ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
――裂け目の奥の闇が、静かに“形”を持ちはじめた。
最初に見えたのは、靄の中に浮かぶ一対の靴底だった。
次に、ゆっくりと現れたのは、黒い外套の裾。
その布は風に揺れているのに、島の空気は、相変わらず完全に止まったままだ。
「……誰だ……」
喉の奥から、かすれた声が漏れる。
闇の中から、男が一歩、こちら側へ踏み出した。
年齢は分からない。
顔立ちは整っているはずなのに、どこか“人形”めいて、感情の温度が感じられない。
だが、何より目を引いたのは――
その胸元。
外套の奥、胸の中央に、はっきりと装着された異物。
深いワインレッドと金の縁取り。
横長の流線形のユニット。
中央に透明なドーム、その奥に、淡く脈打つ紫色の光。
「……あれ……」
思わず、息を呑んだ。
見覚えが、ありすぎた。
ゼッツドライバーとも、ノクスドライバーとも違う。
けれど、**同じ系譜の“変身装置だと、直感で分かる。
『……万津君……』
日菜の声が、モニター越しに、露骨に強張る。
『……解析……一致……
……あれ……
ナイトインヴォーカー……じゃない……
……新型……
……ロード……インヴォーカー……』
「……ロード……?」
その名前を、頭の中で反芻した瞬間。
男が、ゆっくりとこちらを見た。
視線が、俺と七海を、正確に貫いた。
初めて“視線”を向けられたのに、なぜか――
ずっと前から、見られていた気がした。
「……なるほど」
低く、穏やかな声。
怒りも、敵意も、驚きもない。
ただ、観察する研究者みたいな声音。
「ここまで、辿り着いたか」
七海が、俺の一歩前に立った。
「……あなた……
ここ……立ち入り禁止……」
男は、少しだけ首を傾げる。
「禁止、か。
そういう言葉は、いつも“守れない側”が使う」
胸元の装置が、かすかに、光った。
『ロードインヴォーカー』
その瞬間。
背筋を、氷水で貫かれたみたいな悪寒が走った。
――危険だ。
理屈じゃない。
ゼッツドライバーに触れた時と、同じ直感。
“起動されたら、終わる”
『……万津君……
あの装置……
ノクスドライバーより……
さらに……深層権限……アクセス可能……』
日菜の声が、かすかに震えている。
『……中核層……
直接……書き換え……できる……かも……』
つまり。
あれは、ただのライダーシステムじゃない。
この世界の心臓を、直接、握れる鍵。
男は、俺の視線に気づいたのか、わざとらしく胸元を撫でた。
「……これが気になるか?」
微笑む。
けれど、その笑みは、どこにも“優しさ”がなかった。
「安心しろ。
まだ……使うつもりはない」
「……じゃあ……何のために……ここに来た」
俺が問いかけると、男は一瞬だけ、視線を伏せた。
ほんの、ほんの一瞬。
その表情に――
言葉にできない“焦り”の色が、滲んだ気がした。
「……少し、探し物をしているだけだ」
「探し物……?」
「君には、関係ない」
そう言って、男は、七海の背後にちらりと目をやった。
――ぞくり。
今の視線。
七海を“人”として見ていなかった。
“データ”として、見ていた。
「……その先……行かせない……」
七海の声が、いつもより、少しだけ強い。
男は、肩をすくめた。
「邪魔をするなら……困るな」
その瞬間。
ロードインヴォーカーの中央ドームが、淡く回転し始めた。
周囲の回路模様が、赤から紫へと変色する。
島の地面が、わずかに、悲鳴みたいな振動を立てた。
『……起動予兆……検出……!』
日菜の声が、跳ねる。
『……演算権限……奪取準備……
……危険度……
……最上位……!』
男は、ゆっくりと両手を広げた。
構え。
明確な“戦闘準備”。
「……君たちが、ここで止まれば……
争わずに済む」
静かな声。
でも、その奥に。
**「目的を邪魔するなら、排除する」**という意思が、はっきり滲んでいた。
俺は、反射的に七海の前に立った。
ゼッツドライバーに、指をかける。
心臓が、異常な速さで脈打つ。
「……悪いけど……」
声が、少し震えた。
「ここは……
俺たちの……守る場所だ」
男は、初めて、ほんの少しだけ、楽しそうに笑った。
「……そうか」
ロードインヴォーカーの両翼状プレートが、かちり、と展開する。
中央ドームの中で、何かが――目を覚ました。
「――では」
低く、はっきりと。
「君たちを、越えていく」
世界が、再び、音を失った。
次の瞬間。
戦いが、始まる。