ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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影夢 Part4

 モニター越しに映るソムニウム世界は、俺が知っているはずの“街”とは微妙に違って見えた。

 同じ構造、同じ色合い、同じ空気。なのに――拒絶の仕方だけが、はっきりと変わっている。

 

 最原がノクスドライバーを起動し、影に呑まれるようにして転送された直後、街は明確な反応を示した。建物が低く軋み、路地がずれ、進めるはずだった道が、意志を持ったかのように塞がれていく。

 

 俺が星のソムニウム世界に入った時、街はもっと静かだった。拒絶はしていたが、ここまで露骨じゃなかった。今、街は最原を「侵入者」として認識し、はっきりと拒んでいる。

 

 顔のない住人が増えていく。数が増えただけじゃない。距離が近い。すれ違うたびに、視線だけが残り、背中に刺さるような圧を生む。

 

 最原の歩幅が、ほんの僅かに乱れた。

 言葉は発しないが、分かる。あれは俺が感じた圧と同じだ。

 

 ――見られている。

 

 星も、最原も、視線を「評価」や「裁き」として受け取ってしまう側だ。見られることで、自分の中身を暴かれる気がしてしまう。

 

 最原は前を向いたまま、一瞬だけ視線を逸らした。肩が強張り、呼吸が浅くなる。俺は思わず声を出しかけて、すぐに口を閉じた。ここにいるのは俺じゃない。届かない言葉を投げても意味はない。

 

 路地が音もなく崩れ、進路を塞ぐように建物が倒れ込む。

 街そのものが、星を守っている――いや、違う。星を守るというより、星を「ここに留め続ける」ために動いている。

 

 その中心に、星がいた。

 距離はあるが、はっきりと見える。腕を組み、壁に背を預けている。逃げるでも構えるでもない。ただ、そこにいる。

 

「帰れ」

 

 短い言葉だった。拒絶だが、怒気はない。最原は立ち止まり、何も言い返さない。その沈黙が街を苛立たせたかのように、住人の動きが一斉に速まる。

 

 最原は一歩踏み出し、すぐに足を止めた。足元に影が広がる。ノクスの力を、突破のために使うつもりだ。最小限に抑えた出力で、影が壁の隙間へ滑り込む。

 

 モニターの数値が一瞬だけ跳ねた。

 

 最原自身は気づいていない。だが、星は気づいた。

 

「……やめろ」

 

 低く、短い声。拒絶じゃない。警告だ。

 最原は即座に影を引っ込め、それ以上使わなかった。

 

 街は完全には静まらないが、暴れも止まる。奇妙な均衡が生まれる。最原はその場に立ったまま、進まない。逃げない。戦わない。ただ、視線に晒されながら立ち続ける。

 

 ……俺なら、できただろうか。

 きっと無理だ。俺は殴り、突破し、守ることを選ぶ。最原は違う。立ち入らないことで、距離を詰めている。

 

 星が、初めて壁から背を離した。

 

「……同情なら、いらねぇ」

 

 最原は首を横に振る。

 

「同情じゃない」

 

 それだけ言って、続けない。説明もしない。説得もしない。

 

 星はしばらく黙り込み、街の動きが僅かに鈍った。

 

「……座れ」

 

 短い命令だった。

 最原は頷き、星から少し離れた場所に腰を下ろす。並んではいないが、同じ地面に留まった。

 

 その瞬間、俺は理解した。これは勝ちでも救出でもない。だが、確かに入口だ。戦わずに、話せる場所に入った。

 

 星はまだ何も語っていない。最原も聞いていない。それでいい。今は同じ街にいる。それだけで前に進んでいる。

 

 モニターの前で、俺は拳を握りしめた。

 

「……頼むぞ、最原」

 

 ここから先は、お前の戦いだ。

 

 街の音が、ほんのわずかに変わった。

 

 完全に静まったわけではない。遠くでサイレンのような反響音が続き、金属が擦れる音も消えてはいない。だが、先ほどまで最原を追い立てるように動いていた街の圧は、確かに弱まっていた。

