ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
街が、静かすぎるほど静まっていた。
さっきまであれほど不気味に鳴っていた金属音も、遠くで反響していたサイレンも、すべてが水を打ったように消えている。代わりにあるのは、息が詰まるほどの無音と、視線だけで構成された圧力だった。
モニター越しでも分かる。
これは“落ち着いた”んじゃない。
固定されたんだ。
星の周囲だけ、街が変質している。路地は閉じ、出口は消え、住人――顔のない群衆が、まるで壁のように並んでいる。逃げ道は最初から用意されていなかったかのようだ。
「……だから言ったろ」
星の声は低く、どこか擦り切れていた。
「俺は、ここでいいんだ」
それは拒絶の言葉のはずなのに、俺の耳には、諦めに近い響きで届いた。選び取ったというより、選ばされた結果を自分に言い聞かせている。そんな感じがした。
最原は、すぐには返事をしなかった。座ったまま、星を見ない位置で、わずかに肩を上下させている。呼吸を整えているんだと分かった。
「……違う」
静かな声だった。
だが、はっきりしている。
「それは、選んだんじゃない」
星が、わずかに顔を歪める。
「街が、そうさせているだけだ。君が“ここにいる”と決めたように見えるように」
その瞬間、街が反応した。
住人たちが一斉に動く。音もなく、同じ速度で、星の背後に詰め寄る。視線が重なり、空間そのものが圧縮されていくのが、モニター越しでも分かった。
拘束だ。
俺は、思わず奥歯を噛みしめた。
これまで何度も見てきた。ナイトメアがやるやり口だ。対象の感情を“正解”に見せかけ、その選択肢以外を消していく。
星の足元で、路地が歪む。レンガがずれ、地面が傾き、立っているだけでバランスを崩しそうになる。だが星は動かない。動けない。
「……いいんだよ」
星が言った。
自分に言い聞かせるように。
「こうしてりゃ、誰も巻き込まねぇ」
その言葉に、最原の背中がぴくりと揺れた。
俺は、その瞬間を見逃さなかった。
怒鳴らない。
拳を握りしめるわけでもない。
だが、空気が変わった。
最原が、ゆっくりと立ち上がる。視線はまだ星に向いていない。それでも、街全体を正面から見据えているのが分かる。
「……違う」
さっきより、声が低い。
「それは、守ってるんじゃない」
街の一角で、建物が軋む。
まるで嘲笑うみたいに。
「利用してるだけだ」
次の瞬間だった。
路地の上方で、鉄骨が外れ、崩れ落ちてくる。その軌道上に――星がいた。
「動くな!」
星が叫んだ。
最原に向けて。
それは拒絶じゃない。
巻き込みたくないという、必死な声だった。
最原の足が止まる。
俺の心臓が跳ねる。
街は、完全に星を“楯”として使っている。最原が前に出れば出るほど、星が危険に晒される構造だ。助けようとする行為そのものを、人質に取る。
「……ふざけるな」
最原が、初めて感情を滲ませた。
声は震えていない。
だが、明確に怒っている。
「君の罪は、君のものだ」
最原は一歩、前に出る。
街が、きしりと軋んだ。
「でも――選択を奪う権利は、誰にもない」
その言葉が、引き金だった。
周囲の建物が一斉に崩れ始める。レンガの雨、鉄骨の落下、逃げ場を塞ぐような歪み。星の立つ場所だけが、意図的に残されている。
――完全に、盾だ。
俺は叫びそうになった。
だが、声は出ない。
最原の腰にあるノクスドライバーが、淡く光る。まだ音は鳴らない。だが、波形が一気に安定域へと収束していくのが分かった。
これは衝動じゃない。
怒りに任せた暴走でもない。
決断だ。
最原が、星を見る。
初めて、真正面から。
「……来るなって言われても」
短く、息を吸う。
「止める」
星が、何か言おうとした。
だが、言葉になる前に、最原はドライバーへ手を伸ばしていた。
その仕草に、迷いはない。
俺は理解した。
最原は怒っている。
星にじゃない。
罪にもじゃない。
選択を奪い、人を都合のいい場所に縛り付ける、この街そのものに。
光が、最原の足元から立ち上がる。影が反転し、形を成し、彼の周囲を包み込んでいく。
変身音が、モニター越しに響いた。
――その瞬間、街が“息を止めた”。
星を中心に歪んでいたスラムの景色が、不自然なほど静止する。崩れかけていた建物も、路地を満たしていた影も、まるで次の瞬間を待つように凍りついた。
最原は、星から視線を外さないまま、腰元へ手を伸ばしていた。
ノクスドライバー。
黒を基調にしたそのベルトが、街の色と同化するように存在感を薄めている。だが、最原の指が触れた瞬間、確かに“起動を待つ意思”のようなものが伝わってきた。
――やめろ、と星が言った。
だがその声は、最原を止める力を持たなかった。
いや、正確には違う。
止めたくなかったんだ。
最原は怒っている。
星の過去にじゃない。
星の罪にじゃない。
星から“選択”を奪い、贖罪という名の檻に閉じ込める、この街そのものにだ。
最原の手に、シャドウカプセムが握られている。
それは俺がこれまで使ってきた、どのカプセムとも違った。希望も、衝撃も、加速もない。あるのは、分析され、分解され、再構成された悪夢の純度だけだ。
カプセムがノクスドライバーに装填される。
『シャドウ』
乾いた電子音が響いた。
直後、低く不気味な待機音が鳴り始める。
――ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。
笑い声だ。
人のものじゃない。
感情の模倣ですらない。
悪夢という“現象”が、起動に歓喜している。
最原は眉一つ動かさない。
その笑い声を、完全に無視している。
ベルトが、回された。
360度。
ゆっくりと、逃げ場を塞ぐような回転。
カプセムが展開し、内部の絵柄が明滅を始める。
足元から、黒い靄が噴き上がった。
影が伸びる。
前と後ろへ、真っ直ぐに。
それは一瞬、「6時」の位置で固定され、次の瞬間、右へと回転を始める。
影は「10時10分」の形で止まり、さらに回る。
そして――「4時20分」。
その位置に合った瞬間、青と白だった粒子が、一斉に黒へと変わった。
靄と粒子が渦を巻き、最原の前方へ収束する。
まるで、彼自身が影を引き寄せているかのように。
『ライダー! ノクス! ノクス! ノクス!シャドウ!』
変身音と同時に、影が弾けた。
ラインが走る。
青と橙の光が、刃のように交差しながら装甲を描き出していく。
白と黒の外装が、最原の身体を包む。
粒子が装甲へと変換され、胸部のコアが脈動を始める。
最後に、マスクが形成された。
縦に鋭いバイザーが発光し、オレンジの光が内側で揺れる。
感情を映す余地のない、完全な仮面。
――仮面ライダーノクス。
そこに立っていたのは、怒りを振り回す存在じゃない。
怒りを選択に変えた者だ。
街が、初めて後退した。
影が揺れ、住人たちが距離を取る。
星の周囲にあった“檻”が、わずかに軋んだ。
俺は、モニター越しに確信した。
これは暴走じゃない。
復讐でもない。
奪われた選択を、奪い返すための変身だ。
最原は一歩、前に出た。
その歩みは静かで、だが一切の迷いがなかった。