ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

120 / 255
罪夜 Part6

視界が白く弾け、次の瞬間、肺に現実の空気が流れ込んできた。

 

「……っ、はぁ……」

 

 天井が見える。無機質な照明。耳に残るのは機械の微かな駆動音だけで、さっきまでの街の気配は、嘘みたいに消えていた。身体を起こそうとして、失敗する。

 

『無理しないで。脳波、まだ安定してない』

 

 左耳でアイボゥの声がした。いつもより少し低い。冗談を挟む余裕はなさそうだ。

 

「……どれくらい、寝てました?」

 

『意識消失から七分四十秒。短いけど、今の君には十分長い』

 

 七分。

 

 たったそれだけで、世界は一歩先に進もうとしている。

 

 足音が近づく気配がした。

 

「起きたか」

 

 伊達さんだ。腕を組んで、俺を見下ろしている。その顔は、いつもの軽さが抜け落ちていた。

 

「……すみません」

 

「謝るな。仕事だ」

 

 そう言い切った後、伊達さんは視線を俺から外し、部屋の奥へ向かって顎をしゃくった。

 

「来い。歩けるか」

 

「……はい」

 

 正直、強がりだった。でも、ここで止まるわけにはいかない。支えられながら隣のブリーフィングルームに入ると、中央のテーブルの上に、見慣れない物が置かれていた。

 

 黒いトランクケース。

 

 軍用にも見える、無駄のない造り。

 

 ただそこにあるだけなのに、妙な圧を感じる。

 

「……それ、何ですか」

 

 口に出した瞬間、空気が一段重くなった。

 

 伊達さんはトランクの前に立ち、しばらく黙ったまま、ロックに手をかけた。

 

「ABISの新規開発品だ」

 

『正確には“開発途中”ね』

 

 アイボゥが補足する。

 

『君の戦闘データをベースにした試作システム。現段階では実戦投入不可』

 

 嫌な予感が、背骨を伝って上がってきた。

 

「……俺の、データ?」

 

「全部だ。初戦から、さっきのプラズマまで」

 

 伊達さんはそう言って、ロックを外した。

 

 カチリ、という乾いた音。

 

 蓋が持ち上がり、中が露わになる。

 

 そこに収まっていたのは、ベルトだった。

 

 ゼッツドライバーとは似ても似つかない。色も、形も、思想も違う。余計な装飾はなく、冷たいほど合理的で、まるで“人が使う前提”を後回しにした機械みたいだった。

 

「……」

 

 喉が鳴る。

 

「これは……」

 

「まだ決まってない」

 

 俺の言葉を遮るように、伊達さんが言った。

 

「誰が使うかも、使えるかもな」

 

『適合条件は未確定。成功率は――低い』

 

 アイボゥの声は淡々としている。だからこそ、余計に怖い。

 

「じゃあ、なんで……」

 

「お前が限界だからだ」

 

 即答だった。

 

「今回みたいなのが続けば、次は戻ってこれない可能性がある」

 

 反論しようとして、言葉が詰まった。

 

 事実だからだ。

 

「これは代わりじゃない」

 

 伊達さんは、トランクの中のドライバーから目を離さずに続ける。

 

「空白を埋めるための“器”だ。誰かが倒れた時、世界が止まらないようにするためのな」

 

『使われない可能性も高い。むしろ、その方がいい』

 

 アイボゥが言う。

 

『でも、“何もない”状態は、もっと危険』

 

 

 

トランクが閉じられる。

 

 カチリ、という音が、やけに冷たく響いた。

 

 俺は、しばらくその黒いケースから目を離せなかった。

 

 まだ、何も決まっていない。

 

 そう言われたはずなのに、胸の奥に重たい感覚が残る。

 

「……誰が、使うんですか」

 

 自分でも驚くほど、静かな声だった。

 

 伊達さんは、すぐには答えなかった。

 

 視線を俺から外し、壁際のモニターに映る解析ログへ向ける。

 

「それを、今決める段階じゃない」

 

『現時点では候補すら存在しないわ』

 

 アイボゥの声が続く。

 

『適合条件は未確定。君のような明晰夢保持者を前提にしていない以上、誰が安全に使えるかは分からない』

 

「……じゃあ」

 

 言葉を選びながら、続ける。

 

「誰でも、使える可能性があるってことですか」

 

 それは、安心でもあり、同時に恐怖でもあった。

 

「“誰でも”じゃない」

 

 伊達さんが、はっきり否定した。

 

「“誰か”だ。必要に迫られた時、引き受ける覚悟を持った誰か」

 

 その言葉が、胸に刺さる。

 

 必要に迫られた時。

 

 それはつまり、俺が出られない時だ。

 

「……俺が、倒れた後」

 

 無意識に口にしていた。

 

 伊達さんは否定しなかった。

 

『だからこそ、今は触らせない』

 

 アイボゥの声が、いつもより硬い。

 

『誰が使うかを考え始めた瞬間、このドライバーは“選択”を迫る存在になる』

 

 選択。

 

 誰かが、俺の代わりに夢の中へ行く。

 

 誰かが、俺と同じ場所に立つ。

 

 その顔が、まだ浮かばないのが、救いなのか。

 

 それとも、ただの先延ばしなのか。

 

「……使われないまま、終わる可能性もありますよね」

 

「ある」

 

 伊達さんは即答した。

 

「むしろ、それが一番いい」

 

 そう言い切ったあと、少しだけ声を落とす。

 

「だがな。備えがないまま、その時を迎えるのは……もっと悪い」

 

 俺は、トランクケースから目を離した。

 

 まだ誰のものでもない。

 

 まだ、誰も選ばれていない。

 

 それなのに、確かにそこにある。

 

 ――もし次が来たら。

 

 ――もし俺が、立てなかったら。

 

 その時、このベルトは、誰の腰に巻かれるんだろう。

 

 答えのない疑問だけが、胸の奥に沈んでいった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。