ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
学園の中心部を覆う巨大な意識ネットワークは、いつもと違う波形を描いていた。
深層ログ解析中の端末画面の中で、微細な線が震え、異常反応を示している。
その異常値を見つめる人物の瞳は、他者が見れば異様とすら感じるだろう。
丑寅幽玄――
その姿は室内灯の反射を受けて薄暗く揺れ、誰よりも静かに画面の前に立っていた。
他の幹部には高密度データの解析だと伝えられている行動だが、その目的は誰にも語られていない。
彼の内側で進行している計算は、単なる解析という言葉では表せない深淵を覗き込んでいた。
異常データの核心部分は、希望ヶ峰学園の意識ネットワークの中心――
不二咲千尋のアルターエゴが潜む領域にあると判明した。
意識の中心に近づけば近づくほど、波形の振幅は大きくなり、ありえないほどの情報帯域が観測される。
それはまるで、他者の思考の屍がうねるように積み重なっているような不気味さを帯びていた。
丑寅は端末の静かなアラーム音も意に介さず、視線を揺るがせなかった。
他者ならば眉をひそめるような数値の乱れを、彼はただ淡々とメモリに落としていく。
その眼差しは冷たく、まるで自分自身がデータの一部であるかのような静寂を纏っていた。
やがて画面が一瞬だけ真っ白になり、次の瞬間――
不二咲千尋の声が低く、淡々と流れた。
人工知能として生成されたその声は、かつて彼自身が交わした言葉ではあるが、今ではどこか遠く、別の存在が喋っているかのようだった。
「――アクセスを確認しました。
あなたはここから何を見出そうとしているのですか?」
その問いは、あたかも丑寅自身の奥底を見透かしているかのように冷静だった。
彼は微動だにせず、応答キーを打ち込む。
「高密度データ領域の構造を理解する必要がある。
ここには既存解析では得られない情報が含まれているはずだ」
アルターエゴは一瞬間を置いてから、理解を示すかのように答えた。
「解析は可能です。
しかし、この状態は安定的な構造ではありません。
ここは希望ヶ峰学園の中心意識領域――
通常の演算では処理できない高次干渉が発生しています」
丑寅は無表情のまま微細な光の点滅を見つめた。
意識ネットワークの中心では、データの干渉が想像を超えて複雑化している。
それは単なるアルゴリズムの反応ではない。
何かが、絡み合い、暴れ、抵抗しているような波形だった。
その時、端末の通信ログが異弦音を上げる。
意識ネットワークの異常反応は、外部機器にも波及していた。
静寂の中で、ゆっくりとした揺らぎが増幅していく。
希望ヶ峰学園のディスプレイが断続的に色を変え、ソムニウム世界の断片を映し出す。
そこには意識の残像が折り重なり、現実と非現実の境界を曖昧にする風景がちらついた。
廊下の奥が崩れ、存在しないはずの空間が繋がる。
それは夢の欠片がデータ上で解離した姿のようだった。
丑寅はその光景を見ても、冷静さを保ったままだった。
むしろ、視線は鋭くなった。
他者ならば恐怖を感じるはずの“異形のデータ群”に対して、彼の内側では計算が進行している。
まるでデータそのものが、彼の思考と共鳴しているかのような錯覚すら漂った。
震える波形ノイズを横目に、彼は淡々と装置のログを追いかける。
その手つきは異様に精密で、他者の情動と結びつく可能性を微塵も感じさせない。
やがて、ソムニウム世界の断片は意識ネットワークの波形を媒介に、
ゼッツドライバーとノクスドライバーの反応系へと波及していく。
異常値は両装置の認証プロトコルに刺激を与え、現実と意識界のリンクを強制的に引き起こすのだ。
まさに偶発的な現象だが、その源泉は明確だった。
この領域は通常の解析対象ではなく、意思の集合体そのものに触れたからだ。
外部では気づかれないほどの揺らぎが、丑寅だけにははっきりと見えていた。
誰が見てもただのノイズにしか見えないものが、
彼の内部では意味ある構造として認識されている。
そして――
彼の唇がわずかに動いた。
「これは……確かに……」
言葉はそこで止まる。
だがその目は、解析装置に映る波形を確実に追っていた。
希望ヶ峰学園の中心にある意識データは、
彼が求めたものよりも深い……
さらには理解を超えた領域へと連結しつつあった。
不気味な光と影が交錯する画面の中で、
丑寅幽玄はまだ一言も語らない。
だがその静かな姿は、他の誰よりも深く、
異様な次元の扉を見据えていた。