ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
その日の夜、どうしても眠れなかった。
昼の事故が、頭の奥で何度も再生される。星君の無言の背中が、やけに重く残っていた。
水でも飲もうと思って廊下に出た。
消灯後の学園は静かで、窓の外の街灯だけが床を照らしている。
曲がり角の先で、淡い光が揺れていた。
スマホの画面だ。
窓際に、星君がいた。
壁に寄りかかり、片手でスマホを見つめている。
「……星君?」
思わず、声が出た。
呼びかけると、星君は一瞬だけ視線を上げた。
「起きてたんですか」
そう言った俺の声は、少し上ずっていたかもしれない。
「……ああ」
短い返事。
それきり、また画面に目を落とす。
近づいて分かった。
星君の表情が、昼間よりずっと、何もなかった。
「さっきの事故、大丈夫でしたか」
聞かなくてもいいことだと分かっていた。
それでも、口が動いた。
「俺の心配か?」
「……いえ。そういうわけじゃ」
言い切れなかった。
本当は、昼のことが頭から離れなかっただけだ。
星君は、ふっと鼻で息を吐いた。
「平気だ。もう終わったことだろ」
終わった、という言葉が、妙に強く響いた。
「それ……」
俺は、星君のスマホに視線をやってしまった。
画面には、動画の再生バー。進んでいる。
「過去のこと、ですか」
踏み込みすぎだと分かっていた。
でも、止められなかった。
星君は、少しだけ間を置いてから答えた。
「確認してるだけだ」
「確認……ですか」
「俺が、何者だったかをな」
声は低く、感情がない。
それが、逆に怖かった。
「見る必要、ありますか」
言ってから後悔した。
星君の肩が、ほんの僅かに動く。
「見なきゃいけねぇんだよ」
そう言って、星君は再生を止めなかった。
「忘れたふりをするのは、楽だからな」
画面の光が、星君の顔を照らす。
その目は、逃げていなかった。ただ、諦めている。
俺は、それ以上、何も言えなかった。
「……すみません」
なぜ謝ったのか、自分でも分からない。
「謝るな」
即座に返ってくる。
「お前が背負う話じゃねぇ」
その言葉で、胸の奥が冷えた。
星君は、もう俺を見ていなかった。
スマホの画面だけを、じっと見つめている。
これ以上ここにいたら、
踏み込んではいけない場所に、足を入れてしまう気がした。
「……おやすみなさい、星君」
そう言って、俺はその場を離れた。
振り返らなかった。
背中越しに感じる気配が、あまりにも静かで、
それが一番、嫌だった。
あの夜、星君が見ていたものが何だったのか。
正確には分からない。
けれど、ひとつだけ確信していた。
――あれは、
自分を許さないために、わざわざ覗き込む過去だ。
そして、それが“始まり”になることを、
俺はもう、薄々感じてしまっていた。