 

 最原は座ったまま、星の方を見ていない。正確に言えば、見ないようにしている。視線を向ければ、それだけで踏み込んでしまう。そう理解しているからだ。その距離感をモニター越しに見ていると、胸の奥がひりつく。近づかないという選択が、これほどまでに難しいものだとは思わなかった。

 

 星は腕を組んだまま、しばらく黙っていた。街も、それに同調するかのように沈黙を保っている。

 

「……ここはな」

 

 ようやく、星が口を開いた。声は低く、抑えられている。怒りも悲しみも、はっきりとは混じっていない。ただ乾いた響きだけが残る。

 

「居心地がいいわけじゃねぇ」

 

 最原は何も言わない。頷きもしない。ただ、聞いている。

 

「だが、外よりはマシだ。少なくとも……誰も、期待しねぇ」

 

 その一言で、俺は理解した。星が恐れているのは、裁きでも許しでもない。期待されることだ。

 

 最原が、ゆっくりと息を吸った。

 

「期待されるのが……嫌なんですね」

 

 断定ではなく、問いに近い言い方だった。星は小さく鼻で笑う。

 

「嫌、って言葉じゃ足りねぇよ」

 

 街の壁に、ひび割れのような影が走る。それは怒りではない。星自身の感情が、かすかに揺れた証だ。

 

「人はな、期待する時、勝手に“未来”を置いてくる。『これからどうなるか』をな……」

 星は一度言葉を切り、地面に視線を落とした。

「……俺には、その未来がねぇ」

 

 最原の指が、僅かに動いた。握りしめるでもなく、伸ばすでもなく、宙で止まる。

 

「……なくなった、んじゃない」

 

 その言葉に、街の空気が変わった。拒絶が来るかと思ったが、来ない。

 

「自分で、壊したんだ」

 

 その瞬間、街の一角が歪む。壁に映る影は、ラケットのような形。振り抜かれる腕。倒れる人影。最原は目を伏せた。聞いたからではない。見たからだ。

 

 星は、初めて自分から言葉を続けた。

 

「テニスでな……殺した」

 

 淡々とした口調だった。感情を込めないようにしているのが、かえって分かる。

 

「正当防衛だの、事故だの、周りは勝手に言った。裁判も終わった。刑も受けた」

 星は肩をすくめる。

「……だが、だから何だ、って話だ」

 

 最原は何も言わない。否定もしない。肯定もしない。その反応が、星にとって一番きつかったのかもしれない。

 

「ここにいればな……」

 星は周囲を見回した。

「毎日、思い出せる。忘れなくて済む。罪を、磨耗させずに済む」

 

 街の住人が、ゆっくりと動き出す。だが近づいては来ない。ただ、見ているだけだ。

 

 最原が、ようやく口を開いた。

 

「……忘れないために、留まっているんですね」

 

 星は否定しなかった。肯定もしなかった。その沈黙が、答えだった。

 

 モニターの前で、俺は歯を食いしばる。救うとは何だ。連れ出すことか。忘れさせることか。違う。星は忘れたくないのだ。忘れないまま、生きる場所を探している。

 

 最原は立ち上がらない。座ったまま、同じ高さで星と向き合っている。

 

「……僕は、あなたを許せない」

 

 その言葉に、街が一瞬だけ凍りついた。

 

「でも……ここにいる理由を、間違ってるとも言えない」

 

 星が、ゆっくりと顔を上げる。初めて、最原を見る。視線が交わる。だが、街は暴れない。

 

「……面倒な奴だな」

 

 それは拒絶でも受容でもない。ただの本音だった。

 

 俺は、そのやり取りを見ながら理解する。ここから先は戦いじゃない。選択の話だ。星がこの街に留まるのか、それとも罪を抱えたまま外へ出るのか。

 

 最原は答えを迫らない。俺なら、きっと迫ってしまう。だからこそ――今、この場所にいるのは最原でよかった。

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