ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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影夢 Part5

 街が、静かすぎるほど静まっていた。

 

 さっきまであれほど不気味に鳴っていた金属音も、遠くで反響していたサイレンも、すべてが水を打ったように消えている。代わりにあるのは、息が詰まるほどの無音と、視線だけで構成された圧力だった。

 

 モニター越しでも分かる。

 これは“落ち着いた”んじゃない。

 固定されたんだ。

 

 星の周囲だけ、街が変質している。路地は閉じ、出口は消え、住人――顔のない群衆が、まるで壁のように並んでいる。逃げ道は最初から用意されていなかったかのようだ。

 

「……だから言ったろ」

 

 星の声は低く、どこか擦り切れていた。

 

「俺は、ここでいいんだ」

 

 それは拒絶の言葉のはずなのに、俺の耳には、諦めに近い響きで届いた。選び取ったというより、選ばされた結果を自分に言い聞かせている。そんな感じがした。

 

 最原は、すぐには返事をしなかった。座ったまま、星を見ない位置で、わずかに肩を上下させている。呼吸を整えているんだと分かった。

 

「……違う」

 

 静かな声だった。

 だが、はっきりしている。

 

「それは、選んだんじゃない」

 

 星が、わずかに顔を歪める。

 

「街が、そうさせているだけだ。君が“ここにいる”と決めたように見えるように」

 

 その瞬間、街が反応した。

 

 住人たちが一斉に動く。音もなく、同じ速度で、星の背後に詰め寄る。視線が重なり、空間そのものが圧縮されていくのが、モニター越しでも分かった。

 

 拘束だ。

 

 俺は、思わず奥歯を噛みしめた。

 これまで何度も見てきた。ナイトメアがやるやり口だ。対象の感情を“正解”に見せかけ、その選択肢以外を消していく。

 

 星の足元で、路地が歪む。レンガがずれ、地面が傾き、立っているだけでバランスを崩しそうになる。だが星は動かない。動けない。

 

「……いいんだよ」

 

 星が言った。

 自分に言い聞かせるように。

 

「こうしてりゃ、誰も巻き込まねぇ」

 

 その言葉に、最原の背中がぴくりと揺れた。

 俺は、その瞬間を見逃さなかった。

 

 怒鳴らない。

 拳を握りしめるわけでもない。

 だが、空気が変わった。

 

 最原が、ゆっくりと立ち上がる。視線はまだ星に向いていない。それでも、街全体を正面から見据えているのが分かる。

 

「……違う」

 

 さっきより、声が低い。

 

「それは、守ってるんじゃない」

 

 街の一角で、建物が軋む。

 まるで嘲笑うみたいに。

 

「利用してるだけだ」

 

 次の瞬間だった。

 

 路地の上方で、鉄骨が外れ、崩れ落ちてくる。その軌道上に――星がいた。

 

「動くな!」

 

 星が叫んだ。

 最原に向けて。

 

 それは拒絶じゃない。

 巻き込みたくないという、必死な声だった。

 

 最原の足が止まる。

 俺の心臓が跳ねる。

 

 街は、完全に星を“楯”として使っている。最原が前に出れば出るほど、星が危険に晒される構造だ。助けようとする行為そのものを、人質に取る。

 

「……ふざけるな」

 

 最原が、初めて感情を滲ませた。

 

 声は震えていない。

 だが、明確に怒っている。

 

「君の罪は、君のものだ」

 

 最原は一歩、前に出る。

 街が、きしりと軋んだ。

 

「でも――選択を奪う権利は、誰にもない」

 

 その言葉が、引き金だった。

 

 周囲の建物が一斉に崩れ始める。レンガの雨、鉄骨の落下、逃げ場を塞ぐような歪み。星の立つ場所だけが、意図的に残されている。

 

 ――完全に、盾だ。

 

 俺は叫びそうになった。

 だが、声は出ない。

 

 最原の腰にあるノクスドライバーが、淡く光る。まだ音は鳴らない。だが、波形が一気に安定域へと収束していくのが分かった。

 

 これは衝動じゃない。

 怒りに任せた暴走でもない。

 

