ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
最初に気づいたのは、音だった。
乾いた破裂音でも、派手な崩壊音でもない。
それは、日常の中に紛れ込むような、微かな異音だった。
ゴン太が瓦礫の前に立っていた。
通りの端で、壁の一部が崩れ、道を塞いでいる。年配の女性がその前で立ち往生していた。
「大丈夫? 今、ゴン太がどかすよ」
そう言って、ゴン太は屈む。
その動きは慎重で、力任せではない。紳士として、人を怖がらせないようにする配慮が滲んでいる。
瓦礫が持ち上げられた瞬間——
背後で、何かが軋んだ。
「……っ?」
嫌な予感がして振り向いた、その刹那だった。
通りの反対側、瓦礫とは無関係に見えた建物の外壁が、まるで耐えきれなかったかのように崩れ落ちた。
石片が飛び、悲鳴が上がる。
「危ない!」
反射的に、ゴン太が走った。
落ちてくる瓦礫から、子どもを庇う。
——その直後、別の場所で、誰かが倒れた。
助けた子どもは無傷だった。
だが、視界の端で、地面に膝をついた男がうずくまっている。足元には、割れた石と血。
「……どうして……?」
ゴン太の声が、震えた。
偶然だ。
そう思おうとした。
だが、あまりにも出来すぎている。
瓦礫をどかした瞬間に、別の建物が崩れる。
人を庇った瞬間に、別の誰かが傷つく。
善意の行動が、必ず“別の場所”で帳尻を合わせるように、被害を生んでいる。
「……万津君……?」
ゴン太がこちらを見る。
困惑と、不安と、理解できない何かが混ざった視線だった。
「ゴン太、落ち着いて。まだ……」
言いかけて、言葉が詰まった。
落ち着くべきなのは、俺の方だった。
これは悪意じゃない。
誰かが直接、ゴン太を陥れているわけでもない。
世界そのものが、善意を破壊として処理している。
そう理解した瞬間、背筋が冷えた。
この世界では、守るという行為が“加害”に変換される。
力を使うほど、結果は歪み、被害は別の形で現れる。
だから、ゴン太は怯えていたのだ。
助けた後で。
感謝された直後に。
「……ゴン太、ここでは……」
言葉を探す。
だが、正確な言葉が見つからない。
ゴン太は俯き、拳を握りしめた。
「ゴン太……悪いこと、してるのかな」
その一言で、全てが繋がった。
この世界は、
ゴン太の「優しさが誰かを傷つけているのではないか」という恐怖を、
ルールとして固定している。
だから、ここは悪夢なのだ。
その違和感は、積み重なっていた。
一つ一つは小さい。偶然で片づけられる程度の出来事だ。
だが、数が増えるにつれて、無視できなくなっていく。
通りの中央で、二つの出来事が同時に起きていた。
片方では、倒れた街灯の下敷きになりそうな老人。
もう片方では、崩れかけた建物の影で泣いている子ども。
どちらも、放っておけば危険だ。
どちらも、助けなければ後悔する。
ゴン太は立ち尽くしていた。
「……万津君……」
その声は、助けを求めているというより、確認に近い。
自分の選択が“正しいかどうか”を、誰かに決めてほしいような響きだった。
「どっちも……助けたい」
そう言った直後、町が軋んだ。
まるで、答えを待っているかのように。
「ゴン太、待て。今は――」
言い終わる前に、ゴン太は動いた。
老人の方へ走る。紳士として、弱い者を優先する。それは正しい判断だ。
老人は助かった。
だが、次の瞬間、子どものいた建物が崩れ落ちる。
悲鳴。
瓦礫。
動かなかった結果ではない。
動いた結果だ。
「……じゃあ……」
ゴン太は唇を噛み、次の場面で動かなかった。
今度は、遠くで誰かが倒れる音がした。
助けなかった結果だ。
助ける/見捨てる。
どちらを選んでも、被害は出る。
「……おかしい……」
ゴン太の声は、震えていた。
次の場面では、さらに露骨だった。
火のついた建物。
近づけば救えるが、周囲の構造が不安定だ。
距離を取れば、自分は無事だが、中の人は助からない。
「近づけば……また……」
ゴン太は一歩、下がった。
すると、背後で別の建物が崩れ、通行人が巻き込まれた。
近づく/距離を取る。
どちらも、間違いになる。
その瞬間、俺は理解してしまった。
「……ゴン太」
声をかけるが、彼は聞いていない。
いや、聞こえていないわけじゃない。
聞こえない方が楽な段階に入ってしまっている。
この世界では、選択そのものが罰だ。
何もしなくても、何かをしても、結果は悪化する。
つまり——
正解が存在しない。
ゴン太の優しさを、行動を、判断を、すべて裏切るためだけに作られた世界。
「だから……ゴン太は……」
思い出す。
現実世界で、助けた後に怯えていた姿。
感謝された直後に、距離を取っていた理由。
「選ぶたびに……誰かが傷つくなら……」
ゴン太は、膝をついた。
「ゴン太は……何もしない方が、いいのかな……」
その言葉を聞いた瞬間、胸が締めつけられた。
これが、このソムニウム世界の真実だ。
この世界は、ゴン太に
“優しさをやめる”という結論に辿り着かせるための檻。
助けることも、見捨てることも。
動くことも、止まることも。
近づくことも、離れることも。
すべてが否定される。
——だから、ここは悪夢なのだ。