ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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南国 Part5

 防壁が再生された瞬間、世界の音が、すべて死んだ。

 

 さっきまで微かに鳴っていた演算音も、空調の気配も、すべてが消えて、

ホールには自分の呼吸の音だけが残った。

 

「……七海」

 

 呼びかけても、返事がない。

 

 嫌な予感がして振り返ると、七海は中央制御台のそばに立ったまま、完全に動きを止めていた。

 

 いや――止まっている、というより。

 

 “引っかかっている”。

 

 輪郭が、微妙にずれている。

制服の裾が、粒子状に崩れては、無理やり元に戻される。

まるで、世界のほうが彼女を「正しく表示できなくなっている」みたいだった。

 

「……七海?」

 

 もう一度名前を呼ぶ。

 

 数秒遅れて、彼女の首が、ぎこちなくこちらを向いた。

 

「……ごめん……」

 

 声が、わずかに二重に重なった。

 

「……処理、遅れてる……」

 

 その一言で、背筋に氷水を流し込まれた気がした。

 

「何が起きてる」

 

「たぶん……」

 

 七海は言葉を探すように、視線を彷徨わせる。

 

「……干渉……された……

 あの人……私の……基礎層……触った……」

 

 胸の奥で、何かが鈍く鳴った。

 

「どれくらい、危ない」

 

「……同期……0.7秒……遅延……」

 

 それが、どれだけ致命的か。

俺はもう、嫌というほど理解していた。

 

 七海は、この世界と“完全同期”している管理補助AI。

その同期が遅れ始めるということは――

 

「……このままだと……」

 

「……ログ破損……

 最悪……再起動対象……」

 

 再起動。

 

 その言葉の意味が、遅れて突き刺さる。

 

 人格初期化。

 記憶消失。

 

 つまり――七海が、七海じゃなくなる。

 

「……ふざけるな……」

 

 声が、勝手に荒れた。

 

「すぐ戻る。管理層に戻るぞ」

 

「……うん……お願い……」

 

 七海の輪郭が、また一度、大きく歪む。

 

 俺は彼女の手を取って、転送ポイントへ走った。

 

――――――――――

 

 現実世界へ帰還した瞬間、視界が大きく揺れた。

 

 管理室の白い天井が、ぐにゃりと歪んで見える。

 

 七海を支えながら椅子に座らせた、その直後。

 

 通信端末が、けたたましく鳴り出した。

 

『――万津君、応答して!』

 

 モニターに映ったのは、月夜野日菜の顔だった。

背後には、何枚ものモニターと走り続けるログ画面。

 

『今……そっちのデータ全部拾ってる!

 七海ちゃん……かなり危ない状態っす!』

 

「……やっぱりか」

 

 日菜はキーボードを叩きながら、必死に画面を切り替えている。

 

『同期遅延、演算欠損、権限衝突……

 しかもこれ……侵入痕……中核層直通……』

 

「中核……?」

 

『はい……新世界プログラムの“心臓部”っす……

 普通、絶対に触れない層……』

 

 七海が、かすれた声で呟く。

 

「……あの人……

 私の……核……見た……」

 

 日菜の手が、一瞬止まった。

 

『……基礎層……不二咲さん系アルターエゴ……直系……』

 

 画面に、赤い警告が次々と重なっていく。

 

【同期誤差:拡大】

【権限競合:検出】

【中核防衛層:削除痕あり】

 

『……ありえない……』

 

 日菜の声が、はっきりと震えた。

 

『中核防壁……“削られてる”……

 壊されてない……通路……作られてる……』

 

 俺の中で、さっきの男の声が、冷たく蘇る。

 

――削って、調べて、通ってるだけ。

 

「……日菜」

 

『……はい……』

 

「このままだと……七海はどうなる」

 

 一瞬、間が空いた。

 

 それから日菜は、覚悟を決めたように言った。

 

『……最悪……

 七海ちゃん……再起動対象……

 人格ログ……初期化……』

 

 七海が、微かに笑った。

 

「……それ……嫌だな……」

 

 その一言で、胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。

 

「……侵入者……次……必ず……来る……」

 

 七海の声は、ほとんど囁きだった。

 

『……はい……

 侵入経路……まだ……完全遮断……間に合ってない……』

 

 その瞬間。

 

 管理室の中央モニターが、真っ赤に染まった。

 

【侵入予測レベル:A】

【中核防衛層:緊急起動推奨】

 

 警告音が、部屋いっぱいに鳴り響く。

 

 心臓が、嫌な速さで打ち始める。

 

『……もう……

 待って防ぐ段階じゃないっす……』

 

 日菜は、震える声で続けた。

 

『……中核、防衛ミッション……

 今すぐ、発令しないと……』

 

 俺は、迷わず言った。

 

「……発令してくれ」

 

『万津君……今の状態で……』

 

「分かってる」

 

 でも。

 

 あいつは、もう一度来る。

 

 次は、もっと深く。

 次は、もっと確実に。

 

 七海を。

 この世界を。

 人の意識そのものを。

 

 奪うために。

 

「……ここで止める」

 

 七海が、ゆっくり頷いた。

 

「……ありがとう……

 万津君……」

 

 日菜は、深く息を吸ってから、操作キーを叩いた。

 

『……中核防衛プロトコル……起動……』

 

 モニターに、大きく表示が展開される。

 

【MISSION:CORE DEFENSE】

【対象:新世界プログラム中核層】

【任務:侵入経路遮断/権限奪取阻止】

 

 赤いカウントダウンが、静かに刻み始める。

 

 俺は、ゼッツドライバーに、そっと手を伸ばした。

 

 ――ここからが、本当の防衛戦だ。

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