ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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淫夢

正月というものは、人をダメにする行事だ。

 少なくとも俺は、目の前の大人を見てそう確信した。

 

「はぁ……正月だなぁ……」

 

 伊達要は、まるで人生を一周したみたいな顔で椅子に沈んでいた。

 

「まだ三日目ですけど」

 

「三日あれば十分だ」

 

「何がですか」

 

「煩悩が戻る」

 

 最原が即座に反応した。

 

「伊達さん、単語選びを――」

 

「万津、除夜の鐘って何回鳴るか知ってるか?」

 

「108回です」

 

「なんで?」

 

「煩悩が108個あるからです」

 

「よし」

 

 伊達が満足そうに頷く。

 

「じゃあ質問だ。あれ、本当に消えてると思うか?」

 

「……消えてないんですか?」

 

「最原」

 

 伊達は俺じゃなく最原を見た。

 

「お前はどう思う?」

 

「……」

 

 最原は眼鏡を押し上げる。

 

「煩悩とは精神的執着の総称であり、

 一時的に抑制されても完全消失は理論上――」

 

「要するに?」

 

「……減るだけです」

 

「減った後は?」

 

「……」

 

「最原」

 

「……増えます」

 

「いつ?」

 

「……環境刺激によって」

 

「例えば?」

 

「……正月」

 

 伊達が笑った。

 

「はい、自分で言った」

 

「っ……!」

 

「煩悩は年越しで減る。だが正月で倍になる」

 

「倍は言ってません!」

 

「気分の問題だ」

 

 俺は首を傾げた。

 

「でも、それって普通じゃないですか?」

 

 二人が同時に俺を見る。

 

「欲があるから人は行動するんですよね」

 

「……」

 

「ゼロだったら何もしたくなくなります」

 

「……」

 

「それって、生きてないのと同じじゃないですか?」

 

 伊達が真顔になった。

 

「……万津」

 

「はい」

 

「今、お前は正論で俺を殴った」

 

「え」

 

 最原が小さく頷く。

 

「致命傷です」

 

「そうか……」

 

 伊達は椅子にもたれた。

 

「じゃあ聞くが」

 

「はい」

 

「お前は煩悩、何個ある?」

 

「数えたことないです」

 

「だろ?」

 

 伊達はニヤリとする。

 

「正月ってのはな、

 自分の煩悩を数え始める行事なんだ」

 

「それ、楽しいですか?」

 

「楽しくはない」

 

「じゃあなんでやるんですか」

 

「やらないと、大人は暴走する」

 

 最原が咳払いした。

 

「伊達さん、それ自白になってませんか」

 

「なるな」

 

「なってます」

 

 伊達は無視した。

 

「最原。お前、初詣行ったか?」

 

「……行きました」

 

「願い事は?」

 

「……書きました」

 

「煩悩だな」

 

「違います! 健全な――」

 

「願った時点で煩悩だ」

 

「……」

 

「内容は?」

 

「……言いません」

 

「言えない時点で煩悩だ」

 

 最原が机に額を打ちつけた。

 

「……論理の罠だ……」

 

 俺は感心した。

 

「伊達さん、すごいですね」

 

「何がだ」

 

「人を煩悩まみれにするの、上手いです」

 

「褒めてないだろ」

 

「事実です」

 

 伊達は苦笑した。

 

「じゃあ逆に聞く」

 

「はい」

 

「煩悩がない人間って、どう思う?」

 

「怖いです」

 

「だろ?」

 

「何考えてるか分からないですし」

 

「つまり?」

 

「煩悩はあった方が安全です」

 

 伊達が指を鳴らした。

 

「正解」

 

 最原が顔を上げる。

 

「……つまり、伊達さんは」

 

「うん?」

 

「安全な大人、ということですか?」

 

 沈黙。

 

 伊達はゆっくりと言った。

 

「……そう解釈してくれると助かる」

 

「でも」

 

 俺は続けた。

 

「煩悩が多すぎると危険ですよね」

 

「……」

 

「制御できてないってことですし」

 

「……」

 

「伊達さん、制御してます?」

 

「……」

 

 最原が小声で言った。

 

「万津、今のは追撃です」

 

「え?」

 

 伊達は深くため息をついた。

 

「……正月に後輩二人から精神分析されるとは思わなかった」

 

「煩悩のせいですか?」

 

「お前のせいだ」

 

 最原がぼそっと言う。

 

「……今年の目標が決まりました」

 

「何だ」

 

「余計な理屈を言わない」

 

「遅い」

 

 俺は少し考えた。

 

「じゃあ僕の目標も決めました」

 

「聞きたくない予感がする」

 

「煩悩を否定しないけど、

 煩悩を言い訳にしない大人になります」

 

 伊達は苦笑した。

 

「……それが一番キツい」

 

「煩悩、減らせそうですか?」

 

「無理だな」

 

「正月なのに」

 

「正月だからだ」

 

 最原が小さく笑った。

 

 結論。

 正月は、人間の煩悩が一番うるさい。

 そして一番、静かに反省する。

 

 たぶんそれが、大人の年明けだ。

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