 決断だ。

 

 最原が、星を見る。

 初めて、真正面から。

 

「……来るなって言われても」

 

 短く、息を吸う。

 

「止める」

 

 星が、何か言おうとした。

 だが、言葉になる前に、最原はドライバーへ手を伸ばしていた。

 

 その仕草に、迷いはない。

 

 俺は理解した。

 最原は怒っている。

 

 星にじゃない。

 罪にもじゃない。

 

 選択を奪い、人を都合のいい場所に縛り付ける、この街そのものに。

 

 光が、最原の足元から立ち上がる。影が反転し、形を成し、彼の周囲を包み込んでいく。

 変身音が、モニター越しに響いた。

 

 ――その瞬間、街が“息を止めた”。

 

 星を中心に歪んでいたスラムの景色が、不自然なほど静止する。崩れかけていた建物も、路地を満たしていた影も、まるで次の瞬間を待つように凍りついた。

 

 最原は、星から視線を外さないまま、腰元へ手を伸ばしていた。

 

 ノクスドライバー。

 

 黒を基調にしたそのベルトが、街の色と同化するように存在感を薄めている。だが、最原の指が触れた瞬間、確かに“起動を待つ意思”のようなものが伝わってきた。

 

 ――やめろ、と星が言った。

 

 だがその声は、最原を止める力を持たなかった。

 いや、正確には違う。

 

 止めたくなかったんだ。

 

 最原は怒っている。

 星の過去にじゃない。

 星の罪にじゃない。

 

 星から“選択”を奪い、贖罪という名の檻に閉じ込める、この街そのものにだ。

 

 最原の手に、シャドウカプセムが握られている。

 

 それは俺がこれまで使ってきた、どのカプセムとも違った。希望も、衝撃も、加速もない。あるのは、分析され、分解され、再構成された悪夢の純度だけだ。

 

 カプセムがノクスドライバーに装填される。

 

『シャドウ』

 

 乾いた電子音が響いた。

 直後、低く不気味な待機音が鳴り始める。

 

 ――ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。

 

 笑い声だ。

 人のものじゃない。

 感情の模倣ですらない。

 

 悪夢という“現象”が、起動に歓喜している。

 

 最原は眉一つ動かさない。

 その笑い声を、完全に無視している。

 

 ベルトが、回された。

 

 360度。

 

 ゆっくりと、逃げ場を塞ぐような回転。

 カプセムが展開し、内部の絵柄が明滅を始める。

 

 足元から、黒い靄が噴き上がった。

 

 影が伸びる。

 前と後ろへ、真っ直ぐに。

 

 それは一瞬、「6時」の位置で固定され、次の瞬間、右へと回転を始める。

 影は「10時10分」の形で止まり、さらに回る。

 

 そして――「4時20分」。

 

 その位置に合った瞬間、青と白だった粒子が、一斉に黒へと変わった。

 

 靄と粒子が渦を巻き、最原の前方へ収束する。

 まるで、彼自身が影を引き寄せているかのように。

 

『ライダー! ノクス! ノクス! ノクス!シャドウ!』

 

 変身音と同時に、影が弾けた。

 

 ラインが走る。

 青と橙の光が、刃のように交差しながら装甲を描き出していく。

 

 白と黒の外装が、最原の身体を包む。

 粒子が装甲へと変換され、胸部のコアが脈動を始める。

 

 最後に、マスクが形成された。

 

 縦に鋭いバイザーが発光し、オレンジの光が内側で揺れる。

 感情を映す余地のない、完全な仮面。

 

 ――仮面ライダーノクス。

 

 そこに立っていたのは、怒りを振り回す存在じゃない。

 

 怒りを選択に変えた者だ。

 

 街が、初めて後退した。

 

 影が揺れ、住人たちが距離を取る。

 星の周囲にあった“檻”が、わずかに軋んだ。

 

 俺は、モニター越しに確信した。

 

 これは暴走じゃない。

 復讐でもない。

 

 奪われた選択を、奪い返すための変身だ。

 

 最原は一歩、前に出た。

 

 その歩みは静かで、だが一切の迷いがなかった。

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