ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
その日は、最初から運が悪かった。
授業で使う資料を忘れ、取りに戻った先で鍵が掛かり、ようやく取れたと思ったら別のクラスに届ける荷物を押し付けられる。いつものことだ、と自分に言い聞かせながら、俺は中庭へ向かっていた。
理由は単純だ。
工事中の通路は危ないから、迂回するように、という連絡を聞いたばかりだった。
誰かが迷い込んでいたら、声をかけて戻そう。
それだけのつもりだった。
中庭には、仮設足場と資材が組まれ、工事の音が響いている。
嫌な予感が、胸の奥で小さく鳴った。
「……やっぱり」
足場の近くに、生徒が数人立ち止まっているのが見えた。
注意を促そうと一歩踏み出した、その瞬間。
――乾いた破断音が響いたその直後だった。
乾いた破断音。
次の瞬間、視界の端で影が崩れ落ちる。
「危ない!」
誰かの声より先に、身体が動いていた。足場が歪み、鉄骨と建材が雨のように落ちてくる。その真下に、逃げ遅れた生徒が見えた。
考えるより先に、俺は前に出る。突き飛ばすように相手を外へ押しやり、その代わりに落下地点へ踏み込んだ。
――まずい。
逃げ場がない。上からの影が重なる。
ここで終わる、そんな感覚が一瞬よぎった。
乾いた打音が、連続して鳴った。
パァン、パァン、と空気を裂く音。
落ちてくる鉄骨の軌道が、わずかに、しかし確実に逸れる。勢いが殺され、角度が変わる。視界の端で、白い球が弾けるように跳ねた。
同時に、背中を強く引かれた。
言葉はない。
ただ、力強い腕が俺を後方へ引き戻す。
次の瞬間、さっきまで立っていた場所に、鈍い音を立てて鉄骨が突き刺さった。
――一歩、遅れていたら。
周囲がざわめく。悲鳴と怒号、工事員の叫び。
俺は息を呑み、引かれた方向を見る。
星君だった。
表情は変わらない。視線も合わない。
ただ、もう一つ球を打ち返すように、最後の落下物の軌道を外し、それきり身を翻す。
無言のまま、星君はその場を離れた。
助かった、という実感が、遅れて胸に落ちてくる。膝が震え、呼吸が乱れる。周囲に駆け寄られ、誰かに肩を掴まれたが、視線は自然と、遠ざかる背中を追っていた。
――追わなきゃ。
人が散り、工事が止まり、ようやく静かになった廊下で、星君の背中を見つける。
そのまま行かせるのは、どうにも落ち着かなかった。
「……星君」
名前を呼ぶと、足が止まる。振り返らない。
その距離の取り方が、妙に星君らしい。
「さっきは、ありがとうございました。助かりました」
短く、事実だけを伝える。余計な感情を乗せると、拒まれそうな気がした。
「気にするな」
低く、乾いた声。
それきり歩き出そうとするから、思わず言葉を重ねてしまう。
「……でも、放っておけなかったんじゃないですか」
一瞬だけ、星君の動きが止まった。
本当に一瞬。けれど、確かに。
「勘違いすんな」
肩越しに、静かな声が落ちてくる。
「俺は、助ける側の人間じゃねぇ」
理由は語られない。
過去も、事情も、何一つ。
「礼を言われるようなことじゃない。意味を見出すな」
それだけ言って、星君は歩き去った。
背中は小さいのに、距離はやけに遠い。
残された廊下で、俺は立ち尽くす。
胸の奥に、ざらりとした感触が残った。
(……似ている)
助けた事実を、なかったことにしようとするところ。
自分に“その資格がない”と決めつけているところ。
昔、俺も同じことを思っていた。
助けて、生き残って、それでも自分を許せなかった。
星君の背中が角を曲がって見えなくなる。
追いかける気には、なれなかった。
ただ一つ、はっきりしたことがある。
あの人は、自分を罰する場所を、ずっと探している。
――そして、きっと。
それは、俺も同じだ。