ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
ジャバウォック島の海は、あまりにも穏やかだった。
波は静かで、風は優しく、空はどこまでも青い。
だが、そのすべてが“正しすぎる”。
砂浜を歩くたび、足裏に伝わる感触が一瞬だけ遅れる。
波音も、風の音も、心地いいはずなのに、どこか耳の奥に引っかかる。
まるで、世界そのものがワンテンポ遅れて反応しているみたいだった。
「……ここ、本当に“生きてる”んだな」
俺の呟きに、隣を歩く七海が小さく頷いた。
「うん。
でも、自然に生きてるわけじゃないよ。
これは……“保たれている世界”」
七海の声は、いつも通り穏やかだった。
落ち着いていて、聞いていると不思議と安心する。
ただ――その声が、ほんのわずかに途切れる。
「ここは、希望ヶ峰学園の意識領域と直結してる。
でも、実際に世界を形作ってる中核は……新世界プログラムだよ」
胸の奥で、冷たいものが広がった。
新世界プログラム。
人の意識を仮想世界に移し、再構築するためのシステム。
希望も、絶望も、同じ“素材”として扱う、冷酷で合理的な装置。
「本来はね、
人の意識が壊れないように、守るためのものなんだ。
現実で耐えきれなくなった心を、ここで安定させるために」
七海はそう説明しながら、海の方を見た。
その視線の先で、水平線が一瞬だけ歪む。
まるで画像が読み込み直されるみたいに。
「でも今は……外から触られてる」
その一言で、空気が変わった。
「外から……?」
「うん。
本来、このプログラムの深層は、内部からしか操作できない。
なのに今は、誰かが“根っこ”に直接干渉してる」
七海は言葉を選ぶように、少し間を置いた。
「その人は、直そうとしてない。
守ろうともしてない。
ただ……“どこまで壊れるか”を観測してる」
背筋に、ぞくりとしたものが走った。
「つまり……この世界は、実験台ってことか」
七海は否定しなかった。
代わりに、静かに頷く。
「新世界プログラムは、感情を核にして世界を安定させる。
強い感情ほど、固定力が高いから」
彼女の輪郭が、わずかに揺らぐ。
まるで映像のフレームがズレたみたいに。
「だから、今の状態は危ない。
このままだと、新世界プログラムは“最適解”を選ぶ」
嫌な予感が、胸を締め付けた。
「最適解……?」
「うん。
“これ以上、壊れない形”を選ぶ。
それが、人の意思や未来を無視した結果でもね」
風が止み、波音が低くなる。
世界が、七海の言葉に反応している。
「それを止める方法は?」
俺の問いに、七海ははっきりと答えた。
「安定化じゃない」
一拍置いて、続ける。
「隔離だよ」
「……隔離?」
「干渉点を切り離す。
外部から触られている部分を、この世界から分断する」
それは“救う”という言葉からは、かけ離れていた。
「それって……この世界を、見捨てることにならないか?」
七海は少しだけ困ったように笑った。
「完全には守れない。
でも、全部を壊さないためには……必要な選択」
彼女の姿が、また一瞬だけブレる。
処理落ちしたみたいに。
「そこに近づくほど……私は案内できなくなる。
私も、この世界の一部だから」
俺は拳を握りしめた。
「それでも、行く」
迷いはなかった。
七海はその答えを聞いて、どこか安心したように目を細める。
「うん。
じゃあ、これが最後の案内になる」
空に、細い亀裂が走った。
青空が裂け、その向こうに、無機質な光の渦が見える。
「そこが、干渉点への入口」
七海の声が、少しだけ遠くなる。
「気をつけて。
あそこは……“意識”と“プログラム”の境界だから」
俺は頷き、一歩踏み出した。
この世界を壊さないために。
誰かの意思を、装置の最適解に委ねないために。
――それが、俺に与えられた任務だ。