ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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罪夜 Part1

 路地の先が、唐突に“別の路地”へ繋がり直した。さっきまで見えていた角は消え、代わりにレンガの壁が迫ってくる。街が息をするたび、道がねじれ、距離が伸びる。

 

「……っ、まただ」

 

 足元の舗道が、ぬるりと動く。現実の地面じゃない。これは星君の罪の意識が、俺の進行を拒んでいる。

 

「星君! どこですか!」

 

 返事はない。代わりに、遠くで乾いた打音が一つ鳴った。テニスボールが壁に当たったような音。胸の奥が、ひどく冷える。

 

「……お願いです。話をさせてください」

 

 声が吸い込まれていく。街灯の光が揺れ、影が増える。人影が路地の奥に滲み、顔のない“住人”たちが、無言で俺の進路を塞ぐ。

 

「ここまで来たのに……!」

 

 俺が一歩踏み出すと、住人たちが同時に動いた。いや、動かされた。街そのものが操っている。まるで俺と星君の間に、壁を何枚も挟むみたいに。

 

「……万津君」

 

 背後から、あの“住人の女”の声がした。振り向くと、彼女は細い路地の入口に立っている。相変わらず、街に溶け込む格好。相変わらず、目だけが異様に澄んでいる。

 

「あなた、また……!」

 

「急いで。今、街が“引き離す”方へ振れてる」

 

「分かってます。でも、あなたは何者なんですか。普通じゃない」

 

「普通じゃないのは、この街も同じでしょ」

 

 軽い調子。なのに、笑い方が薄い。俺は一瞬、言葉に詰まった。

 

「……星君に、会わせてください」

 

「会いたいの?」

 

「助けたいです。放っておけない」

 

 女は肩をすくめた。

 

「放っておいてほしいって人を?」

 

「それでもです」

 

「その“それでも”が、好きだな」

 

 ぞっとする言い方だった。褒めているのか、試しているのか分からない。

 

 その瞬間、街が唸った。風でも地鳴りでもない。感情の振動が、レンガの隙間から染み出してくるような音。

 

「……来る」

 

 女が小さく呟いたのと同時に、路地の壁が割れた。割れ目から飛び出してきたのは、テニスボール――ではない。球の形をした黒い塊だ。表面に縫い目のような亀裂が走り、内側から赤黒い光が脈打っている。

 

「っ、危ない!」

 

 俺が前に出た瞬間、黒い球が女の脇を掠めて壁に突き刺さった。レンガが腐った肉みたいに崩れ、穴が開く。臭いはないのに、喉の奥が吐き気で詰まる。

 

「……街が、あなたも襲うんですね」

 

「うん。たぶん、余計なものは全部排除したい」

 

「余計って……」

 

 言いかけたところで、二発目。三発目。黒い球が雨のように飛ぶ。住人の影が増殖し、路地の出口を塞いでいく。

 

「星君! 聞こえてますよね!」

 

 答えはない。代わりに、街の壁という壁に、過去の断片が滲んだ。銃声、悲鳴、倒れる影。引き金にかかる指。血の色だけが、やけに鮮明だ。

 

 そして――路地の奥に、やっと見えた。

 

 小柄な背中。無精ひげ。視線は地面に落ちたまま。星君が、そこに“居た”。逃げてもいないし、隠れてもいない。ただ、最初からここに座っていたみたいに、動かない。

 

「星君……!」

 

 俺が呼ぶと、星君の肩が僅かに揺れた。こちらを見ない。見ないまま、低い声だけが返ってくる。

 

「来るな」

 

「来ます。来なきゃいけないんです」

 

「放っておけ」

 

「放っておけません」

 

 星君の指が、何かを握りしめる。ラケットではない。ボールでもない。けれど、その手つきだけで分かる。あの人の過去は、テニスと癒着している。

 

「お前が来たせいで、街がうるさくなる」

 

「うるさくしてるのは街です! 星君じゃない!」

 

 星君が初めて顔を上げた。目は冷えていて、底が見えない。怒りではなく、静かな拒絶だ。

 

「俺の中だ。俺がうるさいんだよ」

 

「……」

 

「助ける側の顔をするな。ここに持ち込むな」

 

 胸の奥が痛んだ。だけど、足は止まらない。

 

「星君の中が闇でも、罪でも、それでも――」

 

「罪だよ」

 

 星君の声が、少しだけ強くなった。街の壁が呼応して震える。レンガの隙間から黒い球が生まれ、また飛び始める。

 

「俺は、テニスで人を殺した」

 

 その一言で、世界がさらに冷えた。空が低くなる。街灯の光が、罪悪感の重さで沈んでいく。

 

「……星君」

 

「ボールを打つ。狙った場所に入れる。相手が倒れる。……ただ、それだけだ」

 

 星君の目が、遠くを見ている。俺ではなく、過去の的を見ている。

 

「拍手も歓声もない。あるのは音だけだ。乾いた打音。壁に当たる音。……骨に当たる音」

 

「やめてください」

 

「やめられねぇんだよ。忘れたら、俺は次に進む。次に進んだら、また誰かを巻き込む」

 

 街が吠えた。住人の影が膨れ上がり、俺と星君の間に壁を作る。レンガがせり出し、路地が折り畳まれて距離が伸びる。

 

「……引き離す気か!」

 

 黒い球が女の足元を抉った。彼女がバランスを崩し、壁に肩をぶつける。

 

「っ……」

 

「大丈夫ですか!」

 

 俺が駆け寄ろうとすると、さらに影が押し寄せる。街が言っている。余計なものを排除しろ。救いを持ち込むな。罪だけを残せ。

 

「……っ、くそ」

 

 考える暇はない。星君に近づけないなら、まず生き残らせる。巻き込まれた人間を守る。たとえそれが、怪しい相手でも。

 

「――変身」

 

 ゼッツドライバーを押し込む。腹の底でスイッチが入る感覚。世界の遅延が薄れ、音が輪郭を持つ。

 

 

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