ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
街が、完全に敵意を剥き出しにした。
殴れば壊れる。
だが、壊した分だけ――距離が伸びる。
「……っ、ふざけるな」
瓦礫を蹴散らして前に出た瞬間、足元の路地が折り畳まれた。視界が歪み、さっきまで五メートル先に見えていたはずの場所が、急に“遠く”なる。物理的な距離じゃない。到達までに必要な時間そのものが、引き延ばされている。
星君のいる区画が、上昇していく。
鉄格子が降り、シャッターが閉じ、壁がスライドして重なっていく。
「……閉じる気か!」
返事の代わりに、街が動いた。
左右の建物が迫り、背後の路地が消える。前方には、巨大なエレベーターシャフトのような縦穴。底が見えない。
落ちる時間すら、街に奪われる。
「っ……!」
俺は踏み切り、フィジカムインパクトの力で正面の壁を殴り抜いた。
拳がめり込み、衝撃波が炸裂する。
――ドン!!
レンガが砕け、壁が吹き飛ぶ。
だが、その向こうにあったのは、また別の路地だった。
「……まだ、遠いのかよ」
視界の奥。
星君は、確かに見える。
なのに、近づくほど、遠ざかる。
街の演出が変わった。
信号機が点滅し始める。赤、黄、赤。
壁に投影される影の時計。針が、不自然な速さで回っている。
「……時間制限、か」
星君の区画が、ゆっくりと沈み始めた。
闇に、飲み込まれていく。
「……来るな」
遠くから、星君の声が聞こえた。
怒りでも拒絶でもない。諦め切った声。
「ここに、留まる」
「……っ!」
胸の奥が、軋む。
それでも、止まれない。
その時、背後で爆音がした。
「――っ!」
振り向いた瞬間、瓦礫が崩れ、あの住人の女が転がるように倒れた。
黒い影が、彼女に向かって伸びている。
「……くそっ!」
分かってる。
これが、街の狙いだ。
俺が、見捨てられないことを。
「大丈夫ですか!」
迷わず駆け寄り、影を殴り飛ばす。
衝撃が走り、影が散る。
「……優しいね」
女は、相変わらず薄く笑った。
「違います。ただの判断です」
「その判断が、時間を奪う」
「……分かってます」
分かってる。
分かってるから――余計に、歯を食いしばる。
星君の区画が、さらに沈む。
カウントダウンが進む。
俺は女を抱え上げ、前を向いた。
「……行きます」
「抱えたまま?」
「置いていく選択肢は、ない」
街が吠えた。
壁が迫り、路地が折れ、影が拳の形を取って襲いかかる。
「邪魔、するな……!」
フィジカムインパクト。
正面突破の力。
殴る。
壊す。
進む。
だが――遅い。
殴れば殴るほど、街は再構築される。
壊せば壊すほど、距離が延びる。
「……足りない」
力は、足りている。
でも――時間が、足りない。
星君の声が、また聞こえた。
「……助けるな」
「……」
「俺を助けたら、お前も……」
その先は、聞かなかった。
「……それでも、行きます」
俺は前を見る。
沈みかけた区画。
残り、わずかな時間。
フィジカムインパクトでは、間に合わない。
「……だったら」
俺は、腰の奥に意識を落とす。
最後まで、使うつもりはなかった。
けれど――今しかない。
ポケットの中。
指先が、冷たい感触に触れる。
「……最期の切札だ」
それを取り出した瞬間、街のノイズが一瞬、消えた。
遠くで、雷鳴が響く。
女が、息を呑むのが分かった。
「……それ、使うんだ」
「はい」
俺は彼女を下ろし、ゼッツドライバーに向き直る。
「間に合わせます」
カプセルを、はっきりと装填する。
――カチリ。
雷光が、視界を白く染めた。
時間が、跳ねる。
「……絶望より、早く」
俺の姿が、光の中で掻き消える。
――雷が、落ちた。
轟音でも閃光でもない。
世界のルールそのものが書き換えられる音だった。
『グッドモーニング!』
ゼッツドライバーから響いた声に、街が一瞬、硬直する。
信号の点滅が止まり、沈んでいく区画の動きが鈍る。
ナイトメアが、“何かを誤算した”空気が、はっきりと伝わってきた。
『イ・ナ・ズ・マ!』
雷光が、俺の足元から立ち上がる。
地面を走り、壁を這い、空へと駆け上がる稲妻。
それは破壊の光じゃない。前へ進むための軌跡だ。
身体が、軽くなる。
いや、軽いなんて言葉じゃ足りない。
思考が、跳ねる。
視界が、重なる。
街全体の構造が、一瞬で“理解できる距離”に縮む。
『ライダー!』
装甲が、雷の粒子として分解され、再構築される。
フィジカムインパクトの重さが消え、代わりに全身を走るのは――加速の予感。
『ゼッツ・ゼッツ・ゼッツ!』
名前を呼ばれるたび、心臓が一段速く打つ。
時間の流れが、外側に押し出される。
街が、悲鳴を上げた。
ナイトメアが、慌てて街を動かそうとする。
だが――遅い。
『プラズマ!』
雷が、俺を包み込む。
姿が、一瞬だけ掻き消える。
その刹那、俺は確信していた。
――間に合う。
――絶望より、早く。
次の瞬間。
光の中から現れた俺は、もう“そこ”にいた。
『プラズマ!』
時間差で、街が崩れ落ちる。
遅れて、雷鳴が響いた。
星君のいる区画が、はっきりと視界に入る。
沈む前に。
閉じ切る前に。
俺は、前を向いた。
「……行きます、星君」
イナズマプラズマ。
それは、最期の切札であり、
絶望よりも早く、希望へ辿り着くための――答えだった。