ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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影夢 Part3

 息を吸うたびに、肺の奥が軋む。

 空気が冷たいのか、それとも俺の感覚が鈍っているのか、もう判断がつかなかった。

 

 星のソムニウム世界への再侵入準備が進められる中、俺はベッドから立ち上がろうとしていた。

 足に力を込める。だが、膝が震え、床との距離感が一瞬で失われる。

 

「……っ」

 

 倒れる前に、肩を掴まれた。伊達だ。

 その手の力強さが、逆に今の自分の弱さを浮き彫りにする。

 

「無理だ。今のお前は」

 

「分かってます……でも」

 

 言葉の続きを、喉の奥で噛み潰す。

 分かっている。理解している。自覚もある。

 それでも、心だけが前に進もうとする。

 

 星は、自分からソムニウム世界に留まっている。

 罪の意識に縛られ、街を彷徨い、戻る理由を失っている。

 

(放っておいたら……沈む)

 

 俺はそれを知っている。

 ナイトメアは、そういう心の隙を見逃さない。

 

『現在の生体反応では、再侵入は極めて危険です』

 

 アイボゥの声は冷静だった。

 だが、どこかいつもより強く、警告として響く。

 

『精神リンクが不安定です。この状態でソムニウムに入れば、覚醒不能となる可能性があります』

 

「……それでも」

 

 自分でも驚くほど、声が掠れていた。

 視界の端が滲み、世界が僅かに傾く。

 

「俺が……行かないと」

 

 伊達が舌打ちをする。

 

「行ってどうする。倒れたら終わりだ」

 

 分かってる。

 でも、俺は“倒れた先”を何度も越えてきた。

 

 視線が、部屋の隅へと向かう。

 黒いトランクケース。

 ノクスドライバー。

 

(……あれなら)

 

 考えた瞬間、頭の奥が痛んだ。

 アイボゥの説明が、嫌でも思い出される。

 

――使用回数に応じて、不可逆的に侵食される。

――戻れない可能性。

 

 それでも、手が伸びる。

 だが、指先が震え、距離を測れない。

 

「……くそ」

 

 その時だった。

 

「万津君」

 

 声がした。

 静かで、だが確かに意志を持った声。

 

 最原だった。

 いつの間にか、部屋の入口に立っている。

 

「最原……聞いてたのか」

 

 彼は否定もしなければ、肯定もしなかった。

 ただ、一歩前に出る。

 

「今の万津君が、ソムニウムに入ったら……戻れなくなる」

 

「それでも……星を放っておけない」

 

 最原は一瞬、目を伏せた。

 そして、拳を強く握りしめる。

 

「……僕は」

 

 言葉を選ぶように、息を吸う。

 

「これまで、ずっと見ていただけだった」

 

 その言葉に、胸が締め付けられる。

 

「調べて、推理して、正解を出して……でも、危ない場所には、いつも誰かが立ってた」

 

 星の顔が、脳裏に浮かぶ。

 自分の罪を抱え込み、誰にも助けを求めずに沈んでいく背中。

 

「それって……安全な場所から正しさを言ってただけじゃないかって」

 

 最原は、ノクスドライバーへと視線を向けた。

 

「僕は、それを知ってしまった。だから……」

 

 彼は、俺より先に一歩踏み出した。

 奪うようにじゃない。遮るように。

 

 ノクスドライバーを、静かに手に取る。

 

「これ以上、万津君を行かせるわけにはいかない」

 

「……最原!」

 

 叫ぼうとして、声が出なかった。

 

「それは……壊れるってことだぞ」

 

 最原は、即答しなかった。

 けれど、視線は逸らさない。

 

「分かってる」

 

 短い言葉。

 それでも、覚悟の重さが滲んでいた。

 

『警告。ノクスドライバーは――』

 

 アイボゥの声が割り込む。

 

『使用回数に応じて、精神侵食が進行します。回復不能な影響が残る可能性があります』

 

「それでも……今は、これしかない」

 

 伊達は黙っていた。

 止めない。それが答えだった。

 

 俺は、唇を噛み締める。

 

(くそ……)

 

 俺が行くべき場所だった。

 俺が背負うべきだった。

 

 それでも――。

 

「……頼む」

 

 声が、震えた。

 

「星を……連れて帰ってくれ」

 

 最原は、小さく頷いた。

 

 ノクスドライバーを腰に当てる。

 ロックが解除され、低い電子音が響く。

 

 シャドウカプセムが装填される。

 時限カウントのような音が、空気を刻む。

 

 次の瞬間、彼の足元が沈むように歪んだ。

 

 影が広がり、空間が反転する。

 

 最原の姿が、闇に飲み込まれていく。

 

「……行ってくる」

 

 それが、最後の言葉だった。

 

 次の瞬間、ソムニウム世界への接続が成立する。

 

 俺は、動けない身体のまま、その光景を見送った。

 

(……必ず、戻ってこい)

 

 祈りとも、命令ともつかない想いを胸に、俺は歯を食いしばった。

 

 星の街は、再び動き出す。

 そして今度は――最原が、その中へ踏み込んでいった。

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