事だった。安全装置が作動し、コックピットハッチが開く。

 

「負けた……か」

 

 レイは苦笑する。だが悔しさよりも、安堵が先に胸に広がる。

 

「やるじゃねえか。成長したな、レイ」

 

 アーサーの声がモニターに響く。その一言を聞き、レイは汗ばんだ手を操縦桿から外す。

 

「ああ、だが負けちまった」

 

 力を出し切り疲れ切ったのか、その場で崩れる。なかなかその場から動く事が出来ないレイ。

 

「なあに、訓練はまだある。心配するな、お前は強い」

 

 その言葉に疲れが吹き飛ぶ。

 

「アーサー……ありがとうございます」

 

 レイはコックピットに目をやり、手を置く。

 

「ライガー、ありがとう……お前の言いたいことも、何となく分かってきたよ」

 

 コックピットから身を出し、タラップから降りる。汗ばんだヘルメットを脱ぎ、横たわる自分のシールドを見つめる。その黄色い瞳はまるで、レイの全てを見透かしているかのようだった。

 レイは勝負には負けた。しかし、胸には確かな手応えを感じていた。

 

━━ゾイドは俺の《心》に応え、《心》で動かすもの━━

 

 空に航空機の飛ぶ音がし、ふいに空を見上げる。青空には、編隊から出され白い軌跡が、陽光に照らされているのが見える。彼らもまた、これから訓練が開始させるのだろうか。

 

「俺は……必ず守る……」

 

 レイはあの日見た光景を再び思い出すと、深く呼吸をした。

 

〜続く〜




ここに来てようやくアーサーと対戦。
1話すべてがアーサーとシールドライガーしか出ないものの、激しい戦闘を表現できたかと思います。また、彼の成長へのアーサーの言葉は、短いものの重く、心に深く残るかとおもいます。
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