ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
同じ廊下を、三度目に曲がった。
角を折れた瞬間、胸の奥で「まただ」と理解する。
白い壁、等間隔のドア、非常灯の位置、掲示板の角度。
完璧に同じ――いや、正確には“ほとんど”同じ。
「……また、戻ってきたな」
声に出して言わないと、自分が今どこにいるのか、すぐに分からなくなりそうだった。
七海は俺の隣で、ゆっくり首を傾げる。
「うん。
でも……さっきより、ズレが大きくなってる」
「ズレ?」
「時間ログの重なり。
さっきは数時間単位だったけど……今は、日単位」
彼女は壁の掲示板を指差した。
そこに貼られた案内用の紙。
よく見ると、日付が「昨日」「五日前」「一週間前」と、ばらばらに並んでいる。
それだけじゃない。
文字のフォント、紙の質、インクの色。
全部が、微妙に違う。
「……同じ場所に、違う時間の記録を、無理やり重ねてるってことか」
「うん。
本来なら、絶対に起きない現象」
七海の声が、ほんの少しだけ硬くなる。
「新世界プログラムは、
“いちばん安定している状態”しか残さない。
過去のログは、基本的に圧縮して消す」
彼女は壁にそっと触れた。
その瞬間、壁の表面が一瞬だけ透け、
無数の数字と記号の列が、走馬灯みたいに流れた。
「……なのに、ここは違う」
背中に、嫌な汗が滲む。
「つまり……誰かが、わざと残してる?」
「うん。
消し忘れじゃない。
“通った証拠”として、残してる」
俺は息を呑んだ。
誰かが、この世界を通路として使っている。
それも、一度や二度じゃない。
何度も、何度も。
照明が、ふっと暗くなった。
次の瞬間、廊下の奥の壁に――
影のようなものが、浮かび上がった。
「……七海」
「見えてる。
今……再生が始まってる」
影は人の形をしていた。
けれど輪郭が定まらず、顔も分からない。
ただ、歩いている。
こちらと同じ方向へ。
迷うことなく、まっすぐ。
影が角を曲がると、
映像が一瞬だけ乱れ、場面が切り替わった。
同じ廊下。
同じ角度。
同じ影。
だが、今度は足音が聞こえる。
――コツ、コツ。
重くて、ゆっくりで、
でも、迷いのない歩き方。
「……これ、何時のログだ」
「正確には……複数の時刻が混ざってる」
七海は小さく息を吸った。
「この人……
同じ経路を、何度も往復してる」
影が、立ち止まった。
次の瞬間。
影の手が、壁に触れた。
すると壁の向こうに――
今まで見えなかった“扉”の輪郭が、一瞬だけ浮かぶ。
黒くて、歪んだ、
まるで世界の縫い目みたいな扉。
影は、そこへ吸い込まれるように消えた。
映像が、ぷつりと途切れる。
廊下に、静寂が戻った。
「……今のが」
「うん。
干渉者の、移動ログ」
七海は、静かに言った。
声が、少しだけ震えている。
「ここを“道”として使って、
新世界プログラムの深層に入ってる」
俺は、喉が乾くのを感じた。
「自由に……出入りしてるってことか」
「完全に自由、とは言えない。
でも……普通の存在じゃ、絶対に無理」
七海は、壁の一角を見つめた。
そこには、さっきの影が触れた場所に、
細い黒い線が、残っている。
まるで、焼け焦げた跡みたいに。
「ここ……プログラムの防壁が、削られてる」
「削られてる?」
「うん。
壊してるんじゃなくて……
“少しずつ、削って通路を作ってる”」
背筋が凍った。
「それって……時間をかけて、侵入経路を作ってるってことか」
「そう」
七海は、はっきり頷いた。
「だから、異常が増えてる。
この廊下も、その途中経路の一つ」
廊下の空気が、急に重くなる。
照明がまたちらつき、
天井の一部が、ほんの一瞬だけ別の構造に変わった。
金属と光の迷路。
数式と回路が絡み合った、
“世界の裏側”。
「……七海」
「なに?」
「この干渉者……何が目的なんだ」
七海は、すぐには答えなかった。
少し考えてから、ゆっくり口を開く。
「たぶん……
“管理権限”」
「管理……?」
「新世界プログラムを、外から操作するための鍵」
その言葉で、全部が繋がった。
ここは意識領域の中枢。
新世界プログラムの核。
もし、ここを自由に触れるようになったら。
「……人の意識を、好きなように書き換えられる」
「うん」
七海は、悲しそうに笑った。
「希望も、絶望も、記憶も、選択も……
全部、“計算結果”にできる」
拳が、勝手に握り締められる。
「そんなこと……させるわけないだろ」
「うん。
だから……万津君に、お願いがある」
七海は、ゆっくり俺の方を見た。
「この廊下の先。
干渉者が使ってる、本当の入口がある」
彼女の輪郭が、ここで大きく揺れた。
ノイズが走り、
一瞬、彼女の姿が“線”になる。
「そこを……切ってほしい」
「切る?」
「通路を遮断する。
この世界と、外部の接点を、ここで断つ」
それは、戦いじゃない。
破壊でもない。
“封鎖”だ。
「それができれば、
少なくとも……これ以上、侵入はできなくなる」
俺は、深く息を吸った。
「……危険度は?」
七海は、少し困った顔で答える。
「……かなり高い」
「即死?」
「……その可能性も、ある」
それでも。
俺は、前を見た。
廊下の突き当たり。
さっきの影が消えた、黒い歪み。
「案内、できるか」
「ここまで」
七海は、はっきり言った。
「この先は……私の演算領域じゃない」
一瞬だけ、沈黙が落ちる。
それから俺は、頷いた。
「十分だ。ありがとう」
七海は、少し安心したように微笑んだ。
「……行ってきて」
廊下の奥で、黒い扉が、静かに形を現す。
誰かが、何度も通った道。
世界の裏に繋がる、入口。
――ここから先は、俺一人だ。
そう覚悟して、俺は歩き出した。