ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
ジャバウォック島の中心部から、少し離れた場所にその建物はあった。
白い外壁に、淡いオレンジ色の屋根。
南国のリゾートホテルそのものの外観で、海風に揺れるヤシの影が、壁にゆっくりと伸びている。
遠くから見たときは、ただの風景の一部だと思った。
だが、近づくにつれて、胸の奥に小さな違和感が積もっていく。
「……あそこ、ホテルか?」
俺の言葉に、隣を歩く七海が小さく頷いた。
「うん。
この島の中で、いちばん“ログが集まりやすい建物”だよ」
「ログ……やっぱり、ここか」
建物に近づくと、看板の文字が一瞬だけ滲んだ。
“JABBERWOCK HOTEL”と書かれているはずのロゴが、次の瞬間には少し違うフォントに変わっている。
「……今、看板変わらなかったか?」
「変わったね。
でも、正常な範囲……ぎりぎり」
七海は平然と答える。
だが、その声が、ほんのわずかに遅れて届いた。
ホテルの正面玄関は開いたままだった。
ガラス扉は磨かれていて、ひび一つない。
中のロビーも明るく、観葉植物の緑まできちんと生きている。
それなのに。
人の気配だけが、きれいに消えていた。
「……営業中に見せかけた、無人の建物」
「うん。
ここね、“誰かが使ってるけど、誰も泊まってない”状態」
七海の言い方が、妙に引っかかる。
「それって……」
「通過点、って意味だよ」
胸の奥が、冷たくなった。
玄関の前に立つと、センサーが反応して、扉が静かに横に開いた。
音はほとんどしない。
開いたはずなのに、空気が動いた気配がない。
一歩、足を踏み入れた瞬間。
外の潮の匂いが、すっと消えた。
代わりに、機械の冷たい匂いが鼻の奥に残る。
消毒液にも似ているし、古い電子機器の熱にも似ている。
「……外と、匂いが違う」
「うん。
ここ、外界とは演算レイヤーが違う」
ロビーは広かった。
大理石の床、カウンター、ソファ、壁の観光ポスター。
どれも整いすぎている。
埃一つないのに、使われた形跡もない。
受付カウンターの奥には、ベルだけが置かれていた。
試しに指で鳴らそうとして、俺は手を止める。
「……鳴らしたら、何か出てきそうだな」
「出てこないよ」
七海は静かに言った。
「ここに、スタッフの人格ログは残ってない。
必要なのは……“建物の形”だけだから」
俺は喉を鳴らした。
「完全に、通路として使われてるってわけか」
「うん。
それも……かなり頻繁に」
七海は床を見下ろした。
「見て」
言われるまま視線を落とすと、
床のタイルの継ぎ目に、かすかな光の筋が走っている。
それは足跡じゃない。
でも、確かに“何かが通った痕”だった。
「……データの移動ログ?」
「そう。
人じゃなくて、アクセス」
ロビーの奥、エレベーターホールの方向から、かすかな音がした。
チン――と、到着を知らせるベル。
だが、誰も降りてこない。
「……今、動いたぞ」
「うん。
“誰かが上に行った”記録が、さっき反映された」
心臓が、少しだけ早く打った。
「リアルタイム……?」
「ほぼね」
七海はゆっくり歩き出した。
俺も、無言でその後を追う。
エレベーターは無視して、彼女は階段の方へ向かった。
「上なのか?」
「ううん。
横」
そう言って、七海はロビー脇の廊下を指差した。
薄暗い通路。
奥の方は、少しだけ歪んで見える。
「ここから先が……一番、異常が濃い」
「危険度は?」
七海は少し考えてから答えた。
「……高いけど、即死はしないと思う」
「その言い方、あんまり安心できないな」
「うん。
でも、ここを通らないと……核心に行けない」
廊下の入り口に立った瞬間、
照明が一斉に点いた。
パチ、パチ、と正確な間隔で灯りが連なり、
まるで“こちらを迎え入れる”みたいだった。
その光景を見て、背筋が寒くなる。
「……歓迎、されてるな」
「たぶんね」
七海は静かに続ける。
「誰かが……
“気づいてほしくて”、道を開けてる」
廊下の奥から、ひんやりとした風が吹いた。
俺は一度だけ深呼吸して、足を踏み出した。
このホテルは、休むための場所じゃない。
泊まるための場所でもない。
――誰かが、世界の深層へ行くために、何度も通った“入口”。
そして、今度は俺が、そこを通る番だ。
薄暗い廊下の奥へ。
異常が待つ方向へ。