ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
雷光が視界を塗り潰した次の瞬間、街の“距離”が壊れた。
さっきまで、殴っても殴っても遠ざかっていたはずの星君の区画が、突然、目の前にある。信号の点滅も、壁に投影された影時計も、途中で凍りついたみたいに止まっている。
ナイトメアが操っていた「間に合わない」というルールが、稲妻の一本で断ち切られた。
俺は息を吸う。肺の奥が焼ける感覚がする。
身体が軽い。軽すぎる。思考が速すぎて、逆に静かだ。
街が最後の抵抗を見せた。レンガが盛り上がり、路地そのものが巨大な拳へ変わって振り下ろされる。
フィジカムインパクトなら、正面から殴り返していただろう。だが今は違う。
殴り合いで勝つ必要がない。
“到達”すれば終わる。
イナズマブラスターをアローモードへ構えると、光の弦が張られ、空間が引き絞られた。
照準が展開される。狙うのは拳ではない。街でもない。
この世界を動かしている“核”――星君の罪悪感が沈殿した中心、シティナイトメアの本体だ。
『プラズマ・オン!』
雷が腕に集まる。皮膚の下を走る電流の幻覚が、骨の内側まで刺さる。
『ボルテージ!ワン!』
『ボルテージ!ツー!』
『ボルテージ!スリー!』
『フルマックス!』
街の拳が、振り下ろされる。
その速度は速い。けれど――今の俺にとっては、遅い。
『ターゲット・ロック』
照準が一点に収束する。
俺は引き絞り、迷いなく放った。
『プ・ラ・ズ・マ!サン・ダー!』
『ファイア!』
光の矢が放たれた瞬間、音が消えた。
世界が一拍遅れて理解するより先に、矢は“そこ”へ到達している。
シティナイトメアの核が、白く裂けた。爆発ではない。燃焼でもない。
内部から光が漏れ、次の瞬間、街の秩序がほどけていく。
レンガは崩れるのではなく、意味を失う。影は散るのではなく、所在を失う。
罪を再生していた仕掛けだけが、解体される。
巨大な拳は、空中で止まり、形を保てずに崩れ落ちた。
遅れて雷鳴が轟く。ようやく音が追いついた頃には、勝負は終わっていた。
沈黙が降りる。
星君の区画が、それ以上沈まなくなった。
街はもう、俺と星君の間に距離を作れない。
俺は一歩、踏み出す。
――助けるために。
そのはずなのに、胸の奥に残るのは、勝利の感触じゃなかった。
これは「倒した」じゃない。
星君の闇の“形”を、ひとつ剥がしただけだ。
雷が消えた後、街は音を失った。
崩れ落ちるはずだったレンガは途中で力を失い、ただの影の粒子みたいに空へ溶けていく。さっきまで俺たちを拒んでいた距離の感覚も、嘘みたいに消えていた。
「……終わった、のか」
そう呟いた瞬間、膝が震えた。
立っていられないほどじゃない。けれど、全身が鉛に置き換わったみたいに重い。筋肉痛に似た痛みが、少し遅れて波のように押し寄せてくる。
――使い切った。
それが、はっきり分かった。
視線を上げると、星君がいた。
もう、街に閉じ込められてはいない。沈んでいた区画も、止まっている。
けれど。
星君は、こちらを見なかった。
助けたはずなのに。
ナイトメアは倒したはずなのに。
星君は、拳を握ったまま、地面を見つめている。
「……星君」
声をかけても、返事はない。
その足元に、ほんの一瞬だけ――影が揺れた。
街が消えきらなかった名残。
罪の意識の“核”が、断片になって、どこかへ逃げていく感覚。
「……全部は、終わってない、か」
それでも、今は追えない。
追う力が、残っていない。
その時、背後で小さな足音がした。
「……助かった」
住人の女だ。
瓦礫の影から現れ、こちらを見ている。
さっきまで抱えていた重さが、まだ腕に残っている気がした。
「怪我は?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
その笑顔は、相変わらず街に溶け込むものだった。
けれど、目だけが違う。
雷を見た目だ。
消える瞬間も、現れる瞬間も、全部。
観測するみたいに、俺を見ている。
「……もう、ここは危ないです。離れて」
「そうだね。でも――」
女は一歩近づき、声を落とした。
「あなた、面白いよ」
「……今、それ言う場面じゃないです」
「うん。でも、事実」
理由は聞かなかった。
聞く余裕もなかった。
視界が、ぐらりと揺れる。
「……っ」
踏ん張ろうとして、力が入らない。
膝が地面に触れる。
通信が、耳元で弾けた。
『万津君、もう限界っす! プラズマ、完全にオーバーロードしてる!』
「……分かってます」
息を整えようとするが、思考が鈍い。
さっきまでの速さが、嘘みたいだ。
『今は撤退! これ以上は危険!』
「……星君は」
視線を向けると、星君はまだ、立っていた。
助かったはずなのに、前に進く様子はない。
「……俺、助けましたよね」
独り言みたいに呟く。
答えは、ない。
女が、その様子をじっと見ていた。
その表情が、一瞬だけ歪む。
嬉しそうにも、悲しそうにも見える、不気味な揺らぎ。
「……完全な救いじゃ、なかったね」
「……」
「でも、それでもやるんでしょ」
肯定でも否定でもない言い方。
まるで、結論を知っているみたいな声。
俺は、答えなかった。
答える力も、残っていなかった。
『万津君、強制離脱入るっす!』
視界が、白くなる。
星君を、最後に見る。
その背中は、まだ重そうだった。
――勝った。
けれど、終わっていない。
プラズマイナズマは、確かに切札だった。
でも、それは「全部を救う答え」じゃない。
そう理解したまま、俺は意識を手放した。
次に目を覚ました時、
この闇は、きっと別の形で――また、現れる。