ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
裂け目の奥で、黒い霧がまだ渦を巻いている。島の回路模様は紫に脈打ち、空は昼でも夜でもない濁った色で、雲だけが逆流していた。中核層ってやつは、景色そのものが「何かがおかしい」と言い張ってくる。落ち着ける要素が一つもない。
その中心に、赤い左肩を持つ影が立っている。
ロードファイブ――いや、丑寅幽玄。
胸元のロードインヴォーカーがかすかに光り、まるで生き物の心臓みたいに静かに鼓動を刻んでいる。あれが起動しきったら、何が起こるか分からない。分からないってこと自体が、最悪だ。
「……七海、下がれ」
七海は頷いたが、動きが一拍遅れる。輪郭がノイズに滲むたび、俺の胃が冷える。守るべきものが目に見えるほど壊れかけている状況ほど、厄介なものはない。
『万津君、相手……まだ“余力”残してるっす。変な動きしたら即死コースだから慎重に』
日菜の声が耳に刺さる。遠隔のはずなのに、目の前で叫ばれてるみたいに現実味がある。声に混じるノイズが、ここが普通の夢世界じゃないってことを何度も思い知らせてくる。
丑寅は、こちらを見ている。感情の温度がない目。観察者の目。俺を「邪魔」と判断して、次の工程へ進むためのゴミとして認識している目。
――まずい。
このまま、言葉で何とかなる相手じゃない。
だから俺は、ゼッツドライバーに手を置いた。冷たい金属の感触が、逆に俺を落ち着かせる。ここまで来て、ためらう理由は一つもない。
「……行くぞ」
自分に言い聞かせるように、俺はドライバーを押し込む。
『グッドモーニング! ライダー!ゼ・ゼ・ゼッツ!インパクト!』
音声が鳴った瞬間、空気が“殴られた”みたいに歪んだ。中核層の空間が一拍遅れて反応し、足元の回路がぐにゃりと沈む。衝撃。フィジカムインパクト――まるで夢の中で「強さ」そのものを具現化したみたいなフォームだ。
装甲が重く、硬く、そして熱い。身体の内側に筋肉が増えたような錯覚。呼吸が深くなる。拳を握ると、掌の中で世界が鳴る気がした。
丑寅は動かない。変身の余韻すら待つ気がないのかと思ったが、違う。あいつは“計測”している。俺の変化を、俺の出力を、俺の反応速度を。
「……さて」
金属混じりの声が響く。ロードファイブの複眼が細く光る。
「これからの教団の為にもきっちりとお前を倒させて貰おうか」
宣言は短い。処刑の告知みたいに事務的だった。
次の瞬間、奴が踏み込んだ。
地面がきしむ。回路模様が奴の足元から赤紫に染まり、裂け目がわずかに広がった気がした。速い。だが、見失うほどじゃない。フィジカムの身体が、ぎりぎり「追える」と判断する速度。
俺はブレイカムゼッツァーを抜く。
刃が空気を切った瞬間、世界の温度が一段下がった。夢の中の武器なのに、金属の匂いがする。血の匂いじゃない。データが焦げる匂いだ。
ロードファイブも同時に、ブレイカムバスターを構えた。あの武器の輪郭は、ゼッツァーと同系統の“切断”の理屈で作られている。だからこそ分かる。あれは、俺の刃を受け止められる。
最初の一合。
刃と刃がぶつかり、火花の代わりに黒い粒子が散った。
――重い。
押し返そうとしたのに、押し返せない。
押し込まれそうになったのに、押し込まれない。
互角。
腕の骨が軋むほど力を込めても、相手の剣筋は微塵も崩れない。こっちも、踏ん張った足が沈むだけで後退はしない。丑寅の左肩の赤い装甲が、目の前でぴくりとも揺れないのが不気味だった。人間なら、どこかで呼吸が乱れる。体幹がぶれる。けど、こいつは“機械”みたいに正しい。
「……っ!」
俺は鍔迫り合いから刃を滑らせ、横薙ぎに切り替える。
丑寅は、同じ角度で受け流した。まるで定規で測ったみたいに正確。
次の瞬間、返しの斬撃。
俺の頬の横を、刃が掠めた。痛みは遅れて来る。皮膚が熱い。血じゃない、光の粒が散る。中核層では、傷ですら“データ”として噴き出す。
