ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
街が、少しずつ形を変え始めた。
最初は気のせいだと思った。建物の配置が、さっきよりも僅かに歪んでいる。一本道だったはずの路地が、曲がっている。視界の端で、人影が増えたような、減ったような、曖昧な違和感。
それでも確実に言えるのは――街が動いているという事実だった。
「……おかしい」
思わず声が漏れる。
さっきまで、この街は“留まる者のための場所”だった。沈黙し、変化せず、ただ歩かせるだけの空間。
それが今は、まるで俺の進路を測るように、呼吸するように、形を変えている。
足元の舗道に、ひび割れが走った。
次の瞬間、その割れ目が、別の光景へと変わる。
薄暗い室内。
銃声。
怒号と悲鳴。
俺は足を止めた。
壁一面に、映像のようなものが滲み出している。
はっきりとした輪郭はない。だが、感情だけは生々しいほどに伝わってくる。
――これは、過去だ。
星君が見てきたもの。
星君が背負い続けている罪。
路地を進むごとに、街はそれを“再現”し始めた。
建物は、スラム街のように密集し、空気はさらに重くなる。
人影は増えるが、誰一人として声を上げない。代わりに、視線だけが突き刺さる。
「……思い出させる気、満々ですね」
答えは返ってこない。
だが、街は確かに反応した。
看板が軋み、外壁が剥がれ落ちる。その下から現れるのは、血の染み。
洗っても落ちない、乾ききった赤黒い色。
「責めてるわけじゃない……でも、許してもいない」
自分の言葉が、やけに遠くに響いた。
その時だった。
「ちゃんと、見えてきたみたいだね」
横合いから、声。
振り向くと、あの“住人”が立っていた。
さっき別れたはずの場所から、いつの間にか、すぐ隣に。
「……また、あなたですか」
「偶然だよ。ここは、同じ場所に戻りやすい」
軽い口調。
だが、その目は、街と俺の両方を同時に観察している。
「街が、変わり始めました」
「うん」
「あなた、何か知ってますよね」
問いかけると、彼女は少しだけ楽しそうに口角を上げた。
「知ってる、って言い方は違うかな」
「じゃあ、何ですか」
「分かってる人の“見方”を知ってるだけ」
遠回しだ。
わざと核心を避けている。
「この街、さっきまで動いてなかった」
「留まる人のための場所だから」
「でも今は、俺に見せてきてる」
「だって、あなたは歩いてる」
彼女は当たり前のように言った。
「歩く人には、見せるしかない」
視線が、再び街へ向く。
壁に映る過去が、さらに鮮明になる。
引き金にかけられた指。倒れる影。血の匂いが、幻覚のように鼻を刺す。
「……これが、ナイトメアのやり方ですか」
「ナイトメア、ね」
彼女はその言葉を、舌で転がすように繰り返した。
「それは名前を付けた側の都合だよ」
「じゃあ、これは何なんです」
「本人が、忘れなかったもの」
背筋が、冷えた。
「忘れない、から……こうなる?」
「忘れないし、許せないし、終わらせない」
淡々とした口調。
そこに善悪はない。
「罪悪感って、便利なんだ。自分を罰し続けていれば、前に進まなくて済む」
「……」
「前に進んだら、もっと誰かを傷つけるかもしれないから」
言葉が、胸に刺さる。
「だから、この街は裁かない」
「裁いたら、終わっちゃうから?」
「そう。終わらせないための街」
街の奥で、何かが動いた。
建物そのものが、ゆっくりと歪み、形を変える。
城のような輪郭が、遠くに浮かび上がる。
「……中心、あそこですか」
俺が呟くと、彼女は否定も肯定もしなかった。
「行けば分かる」
「あなたは、止めないんですね」
「止める理由がない」
そして、少し間を置いて、こう続けた。
「あなたが、どうするのかを見る方が、ずっと面白い」
はっきりとした悪意はない。
だが、好意とも違う。
――観察者。
「信用はしません」
「それでいい」
「でも……この街のことは、使わせてもらう」
「どうぞ」
あっさりとした返答。
その直後だった。
街が、完全に“語り始めた”。
建物の壁が開き、そこから無数の影が溢れ出す。
それらは人の形をしているが、顔がない。
代わりに、胸の位置に穴が空いている。
穴の奥に見えるのは、同じ光景。
引き金。
倒れる影。
血。
影たちは口を開かない。
だが、街全体が声を持つ。
――忘れるな。
――お前が、やった。
直接的な言葉じゃない。
感情の圧だけが、押し寄せる。
俺は歯を食いしばった。
「……これは、敵じゃない」
倒すべき相手じゃない。
ナイトメアは、星君の代わりに喋っているだけだ。
罪を、闇を、終わらせないために。
横を見ると、彼女は静かにその光景を眺めていた。
どこか、満足そうに。
「ほら」
小さな声。
「ここまで来た」
俺は一歩、前に出る。
城の輪郭が、はっきりする。
その中心に、星君が“留まっている”場所があると、直感した。
背後で、彼女が微笑んだ気配がした。
それは、誰かを恋するような笑みではない。
誰かが壊れる瞬間を、待ち望むような、歪んだ笑み。
俺は振り返らなかった。
今、向き合うべきは――
この街が語る、星君の闇そのものだからだ。