ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
俺は籠手を構えたまま、視線を前に戻す。
ロードシックスは、銃口をゆっくりと下ろしていた。
撃てたはずだ。
確実に当てられた距離。
それでも、彼女は撃たない。
「……ああ、やっぱり」
その声は、震えていた。
戦いの興奮ではない。
もっと、個人的な震え。
「あなた、本当に素敵」
背筋が冷える。
ブレイカムブレイカーを抱くように持ち替え、
彼女は一歩、こちらへ歩み寄る。
「誰かが勇気を出すと、あなたの重さが変わる」
装甲越しでも分かる。
視線が、俺の動きではなく――呼吸を追っている。
「あなたは力を振るう。でも、壊すためじゃない」
一歩、また一歩。
「守ろうとする。自分が傷ついても」
銃口が、俺の胸元に触れそうな距離まで近づく。
撃たない。
「……ねぇ、どうして?」
甘い声。
「どうして、そんなに優しくなれるの?」
答えられない。
重力が、わずかに揺れる。
彼女はそれを見逃さない。
「揺れた」
小さく笑う。
「あなたの中にも、壊したい衝動があるのに」
その言葉が、胸の奥に触れる。
「それでも、選ぶ」
彼女の指先が、銃口越しに俺の籠手をなぞる。
「壊さない方を」
呼吸が浅くなる。
「素敵。とても、素敵」
仮面の奥で、確実に笑っている。
「あなたが選び続ける限り、世界は揺れるわ」
背後でゴン太が息を呑む音がする。
彼女は振り向かない。
視線は、俺だけ。
「あなたが救うたび、誰かは壊れる」
その声は、優しい。
「その瞬間が、たまらなく美しい」
ブレイカムブレイカーが、静かに持ち上がる。
だが、狙わない。
空間に向けて、撃つ。
発射。
光が裂け目を作る。
歪みが広がる。
その中に、彼女の身体が溶け始める。
「今日はここまで」
声だけが残る。
「もっと見たいの」
裂け目の向こうで、彼女は振り返る。
「あなたが守る姿も」
微笑む気配。
「あなたが壊れる姿も」
空間が閉じる直前。
その声が、はっきりと響いた。
「どんなあなたでも愛してみせます。」
一瞬の静寂。
そして。
「あなたが引き起こす大災害、とても楽しみにしています」
光が消える。
重力の歪みだけが残る。
俺は動けない。
勝ったわけじゃない。
逃げられたわけでもない。
ただ――
選ばれた。
その事実だけが、重く残る。
裂け目が閉じたあとも、空気は冷えたままだった。
彼女の残した言葉が、耳の奥で反響している。
大災害。
愛してみせる。
ふざけた告白だ。
なのに、背中に残る感触が消えない。
「……万津君」
振り向くと、ゴン太が立っていた。
さっきよりも、目がまっすぐだ。
俺は息を吐く。
「終わってない」
その言葉に応じるように、地面が脈打った。
黒い影が、再び集まり始める。
ナイトメア。
吹き飛ばされたはずのそれは、砕けきっていない。
歪んだ街の奥から、ゆっくりと形を取り戻していく。
『……選んだな』
声は低い。
怒りではない。
確信だ。
『選べば、壊れる』
「うるさい」
俺は籠手を構える。
重力が掌に集まる。
だが今は、さっきと違う。
「壊れるのが怖いなら」
ゴン太が一歩前に出る。
影が揺れる。
「……それでも、ゴン太は選ぶ」
ナイトメアの形が歪む。
人の顔が、いくつも浮かぶ。
『怪物』
『優しさは偽物だ』
『馴染めない』
声が重なる。
ゴン太の肩が震える。
俺は横に並ぶ。
「聞くな」
短く言う。
「目を離すな」
ナイトメアが腕を伸ばす。
影が地面を這い、俺たちを囲もうとする。
俺は籠手を叩きつけた。
重力が波紋のように広がる。
影が持ち上がる。
空中で裂ける。
だが、完全には崩れない。
『守るほど、壊れる』
「だったら」
ゴン太が叫ぶ。
「壊れてもいい!」
拳を振り抜く。
影に触れた瞬間、空間が軋む。
ナイトメアが後退する。
『……何故だ』
「ゴン太、怪物じゃない」
呼吸が荒い。
だが視線は揺れない。
「友達だ」
その言葉に、影の揺れが止まる。
一瞬。
俺はそこを逃さない。
籠手を握る。
重力を一点へ圧縮。
「終わらせるぞ」
ゴン太が頷く。
ナイトメアが吠える。
『選ぶな!』
「選ぶ!」
重力を解放する。
空間が押し潰される。
影が引き裂かれる。
ナイトメアの中心に、亀裂が走る。
だが――
完全には消えない。
黒い核が、まだ脈打っている。
俺は息を整える。
これで終わりじゃない。
彼女の言葉が、またよぎる。
大災害。
愛してみせる。
ナイトメアがゆっくりと顔を上げる。
『……まだだ』
影が、最後の形を取ろうとする。
俺は籠手を構え直す。
ゴン太が隣に立つ。
「万津君」
「ああ」
短く応じる。
黒い核が、膨らむ。
次が、本当の最終局面だ。