『万津君! 角度、一定! 同じ軌道で来てる! 癖読めるっす!』
日菜の声が割れる。解析が追いつくギリギリの速さで、丑寅は同じ斬り筋を繰り返している。几帳面。病的なくらい几帳面。これが“表の人格”だとしても、十分に気味が悪い。
俺はその癖を逆手に取る。
同じ角度なら、同じ場所に来る。
同じ場所に来るなら、先に置ける。
俺はゼッツァーを一瞬だけ引き、次の斬撃が来る位置へ刃を“置いた”。
ガキン、と鈍い音。
互角のはずだった力比べが、さらに拮抗する。
押し合いのまま、足元の回路模様がじわじわ沈んでいく。島が俺たちの戦いに耐えられないみたいに。
丑寅の動きが、ほんの一瞬だけ止まった。
止まったのではなく――“測った”。
俺の反応を。読みを。適応を。
そして、次の一手。
ブレイカムバスターが、縦に振り下ろされる。
俺は受ける。
受けた瞬間、腕が痺れた。衝撃が骨に直接響く。フィジカムの装甲がなければ、腕が折れていたかもしれない。
だが、折れない。
フィジカムインパクトは“衝撃”の夢だ。
受け止めて、跳ね返して、ねじ伏せる。
俺は踏み込む。
ゼッツァーを押し返し、体ごとぶつけるように刃を滑らせた。
――互角。
丑寅も踏ん張る。足元から黒い霧が巻き上がり、回路が赤紫に脈動する。裂け目がまた少し広がった。気のせいじゃない。中核層が、俺たちのやり取りで削れている。
『……中核防壁、負荷上昇! このまま斬り合い続けると、裂け目が拡大するっす!』
日菜の警告。
くそ。時間を稼ぐほど、相手の目的に近づく。あいつは俺を排除しながら、同時に中核へ通じる道を安定させようとしている。戦っているのに、こちらだけが不利な条件を背負っている。
でも――引けない。
七海の輪郭が、また揺れた。
その揺れを見るだけで、俺の中の何かが切れる。
「……っ、来いよ」
俺は息を吐き、ゼッツァーを構え直す。
丑寅は静かに応じた。
返事の代わりに、同じ歩幅で踏み込み、同じ角度で斬る。
俺はそれを受け、弾き、返す。
刃が交差するたび、粒子が散り、空気が軋み、島の回路が悲鳴を上げる。
互角。互角。互角。
どちらも倒れない。どちらも決定打を出せない。
鍔迫り合いになった瞬間、俺は丑寅の複眼を真正面から見た。
そこには、怒りも焦りもない。
ただ、淡々とした「処理」。
その無機質さが、何より怖い。
「……君は……」
丑寅が低く呟く。言葉の切れ端だけが聞こえた。
「……想定より……」
そこで言葉が途切れた。
代わりに、胸元のロードインヴォーカーが――かすかに回った気がした。
ほんの一瞬。
ノイズが走る。
世界が一拍遅れる。
『……万津君、今……未知のパラメータ跳ねた! まだ使ってない能力が――』
日菜の声が途中で掠れた。
俺の皮膚の上を、冷たいものが滑った。
「次の段階」が来る。
丑寅は、刃を押し返しながら、静かに言った。
「……ここで終わらせるのが、一番きれいだ」
その声は、優しさの仮面を被ったまま、底が抜けていた。
俺は歯を食いしばる。
フィジカムの肉体が、限界の少し手前で踏ん張っている。互角の身体能力。互角の技量。互角の耐久。
でも、互角のままじゃ――守れない。
裂け目が、呼吸するみたいに脈打った。
七海が、かすかに膝をつく。
「……っ」
俺は一瞬だけ目線をそちらへやった。
その隙を、丑寅は見逃さない。
刃が、真っ直ぐに迫る。
俺はゼッツァーを振り上げ、受け止めた。
火花が散る。粒子が散る。
そして――
ロードインヴォーカーが、また一度だけ、回転した。
その瞬間、音が消えた。
世界が、白くなる。
――来る。
次の一手は、刃じゃない。
能力だ。
俺はそう確信しながら、ゼッツドライバーの冷たさを掌の奥で思い出していた。
フィジカムの“衝撃”で、まだ踏ん張れるか。
それとも、切り札を抜くべきか。
答えを出す前に、丑寅の複眼が、静かに光った。