ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

122 / 253
影夢 Part2

 ドアの向こうから聞こえてきた声が、ふっと途切れた。

 それを合図にしたように、僕はようやく息を吐いた。

 

(……聞いて、しまったな)

 

 最原終一――僕は、廊下の壁に背を預けたまま、動けずにいた。

 盗み聞きするつもりなんてなかった。ただ、万津が戻ってきたと聞いて、様子を見に来ただけだったのに。

 

(使用回数……戻れない……代打……)

 

 頭の中で、言葉だけが反響する。

 どれも、軽く扱っていい言葉じゃない。

 

 ノクスドライバー。

 使うたびに、何かを失っていく装置。

 

(そんなものを……誰が使うっていうんだ)

 

 ゼッツは、万津の力だ。

 明晰夢という、彼だけの特別な能力があるからこそ成立している。

 

 でも、ノクスは違う。

 誰にでも使える可能性がある代わりに、誰でも壊れる。

 

(……それって、選択じゃない)

 

 犠牲を選ぶだけだ。

 

 自分の影が床に落ちているのを見て、僕は思わず目を逸らした。

 影は、黙ってそこにあるだけなのに、なぜか重たく感じる。

 

(僕は……まだ、何もできない)

 

 それが、今の正直な答えだった。

 

 ***

 

 一方で、医療区画では、静かな焦燥が渦巻いていた。

 

 万津獏は、ベッドの端に腰掛けたまま、必死に自分の脚に力を込めていた。

 けれど、立ち上がろうとした瞬間、膝が笑い、身体が前のめりになる。

 

「っ……!」

 

 倒れる寸前で、伊達が肩を掴んだ。

 

「無茶すんな」

 

「……すみません。でも……」

 

 万津は歯を食いしばる。

 視界が揺れる。頭の奥が、ズキリと痛んだ。

 

『筋力出力、基準値以下。神経反応遅延、顕著です』

 

 アイボゥの無機質な声が、現実を突きつける。

 

「……まだ、行けます」

 

 その言葉は、震えていた。

 けれど、目だけは逸らさない。

 

「星のところに……行かなきゃ」

 

 伊達は、しばらく黙って万津を見ていた。

 その沈黙が、何より重い。

 

「今のお前で、あそこに行ったらどうなるか分かってるか」

 

「……分かってます」

 

 分かっている。

 身体が動かないことも、次に無理をすれば取り返しがつかないかもしれないことも。

 

 それでも――。

 

「でも、放っておけないんです」

 

 万津の声は、弱い。

 けれど、その奥にある意思は、揺れていなかった。

 

『現在の状態での戦闘行動は推奨されません』

 

 アイボゥが即座に警告する。

 

『プラズマ形態使用後の精神負荷が残留しています。このまま行動を続けた場合、行動不能に陥る確率が高い』

 

「……それでも」

 

 万津は、ベッドから手を離し、ふらつきながらも一歩踏み出した。

 

(動け……動け……)

 

 脚が重い。

 感覚が遅れる。

 まるで、身体が自分のものじゃないみたいだ。

 

「万津」

 

 伊達の声が、低く響く。

 

「お前が倒れたら、誰が星を助ける」

 

 その一言に、万津は一瞬だけ言葉を失った。

 

(……そうだ)

 

 助けたい。

 でも、倒れてしまったら意味がない。

 

『合理的判断としては、待機が最善です』

 

 アイボゥの言葉は、正しい。

 正しすぎるほどに。

 

 万津は、拳を握りしめた。

 

「……分かってます。でも」

 

 視線が、部屋の隅に置かれたトランクケースへと向く。

 まだ閉じられたままの、ノクスドライバー。

 

(あれを使えば……)

 

 そんな考えが、脳裏をよぎる。

 

 だが、すぐに首を振った。

 

(ダメだ。今は……)

 

 伊達も、その視線に気づいたのか、ケースの前に立つ。

 

「まだ使わない。誰が使うかも決まってない」

 

『現段階での使用は、推奨できません』

 

 アイボゥが重ねる。

 

 万津は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……分かりました」

 

 そう言いながらも、その表情には、納得とは違う色が残っている。

 

(それでも……行かなきゃいけない時が来る)

 

 星は、今も悪夢の中にいる。

 自分の罪に縛られて、街に留まり続けている。

 

 助けを待っているわけじゃないかもしれない。

 それでも、放っておくことはできない。

 

(まだ……終わってない)

 

 万津は、再び立ち上がろうとする。

 今度は、伊達が完全に支えに入った。

 

「焦るな。お前が立ち上がれる場所は、ここじゃないかもしれない」

 

 その言葉に、万津は目を閉じた。

 

(……くそ)

 

 悔しさと不安が、胸の奥で絡み合う。

 

 そして、そのすべてを、廊下の影から見ていた一人の少年がいた。

 

(……万津君)

 

 僕は、拳を握りしめた。

 

(僕は、まだ何もできない。でも)

 

 知らなかったふりは、もうできない。

 

 ノクスドライバーの存在も。

 誰かが、代わりに戦うかもしれない未来も。

 

(その時、僕は……)

 

 答えは、まだ出ない。

 けれど、確実に一つだけ言えることがあった。

 

 この戦いは、もう“万津一人の問題”じゃない。

 

 静かな医療区画と、その外の廊下で、

 それぞれが、それぞれの場所で、

 迫りくる選択の重さを、無言のまま受け止めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。