ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

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優しさ Part6

町は、静かだった。

風が通り、陽が差し、建物は整然と並んでいる。人々は落ち着いた足取りで行き交い、声を荒げる者はいない。事故も、悲鳴も、混乱も見当たらなかった。ここは安全だ。少なくとも、そう“見える”。

 

ゴン太は通りの端に立っていた。

誰かを助けるでもなく、立ち止まっているだけだ。だが、その表情は安堵に近い。世界が落ち着いていることを、彼なりに喜んでいるように見えた。

 

「……今日は、みんな困ってないみたいだね」

 

穏やかな声だった。

それに応えるように、通りの人々が軽く会釈を返す。礼儀正しい反応だ。だが、誰一人として足を止めない。助けを求める視線もない。

 

ゴン太が一歩近づくと、人の流れがわずかに割れた。避けられたわけじゃない。衝突を避けるための自然な動き――そう言い切れる程度の距離。だが、その“自然さ”が、胸に引っかかった。

 

「大丈夫ですから」

「こちらでやります」

 

そんな声が、柔らかく投げられる。拒絶ではない。丁寧な配慮だ。配慮の形をした距離。

ゴン太は頷き、下がる。紳士として、相手を不安にさせないために。

 

その瞬間、町はさらに静かになった。

音が減ったわけじゃない。むしろ、整った。歯車が噛み合ったような、妙な安定感が生まれる。

 

――関わらなければ、世界は壊れない。

 

どこからともなく、そんな結論が漂ってくる。

言葉ではなく、空気として。

 

通りの奥、群衆の背後に、影が立っていた。

誰かの背中に重なり、別の誰かの足元へと滑る。はっきりした輪郭はない。だが、世界が安定する瞬間にだけ、濃くなる影だった。

 

影は何もしない。

ただ、結果を見せている。

 

ゴン太は気づいていない。

自分が動かないことで、町が“正しく”回っていることに。

そして、その正しさが、どれほど残酷な意味を持つのかを。

町の静けさは、続いていた。

それは嵐の前の沈黙ではない。完成された秩序の音だった。誰もが自分の役割を理解し、無駄な衝突を避け、滞りなく日常を回している。少なくとも、表向きは。

 

ゴン太は、その中に立っている。

いや、立たされていると言った方が正しいのかもしれない。

 

「ゴン太は……今日は、見てるだけにするよ」

 

誰に向けた言葉でもない。自分自身に言い聞かせるような、静かな宣言だった。

彼は動かない。助けを求める声がないからではない。助けを求めさせない距離を、無意識に取らされているからだ。

 

通りの向こうで、荷物を運ぶ人影が見える。

重そうだ。ゴン太なら、すぐにでも手を貸せる。だが、その前に別の誰かが声をかける。

 

「こっちでやりますよ」

「ありがとうございます。でも、もう大丈夫です」

 

言葉は丁寧で、礼儀正しい。

その一つ一つが、ゴン太の前に“壁”を作る。

 

彼が一歩踏み出そうとすると、周囲の空気がわずかに張り詰める。

不安ではない。警戒でもない。ただ、「そこまでしなくていい」という無言の合意。

 

ゴン太は足を止める。

紳士であろうとするからだ。相手を困らせないために。空気を乱さないために。

 

その選択が重なるたび、町はより滑らかに回り始める。

誰も転ばない。誰も声を荒げない。問題は起きない。

 

――ほら、正しいだろう?

 

影が、また一つ濃くなる。

人々の背後、建物の影、足元に伸びる輪郭。その存在は、世界の“正解”を肯定するかのように、ただそこにある。

 

仕事は、既に割り振られている。

役割は、最初から他の誰かのものだったかのように。ゴン太の名前は、どこにもない。

 

「ここは、危ないから」

「君は、休んでいていい」

 

優しい言葉だ。責める響きはない。

だが、その優しさは、ゴン太の立つ場所を少しずつ削っていく。

 

彼は気づかない。

“助けない”ことが選択ではなく、“助けさせてもらえない”状態へ移行していることに。

 

気づかないまま、頷く。

紳士として、笑顔を作る。

 

その瞬間、町は完成する。

ゴン太が関わらない世界。

静かで、正しくて、誰も困らない世界。

 

そして、その正しさの中心に、影が立っていた。

町は、あまりにも静かすぎた。

人の流れは整い、仕事は滞りなく進み、声は低く抑えられている。誰もが礼儀正しく、誰もが正しい。だが、その正しさの中に、温度がなかった。

 

ゴン太は通りの中央に立っている。

巨体は相変わらず目立つはずなのに、誰の視線も引き寄せない。見えていないわけじゃない。ただ、必要とされていない。

 

「……ゴン太、邪魔じゃないよね?」

 

