ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
転送カウントが、無慈悲な速度でゼロへと近づいていく。
【CORE DEFENSE TRANSFER — 10】
管理室の照明が、赤く染まった。
壁一面のモニターには、新世界プログラム中核層の構造図が映し出され、そこに無数の侵入警告が重なっている。
『……座標固定……転送ライン、再構築中……』
日菜の声は、いつもより低く、速かった。
『……万津君……中核層……
通常のソムニウム層とは……完全に構造が違う……
重力概念……時間演算……
かなり、歪んでる……』
七海は、俺の隣で静かに立っていた。
だが、やはりおかしい。
肩の輪郭が、時々、微妙に遅れて表示される。
瞬きをするたび、彼女の影が一拍遅れて揺れる。
「……七海……無理するな」
「……大丈夫……」
そう言いながら、彼女の声は、どこか遠かった。
「……中核……
私の……“帰る場所”でも、あるから……」
その言葉が、妙に胸に引っかかった。
【5】
空間が、歪み始める。
床の模様が、ゆっくりとほどけ、
白と青の幾何学が、黒い格子へと崩れていく。
『……侵入予測……30秒以内……
相手……すでに……
防衛層の“裏側”に……』
日菜の声が、かすかに震えた。
『……来る……
たぶん……
もう……すぐ……』
【3】
七海が、そっと俺の袖を掴んだ。
「……万津君……」
「なんだ」
「……中核層……
たぶん……
今までのジャバウォック島とは……違う……」
「……どう違う」
七海は、一瞬だけ、言葉を失ってから、静かに言った。
「……“人の記憶”じゃなくて……
“人の意識そのもの”が……
そのまま……地形になってる……」
ぞっとした。
地形が、意識。
建物が、記憶。
影が、後悔。
ここは、世界じゃない。
心臓だ。
【1】
視界が、砕ける。
転送の衝撃が、全身を引き裂くみたいに走った。
――――――――――
次に目を開けたとき、そこは……ジャバウォック島、だった。
……ただし。
俺の知っている島じゃない。
空は、夜でも昼でもなく、紫と黒が混ざった濁った色。
雲は逆流するように流れ、海は水ではなく、無数の光の粒子でできている。
地面には、島の地形と、巨大な回路模様が重なっていた。
ホテルの輪郭は溶け、観覧車は途中で折れ、
建物の壁には、人の記憶の断片みたいな映像が、無数に浮かんでは消えていく。
「……ここが……中核層……」
声が、やけに小さく響いた。
『……映像……確認……
……うわ……
これ……島っていうより……
“演算装置の内部”っすね……』
日菜のモニター越しの声が、かすかにノイズを含む。
『……重力……安定してない……
時間フレーム……
0.3秒ずつ……ズレてる……』
足元を見ると、影が二重に揺れている。
一歩踏み出すと、靴底の感覚が、遅れて伝わってきた。
ここは、現実と夢の境界ですらない。
“意識の演算層”そのもの。
七海は、周囲を見渡しながら、ゆっくりと息を吐いた。
「……侵入経路……
まだ……閉じ切ってない……」
彼女の視線の先。
島の中央――かつてのモノクマ岩があった方向に、
巨大な“裂け目”が走っていた。
空間が、縦に割れている。
その奥には、まるでブラックホールみたいな、
暗い演算の渦が、静かに回転していた。
『……あそこ……
中核層の……直通ポート……』
日菜の声が、低くなる。
『……侵入者……
たぶん……
もう……あそこに……』
その瞬間。
――島全体が、ぎしり、と音を立てた。
地面が、わずかに沈む。
回路模様が、赤く発光する。
遠くで、何かが……“起動する音”。
「……来る……」
七海が、はっきり言った。
風が、止んだ。
雲が、動きをやめた。
光の海が、凍りついたみたいに静止する。
まるで、この世界そのものが、
“次に起きること”を、息を殺して待っているみたいだった。
『……侵入反応……急上昇……!』
日菜の声が、鋭く跳ねる。
『……座標……
裂け目の……内部……
権限反応……検出……!』
裂け目の奥で、闇が、ゆっくりと膨らみ始める。
黒い霧。
いや、霧じゃない。
無数のデータ片が、形を作りながら、
“誰か”の輪郭を描き始めていた。
心臓が、耳元で鳴り始める。
「……七海……」
「……うん……」
彼女は、小さく頷いた。
「……ここから……
私……案内……難しい……」
「……それでも、一緒に行く」
七海は、ほんの一瞬だけ、微笑んだ。
でも、その笑顔が、どこか……壊れかけのログみたいに、不安定で。
『……万津君……』
日菜の声が、深く、低くなる。
『……敵……
中核層に……完全侵入……
もう……
戦闘回避……不可能……』
裂け目の中で、
“それ”の影が、完全に立ち上がる。
誰の姿かは、まだ分からない。
でも、はっきりと分かる。
――ここから先は。
もう、逃げる場所なんて、どこにもない。
俺は、ゆっくりとゼッツドライバーに手を伸ばした。
金属の冷たさが、掌に伝わる。
「……行くぞ」
誰に向けた言葉かも、分からないまま。
この世界の心臓を守るために。
そして――
七海を、失わないために。