ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
――廊下は、終わるはずだった。
何度も何度も同じ角を曲がり、同じ非常灯の下をくぐり抜け、
すでに「ここは無限だ」と理解したその先で、
世界は突然、あまりにも唐突に“形を変えた”。
「……なに、ここ」
足を踏み出した瞬間、視界がひらける。
だがそこはホテルのロビーでも、非常階段でもなかった。
円形の空間。
白と淡青の幾何学模様が床一面に広がり、天井には半透明の巨大スクリーンが、まるで空を塞ぐ蓋のように張り付いている。
綺麗すぎる。
整いすぎている。
「……人が使う場所じゃないな」
無意識に呟いた声が、やけに遠くまで反響した。
「うん……ここ、管理ノードの中継層」
七海の声は、いつもより少し低い。
「干渉ログ……全部、この座標に集まってる」
ログの終点。
つまり、ここが“侵入者の足跡の行き止まり”。
なのに――
静かすぎる。
人の気配が、あまりにも綺麗に、完全に消えている。
それが、逆に異常だった。
「……七海。さっきまで、誰か……ここにいたよな」
「うん。たしかに」
彼女は頷いたが、その表情には説明できない違和感が滲んでいる。
「でも……今は、もう“動いてない”」
動いていない。
いなくなった、じゃない。
まるで“存在そのものを巻き戻した”みたいな言い方だった。
胸の奥に、冷たいものが沈んでいく。
俺たちは、間に合わなかった。
ホール中央の制御台に、七海がそっと触れる。
次の瞬間、壁一面のスクリーンが、ばっと明るくなった。
「……最後のログ、再生するね」
映し出されたのは、見覚えのある光景。
無限廊下。
同じ壁、同じ床、同じ非常灯。
そこを歩く、一つの影。
迷わず、躊躇なく、正確な歩幅で進んでいく。
「……これが、侵入者」
「うん。何度も、同じ経路を通ってる」
影は角を曲がり、また曲がり、
そして、このホールに入ってきた。
中央で立ち止まり、装置に手を伸ばす。
――そのとき。
影が、こちらを向いた。
……いや。
“こちらを見ている”ように見えた。
「……七海」
「待って……これ……」
七海の声が、ほんの一瞬だけ遅れて聞こえる。
スクリーンの映像が歪む。
影と、今この空間の輪郭が、じわじわと重なっていく。
背後で、音がした。
コツ。
コツ。
やけに、はっきりとした足音。
振り返った瞬間、背筋が凍った。
廊下の入口から、一人の男が歩いてきていた。
ログと、まったく同じ歩き方。
同じ速度。
同じ姿勢。
そして、同じ――“正確すぎる”動き。
男はホールの中央まで来ると、自然に立ち止まる。
スクリーンの映像が、すっと消えた。
そこに残ったのは。
現実の男だけ。
「……なるほど」
穏やかな声だった。
「やっぱり、辿り着いたか」
敵意も、驚きもない。
まるで、予定外の来客を見つけた研究者の態度。
七海が、小さく息を呑む。
「……この人……ログじゃない……」
「そりゃそうだよ」
男は、軽く肩をすくめた。
「再生映像は、喋らない」
喉が、ひくりと鳴る。
「……あんた、誰だ」
問いかける声が、自分でも驚くほど低かった。
男は、少しだけ首を傾げ、俺をじっと観察する。
視線が、皮膚の上をなぞるみたいに、いやに正確で、冷たい。
「名乗るほどの者じゃない」
「ここを……点検してるだけさ」
「点検……?」
「この世界、少しずつ壊れやすくなってる。
放っておくと、あとで困るんだ」
七海が、すぐに解析を始める。
……だが、次の瞬間、はっきりと眉が歪んだ。
「……データ、存在しない……」
男はそれを聞いて、楽しそうに目を細めた。
「登録されてないからね。
ここに“存在する資格”がない」
七海の声が、震える。
「……あなた……新世界プログラムの、内側の存在じゃない」
「うん。外から来てる」
――即答。
その軽さが、異様だった。
心臓が、嫌な音を立てる。
「じゃあ……廊下を削って、通路を作ってたのは」
「壊してはいないよ」
男は静かに首を振る。
「削って、調べて、通ってるだけ」
その一言で、すべてが繋がった。
「……ここは、立ち入り禁止だ」
俺が言うと、男は少し困った顔で笑った。
「管理者でもないのに?」
「関係ない。
ここは……人の意識の中だ」
男は、じっと俺を見て、ぽつりと呟いた。
「それが、君の役目?」
「……そうだ」
「なるほど」
短く頷いてから、七海に視線を移す。
「君は、なかなか優秀だね。
この構造を、ここまで保てている」
七海の輪郭が、ぶれた。
「……評価される筋合いは、ありません」
「あるよ。
君は……この世界の“基礎”に、かなり近い」
七海が、完全に言葉を失う。
「目的は何だ」
問い詰めると、男は少し考えてから答えた。
「観察」
「それだけか」
「今のところはね」
そして、俺を見て、静かに言った。
「君……想定より、ずっと適応が早い」
空気が、凍る。
七海が遮断を試みようとした瞬間、男はそれに気づき、一歩下がった。
「今日は、ここまでにしよう」
「これ以上触ると……君たちの管理ログが荒れる」
そして、俺にだけ視線を向ける。
「また会うよ」
意味深な笑み。
「この世界……
君みたいなのが、必要になりそうだから」
彼は背を向け、来た道を歩いていく。
同じ足取り。
同じ角度。
消えた直後、ホールが激しく明滅し、
防壁が一気に再生された。
ログは消え、
まるで最初から誰も来ていなかったみたいに。
「……万津君」
七海の声は、かすれていた。
「あの人……いつでも、この世界を壊せる場所にいる」
俺は、拳を握りしめる。
「……放っておけないな」
七海は、小さく頷いた。
「うん……
ここからが……本当の防衛だよ」