ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
雷の余韻が消えきる前に、俺は反射的にイナズマブラスターを構え直した。
視線は、ただ一つ――まだ残っている“気配”に向いている。
そこに立っていたのは、ノクスナイトではなかった。
黒い装甲は霧のようにほどけ、代わりに現れたのは一人の男。
世島犀人。
変身を解いているというのに、その場の空気だけが、明らかに異質だった。
武器はない。
構えもない。
なのに、背筋が冷える。
世島は、ゆっくりとこちらを見て――笑った。
勝ち誇るでもなく、悔しがるでもない。
ただ、愉快そうに。
「……いいねぇ」
その声は、どこか浮いて聞こえた。
夢と現実の境界を、わざと踏み外したような響き。
「速い。強い。しかも、自覚してない」
世島は肩をすくめる。
「最高だよ。人の希望が、一番きれいに壊れる直前の顔をしてる」
俺は一歩も動かない。
引き金にかけた指に、力を込める。
「……まだ、やるつもりですか」
問いかけに、世島は首を傾げた。
まるで“そんな必要があるのか”とでも言いたげに。
「今日はいいや」
あっさりと、そう言った。
「十分見れた。雷みたいに走る希望も、限界まで削れる人間も」
視線が、俺の胸元――ゼッツドライバーへと向く。
その目には、恐れがない。
あるのは、次を楽しみにする者の目だけだ。
「また会おう、ゼッツ」
世島は、不敵な笑みを浮かべたまま、背を向ける。
「次は……もっと“いい夢”を見せてあげる」
その姿が闇に溶けても、嫌な感覚だけが残り続けた。
俺は、しばらく武器を下ろせなかった。
あいつは、まだ終わっていない。
それだけは、はっきりと分かっていた。
引き金にかけていた指が、わずかに震えた。
それを誤魔化そうと力を入れた瞬間――視界の端が歪む。
「万津くん……もう限界っす」
日菜さんの声が、いつもより低い。
解析じゃない。判断だ。
「脳波、危険域。これ以上は……ほんとにダメっす」
その言葉を聞いた途端、身体の奥で張りつめていた何かが切れた。
雷の唸りが遠ざかり、世界の輪郭が一気に重くなる。
――解除。
光が剥がれ落ちるように、装甲が消えた。
同時に、全身を殴られたみたいな衝撃が遅れてやってくる。
「っ……!」
膝が落ちそうになるのを、必死に堪える。
筋肉が悲鳴を上げている。いや、これは筋肉痛なんて生易しいものじゃない。
身体そのものが、「もう動くな」と訴えてくる。
呼吸が浅い。
頭の奥が、じんじんと痛む。
(……ああ、これか)
今まで感じたことのない疲労。
身体よりも先に、心が限界を迎えているのが分かる。
全力で考え続けた。
全力で決断し続けた。
誰かの希望に間に合わせるために、止まらずに走り続けた。
その代償が、今、まとめて押し寄せてきた。
「……万津くん、座って。もう戦闘は終わりっす」
日菜さんの声が、少しだけ近く感じる。
「はい……分かってます」
強がる余裕すらなかった。
立っているだけで、意識が遠のきそうだ。
(精神の……限界、か)
それでも、不思議と後悔はなかった。
間に合った。
守れた。
だから、今は――休んでいい。
俺は大きく息を吐き、ようやく武器を下ろした。