そう尋ねる声はない。

代わりに、自然な配置が彼を避けていく。人の流れが左右に割れ、空間ができ、また閉じる。そこに悪意はない。計算すら感じられない。ただの“最適化”。

 

――関わらなければ、問題は起きない。

 

その結論が、町の至る所に刻まれている。

看板に、道の配置に、人々の距離感に。

 

万津は、はっきりと理解した。

この世界は、ゴン太が動かないことを前提に設計されている。

 

通りの奥で、口論が起きかけた。

だが、誰かが一歩前に出る前に、別の声が割って入る。

 

「ここは危険です」

「専門の人に任せましょう」

 

正しい判断だ。

そして、その“専門の人”の中に、ゴン太の席はない。

 

影が、姿をはっきりさせる。

人の背後から離れ、通りの中央に滲み出る。輪郭は曖昧なまま、だが存在感だけは明確だ。

 

影は語らない。

代わりに、結果を並べる。

 

ゴン太が助けようとした場所では、別の場所で問題が起きていた。

ゴン太が力を使えば、どこかが壊れる。

彼が庇えば、別の誰かが傷つく。

 

――善意は、被害を生む。

 

それが、この世界の“裏のルール”だった。

 

ゴン太は立ち尽くす。

彼が動かないほど、町は安定する。

彼が身を引くほど、被害は減る。

 

影が、静かに輪郭を濃くする。

 

「君は優しい」

「だから、世界のために距離を取れる」

 

その言葉は、慰めの形をしていた。

だが意味は違う。

 

――存在しない方が、正しい。

 

ゴン太が人間社会に馴染もうとしてきた努力。

紳士であろうとした姿勢。

人を傷つけないために、自分を抑えてきた選択。

 

そのすべてが、ここでは削除理由に変換されている。

 

万津は、背筋が冷たくなるのを感じた。

これは罰じゃない。排除ですらない。

優しさを肯定したまま、居場所を消す構造だ。

 

影は、敵意を隠さない。

だがそれは怒りではない。冷静な宣告だ。

 

「君がいなければ、世界は完成する」

 

ここで、ソムニウム世界の真実が明らかになる。

このナイトメアは、ゴン太を壊すために生まれたのではない。

ゴン太を“正しく無効化”するために存在している。

町は、完成していた。

事故は起きない。争いもない。人々はそれぞれの役割を果たし、過不足なく世界を回している。そこには混乱も、悲鳴も、救助も必要ない。

 

ゴン太は、その中心から少し離れた場所に立っていた。

誰にも邪魔されず、誰にも頼られず、誰にも期待されない位置。そこは安全で、静かで、正しい。

 

「……ゴン太は、ここにいればいいんだね」

 

その声は、震えていなかった。

納得しようとしている声音だった。

 

影が、完全に姿を現す。

それは怪物でも、暴力の象徴でもない。町の構造そのものから切り出されたような存在。道の配置、視線の流れ、選択肢の消失――それらが一つに集約された形。

 

「君は間違っていない」

「ただ、君は多すぎる」

 

影の言葉は、どこまでも冷静だ。

ゴン太の優しさを否定しない。努力も、善意も、誠実さも認めている。その上で、こう結論づける。

 

「世界は、君がいなくても回る」

「むしろ、君がいない方が滑らかだ」

 

ゴン太は反論しない。

紳士として、相手の言葉を遮らない。

自分が動けば、どこかが壊れる。

自分が助ければ、別の誰かが傷つく。

それを、もう何度も見せつけられてきた。

 

「……ゴン太は、みんなを困らせたくない」

 

その言葉が落ちた瞬間、影は確信する。

敵意が、完成する。

 

これは排除ではない。

これは裁きでもない。

善意を肯定したまま、存在価値をゼロにする論理だ。

 

町は、静かにゴン太を“背景”へと押し出す。

誰も彼を追い出さない。

ただ、必要としなくなる。

 

万津は、はっきりと悟った。

このナイトメアは、ゴン太が自分から消えることを望んでいる。

それが最も“正しい結末”だと、信じさせようとしている。

 

――それでも。

 

ゴン太は、ゆっくりと拳を握る。

紳士であろうとする姿勢は、崩れていない。

だが、そこに新しい決意が混じる。

 

「……でも。ゴン太は、ここに立ってる」

 

影が一瞬、揺らぐ。

それは怒りではない。

想定外だ。

 

ゴン太は、世界を壊そうとしていない。

誰かを否定しようともしていない。

ただ、自分が存在することを、引き下がらずに選んだ。

 

それだけで、この世界の前提が崩れ始める。

 

万津は一歩、前に出る。

この先は、説得でも理解でもない。

戦わなければならない理由が、ここでようやく生まれた。

 

善意が罪になる世界を、否定するために。

優しさが消去理由になる構造を、破壊するために。

 

ソムニウム世界が、軋みを上げる。

ナイトメアは、初めて“敵”として牙を剥いた。

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