ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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罪夜 Part5

 雷光が視界を塗り潰した次の瞬間、街の“距離”が壊れた。

 

 さっきまで、殴っても殴っても遠ざかっていたはずの星君の区画が、突然、目の前にある。信号の点滅も、壁に投影された影時計も、途中で凍りついたみたいに止まっている。

 ナイトメアが操っていた「間に合わない」というルールが、稲妻の一本で断ち切られた。

 

 俺は息を吸う。肺の奥が焼ける感覚がする。

 身体が軽い。軽すぎる。思考が速すぎて、逆に静かだ。

 

 街が最後の抵抗を見せた。レンガが盛り上がり、路地そのものが巨大な拳へ変わって振り下ろされる。

 フィジカムインパクトなら、正面から殴り返していただろう。だが今は違う。

 

 殴り合いで勝つ必要がない。

 “到達”すれば終わる。

 

 イナズマブラスターをアローモードへ構えると、光の弦が張られ、空間が引き絞られた。

 照準が展開される。狙うのは拳ではない。街でもない。

 この世界を動かしている“核”――星君の罪悪感が沈殿した中心、シティナイトメアの本体だ。

 

『プラズマ・オン!』

 

 雷が腕に集まる。皮膚の下を走る電流の幻覚が、骨の内側まで刺さる。

 

『ボルテージ!ワン!』

『ボルテージ!ツー!』

『ボルテージ!スリー!』

『フルマックス!』

 

 街の拳が、振り下ろされる。

 その速度は速い。けれど――今の俺にとっては、遅い。

 

『ターゲット・ロック』

 

 照準が一点に収束する。

 俺は引き絞り、迷いなく放った。

 

『プ・ラ・ズ・マ!サン・ダー!』

『ファイア!』

 

 光の矢が放たれた瞬間、音が消えた。

 世界が一拍遅れて理解するより先に、矢は“そこ”へ到達している。

 

 シティナイトメアの核が、白く裂けた。爆発ではない。燃焼でもない。

 内部から光が漏れ、次の瞬間、街の秩序がほどけていく。

 レンガは崩れるのではなく、意味を失う。影は散るのではなく、所在を失う。

 罪を再生していた仕掛けだけが、解体される。

 

 巨大な拳は、空中で止まり、形を保てずに崩れ落ちた。

 遅れて雷鳴が轟く。ようやく音が追いついた頃には、勝負は終わっていた。

 

 沈黙が降りる。

 

 星君の区画が、それ以上沈まなくなった。

 街はもう、俺と星君の間に距離を作れない。

 

 俺は一歩、踏み出す。

 ――助けるために。

 そのはずなのに、胸の奥に残るのは、勝利の感触じゃなかった。

 

 これは「倒した」じゃない。

 星君の闇の“形”を、ひとつ剥がしただけだ。

 

 雷が消えた後、街は音を失った。

 

 崩れ落ちるはずだったレンガは途中で力を失い、ただの影の粒子みたいに空へ溶けていく。さっきまで俺たちを拒んでいた距離の感覚も、嘘みたいに消えていた。

 

「……終わった、のか」

 

 そう呟いた瞬間、膝が震えた。

 

 立っていられないほどじゃない。けれど、全身が鉛に置き換わったみたいに重い。筋肉痛に似た痛みが、少し遅れて波のように押し寄せてくる。

 

 ――使い切った。

 

 それが、はっきり分かった。

 

 視線を上げると、星君がいた。

 もう、街に閉じ込められてはいない。沈んでいた区画も、止まっている。

 

 けれど。

 

 星君は、こちらを見なかった。

 

 助けたはずなのに。

 ナイトメアは倒したはずなのに。

 

 星君は、拳を握ったまま、地面を見つめている。

 

「……星君」

 

 声をかけても、返事はない。

 その足元に、ほんの一瞬だけ――影が揺れた。

 

 街が消えきらなかった名残。

 罪の意識の“核”が、断片になって、どこかへ逃げていく感覚。

 

「……全部は、終わってない、か」

 

 それでも、今は追えない。

 追う力が、残っていない。

 

 その時、背後で小さな足音がした。

 

「……助かった」

 

 住人の女だ。

 瓦礫の影から現れ、こちらを見ている。

 

 さっきまで抱えていた重さが、まだ腕に残っている気がした。

 

「怪我は?」

 

「うん、大丈夫。ありがとう」

 

 その笑顔は、相変わらず街に溶け込むものだった。

 けれど、目だけが違う。

 

 雷を見た目だ。

 消える瞬間も、現れる瞬間も、全部。

 

 観測するみたいに、俺を見ている。

 

「……もう、ここは危ないです。離れて」

 

「そうだね。でも――」

 

 女は一歩近づき、声を落とした。

 

「あなた、面白いよ」

 

「……今、それ言う場面じゃないです」

 

「うん。でも、事実」

 

 理由は聞かなかった。

 聞く余裕もなかった。

 

 視界が、ぐらりと揺れる。

 

「……っ」

 

 踏ん張ろうとして、力が入らない。

 膝が地面に触れる。

 

 通信が、耳元で弾けた。

 

『万津君、もう限界っす! プラズマ、完全にオーバーロードしてる!』

 

「……分かってます」

 

 息を整えようとするが、思考が鈍い。

 さっきまでの速さが、嘘みたいだ。

 

『今は撤退! これ以上は危険!』

 

「……星君は」

 

 視線を向けると、星君はまだ、立っていた。

 助かったはずなのに、前に進く様子はない。

 

「……俺、助けましたよね」

 

 独り言みたいに呟く。

 

 答えは、ない。

 

 女が、その様子をじっと見ていた。

 その表情が、一瞬だけ歪む。

 

 嬉しそうにも、悲しそうにも見える、不気味な揺らぎ。

 

「……完全な救いじゃ、なかったね」

 

「……」

 

「でも、それでもやるんでしょ」

 

 肯定でも否定でもない言い方。

 まるで、結論を知っているみたいな声。

 

 俺は、答えなかった。

 答える力も、残っていなかった。

 

『万津君、強制離脱入るっす!』

 

 視界が、白くなる。

 

 星君を、最後に見る。

 その背中は、まだ重そうだった。

 

 ――勝った。

 けれど、終わっていない。

 

 プラズマイナズマは、確かに切札だった。

 でも、それは「全部を救う答え」じゃない。

 

 そう理解したまま、俺は意識を手放した。

 

 次に目を覚ました時、

 この闇は、きっと別の形で――また、現れる。

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