ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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暗黒 Part7

 街が、少しずつ形を変え始めた。

 

 最初は気のせいだと思った。建物の配置が、さっきよりも僅かに歪んでいる。一本道だったはずの路地が、曲がっている。視界の端で、人影が増えたような、減ったような、曖昧な違和感。

 

 それでも確実に言えるのは――街が動いているという事実だった。

 

「……おかしい」

 

 思わず声が漏れる。

 さっきまで、この街は“留まる者のための場所”だった。沈黙し、変化せず、ただ歩かせるだけの空間。

 それが今は、まるで俺の進路を測るように、呼吸するように、形を変えている。

 

 足元の舗道に、ひび割れが走った。

 次の瞬間、その割れ目が、別の光景へと変わる。

 

 薄暗い室内。

 銃声。

 怒号と悲鳴。

 

 俺は足を止めた。

 

 壁一面に、映像のようなものが滲み出している。

 はっきりとした輪郭はない。だが、感情だけは生々しいほどに伝わってくる。

 

 ――これは、過去だ。

 

 星君が見てきたもの。

 星君が背負い続けている罪。

 

 路地を進むごとに、街はそれを“再現”し始めた。

 建物は、スラム街のように密集し、空気はさらに重くなる。

 人影は増えるが、誰一人として声を上げない。代わりに、視線だけが突き刺さる。

 

「……思い出させる気、満々ですね」

 

 答えは返ってこない。

 だが、街は確かに反応した。

 

 看板が軋み、外壁が剥がれ落ちる。その下から現れるのは、血の染み。

 洗っても落ちない、乾ききった赤黒い色。

 

「責めてるわけじゃない……でも、許してもいない」

 

 自分の言葉が、やけに遠くに響いた。

 

 その時だった。

 

「ちゃんと、見えてきたみたいだね」

 

 横合いから、声。

 

 振り向くと、あの“住人”が立っていた。

 さっき別れたはずの場所から、いつの間にか、すぐ隣に。

 

「……また、あなたですか」

 

「偶然だよ。ここは、同じ場所に戻りやすい」

 

 軽い口調。

 だが、その目は、街と俺の両方を同時に観察している。

 

「街が、変わり始めました」

 

「うん」

 

「あなた、何か知ってますよね」

 

 問いかけると、彼女は少しだけ楽しそうに口角を上げた。

 

「知ってる、って言い方は違うかな」

 

「じゃあ、何ですか」

 

「分かってる人の“見方”を知ってるだけ」

 

 遠回しだ。

 わざと核心を避けている。

 

「この街、さっきまで動いてなかった」

 

「留まる人のための場所だから」

 

「でも今は、俺に見せてきてる」

 

「だって、あなたは歩いてる」

 

 彼女は当たり前のように言った。

 

「歩く人には、見せるしかない」

 

 視線が、再び街へ向く。

 壁に映る過去が、さらに鮮明になる。

 引き金にかけられた指。倒れる影。血の匂いが、幻覚のように鼻を刺す。

 

「……これが、ナイトメアのやり方ですか」

 

「ナイトメア、ね」

 

 彼女はその言葉を、舌で転がすように繰り返した。

 

「それは名前を付けた側の都合だよ」

 

「じゃあ、これは何なんです」

 

「本人が、忘れなかったもの」

 

 背筋が、冷えた。

 

「忘れない、から……こうなる?」

 

「忘れないし、許せないし、終わらせない」

 

 淡々とした口調。

 そこに善悪はない。

 

「罪悪感って、便利なんだ。自分を罰し続けていれば、前に進まなくて済む」

 

「……」

 

「前に進んだら、もっと誰かを傷つけるかもしれないから」

 

 言葉が、胸に刺さる。

 

「だから、この街は裁かない」

 

「裁いたら、終わっちゃうから?」

 

「そう。終わらせないための街」

 

 街の奥で、何かが動いた。

 建物そのものが、ゆっくりと歪み、形を変える。

 城のような輪郭が、遠くに浮かび上がる。

 

「……中心、あそこですか」

 

 俺が呟くと、彼女は否定も肯定もしなかった。

 

「行けば分かる」

 

「あなたは、止めないんですね」

 

「止める理由がない」

 

 そして、少し間を置いて、こう続けた。

 

「あなたが、どうするのかを見る方が、ずっと面白い」

 

 はっきりとした悪意はない。

 だが、好意とも違う。

 

 ――観察者。

 

「信用はしません」

 

「それでいい」

 

「でも……この街のことは、使わせてもらう」

 

「どうぞ」

 

 あっさりとした返答。

 

 その直後だった。

 

 街が、完全に“語り始めた”。

 

 建物の壁が開き、そこから無数の影が溢れ出す。

 それらは人の形をしているが、顔がない。

 代わりに、胸の位置に穴が空いている。

 

 穴の奥に見えるのは、同じ光景。

 引き金。

 倒れる影。

 血。

 

 影たちは口を開かない。

 だが、街全体が声を持つ。

 

 ――忘れるな。

 ――お前が、やった。

 

 直接的な言葉じゃない。

 感情の圧だけが、押し寄せる。

 

 俺は歯を食いしばった。

 

「……これは、敵じゃない」

 

 倒すべき相手じゃない。

 

 ナイトメアは、星君の代わりに喋っているだけだ。

 罪を、闇を、終わらせないために。

 

 横を見ると、彼女は静かにその光景を眺めていた。

 どこか、満足そうに。

 

「ほら」

 

 小さな声。

 

「ここまで来た」

 

 俺は一歩、前に出る。

 城の輪郭が、はっきりする。

 

 その中心に、星君が“留まっている”場所があると、直感した。

 

 背後で、彼女が微笑んだ気配がした。

 

 それは、誰かを恋するような笑みではない。

 誰かが壊れる瞬間を、待ち望むような、歪んだ笑み。

 

 俺は振り返らなかった。

 

 今、向き合うべきは――

 この街が語る、星君の闇そのものだからだ。

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