ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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南国 Part4

――廊下は、終わるはずだった。

 

何度も何度も同じ角を曲がり、同じ非常灯の下をくぐり抜け、

すでに「ここは無限だ」と理解したその先で、

世界は突然、あまりにも唐突に“形を変えた”。

 

「……なに、ここ」

 

足を踏み出した瞬間、視界がひらける。

だがそこはホテルのロビーでも、非常階段でもなかった。

 

円形の空間。

白と淡青の幾何学模様が床一面に広がり、天井には半透明の巨大スクリーンが、まるで空を塞ぐ蓋のように張り付いている。

 

綺麗すぎる。

整いすぎている。

 

「……人が使う場所じゃないな」

 

無意識に呟いた声が、やけに遠くまで反響した。

 

「うん……ここ、管理ノードの中継層」

 

七海の声は、いつもより少し低い。

 

「干渉ログ……全部、この座標に集まってる」

 

ログの終点。

つまり、ここが“侵入者の足跡の行き止まり”。

 

なのに――

 

静かすぎる。

 

人の気配が、あまりにも綺麗に、完全に消えている。

 

それが、逆に異常だった。

 

「……七海。さっきまで、誰か……ここにいたよな」

 

「うん。たしかに」

 

彼女は頷いたが、その表情には説明できない違和感が滲んでいる。

 

「でも……今は、もう“動いてない”」

 

動いていない。

いなくなった、じゃない。

 

まるで“存在そのものを巻き戻した”みたいな言い方だった。

 

胸の奥に、冷たいものが沈んでいく。

 

俺たちは、間に合わなかった。

 

ホール中央の制御台に、七海がそっと触れる。

次の瞬間、壁一面のスクリーンが、ばっと明るくなった。

 

「……最後のログ、再生するね」

 

映し出されたのは、見覚えのある光景。

 

無限廊下。

同じ壁、同じ床、同じ非常灯。

 

そこを歩く、一つの影。

 

迷わず、躊躇なく、正確な歩幅で進んでいく。

 

「……これが、侵入者」

 

「うん。何度も、同じ経路を通ってる」

 

影は角を曲がり、また曲がり、

そして、このホールに入ってきた。

 

中央で立ち止まり、装置に手を伸ばす。

 

――そのとき。

 

影が、こちらを向いた。

 

……いや。

 

“こちらを見ている”ように見えた。

 

「……七海」

 

「待って……これ……」

 

七海の声が、ほんの一瞬だけ遅れて聞こえる。

 

スクリーンの映像が歪む。

影と、今この空間の輪郭が、じわじわと重なっていく。

 

背後で、音がした。

 

コツ。

コツ。

 

やけに、はっきりとした足音。

 

振り返った瞬間、背筋が凍った。

 

廊下の入口から、一人の男が歩いてきていた。

 

ログと、まったく同じ歩き方。

同じ速度。

同じ姿勢。

 

そして、同じ――“正確すぎる”動き。

 

男はホールの中央まで来ると、自然に立ち止まる。

 

スクリーンの映像が、すっと消えた。

 

そこに残ったのは。

 

現実の男だけ。

 

「……なるほど」

 

穏やかな声だった。

 

「やっぱり、辿り着いたか」

 

敵意も、驚きもない。

まるで、予定外の来客を見つけた研究者の態度。

 

七海が、小さく息を呑む。

 

「……この人……ログじゃない……」

 

「そりゃそうだよ」

 

男は、軽く肩をすくめた。

 

「再生映像は、喋らない」

 

喉が、ひくりと鳴る。

 

「……あんた、誰だ」

 

問いかける声が、自分でも驚くほど低かった。

 

男は、少しだけ首を傾げ、俺をじっと観察する。

 

視線が、皮膚の上をなぞるみたいに、いやに正確で、冷たい。

 

「名乗るほどの者じゃない」

 

「ここを……点検してるだけさ」

 

「点検……?」

 

「この世界、少しずつ壊れやすくなってる。

 放っておくと、あとで困るんだ」

 

七海が、すぐに解析を始める。

 

……だが、次の瞬間、はっきりと眉が歪んだ。

 

「……データ、存在しない……」

 

男はそれを聞いて、楽しそうに目を細めた。

 

「登録されてないからね。

 ここに“存在する資格”がない」

 

七海の声が、震える。

 

「……あなた……新世界プログラムの、内側の存在じゃない」

 

「うん。外から来てる」

 

――即答。

 

その軽さが、異様だった。

 

心臓が、嫌な音を立てる。

 

「じゃあ……廊下を削って、通路を作ってたのは」

 

「壊してはいないよ」

 

男は静かに首を振る。

 

「削って、調べて、通ってるだけ」

 

その一言で、すべてが繋がった。

 

「……ここは、立ち入り禁止だ」

 

俺が言うと、男は少し困った顔で笑った。

 

「管理者でもないのに?」

 

「関係ない。

 ここは……人の意識の中だ」

 

男は、じっと俺を見て、ぽつりと呟いた。

 

「それが、君の役目?」

 

「……そうだ」

 

「なるほど」

 

短く頷いてから、七海に視線を移す。

 

「君は、なかなか優秀だね。

 この構造を、ここまで保てている」

 

七海の輪郭が、ぶれた。

 

「……評価される筋合いは、ありません」

 

「あるよ。

 君は……この世界の“基礎”に、かなり近い」

 

七海が、完全に言葉を失う。

 

「目的は何だ」

 

問い詰めると、男は少し考えてから答えた。

 

「観察」

 

「それだけか」

 

「今のところはね」

 

そして、俺を見て、静かに言った。

 

「君……想定より、ずっと適応が早い」

 

空気が、凍る。

 

七海が遮断を試みようとした瞬間、男はそれに気づき、一歩下がった。

 

「今日は、ここまでにしよう」

 

「これ以上触ると……君たちの管理ログが荒れる」

 

そして、俺にだけ視線を向ける。

 

「また会うよ」

 

意味深な笑み。

 

「この世界……

 君みたいなのが、必要になりそうだから」

 

彼は背を向け、来た道を歩いていく。

 

同じ足取り。

同じ角度。

 

消えた直後、ホールが激しく明滅し、

防壁が一気に再生された。

 

ログは消え、

まるで最初から誰も来ていなかったみたいに。

 

「……万津君」

 

七海の声は、かすれていた。

 

「あの人……いつでも、この世界を壊せる場所にいる」

 

俺は、拳を握りしめる。

 

「……放っておけないな」

 

七海は、小さく頷いた。

 

「うん……

 ここからが……本当の防衛だよ」

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