ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
光が落ちた瞬間、音が遠くなった。
足裏に触れる地面は、校舎の床に似ているのに弾力がない。靴底がきゅ、と鳴らず、乾いた砂みたいに沈む。
空気は冷たいのに、汗だけが背中に張り付いていた。
視界の端で、黒い塊が脈打っている。
予備学科の生徒たちの意識が絡まり合った核。まだ形は曖昧なのに、近づくほど胸の奥が重くなる。
「万津君。呼吸、浅くなってる」
最原の声がすぐ後ろで響いた。
振り向かなくても分かる。視線を外さず、でもちゃんと俺を見てる声。
「……平気だ」
「平気じゃない時ほど、そう言うよね」
小さく苦笑が混じる。
その声に、少しだけ肩の力が抜けた。
前方で伊達が拳を振るう。影の塊が弾け、霧みたいに散った。
衝撃が遅れて足元まで伝わる。
「近づきすぎんな。触れるだけで引っ張られるぞ」
短い警告。
言い終わる前に、また一体が跳びかかってきた。
「来る!」
龍木の声。
光のラインが地面に走る。細い道みたいに伸び、俺たちの周囲に円を描いた。触れた影が弾かれる。
「避難経路、展開しました。中心までのルート、維持できるのは……三分」
「十分だろ」
伊達が低く笑う。
俺は一歩踏み出した。
黒い核までの距離は、まだ遠い。けど止まってる暇はない。
走る。
靴音がしない世界で、呼吸だけが大きく響く。
影が揺れ、誰かの声が混ざる。
――どうせ予備学科だろ。
――期待なんて、最初からない。
耳の奥が軋む。
拳を握り、ドライバーに触れる。まだ使うな。救出が先だ。
「万津君、左!」
最原の声に反応して体を捻る。
黒い腕が空を裂いた。頬の横を掠め、冷たい風だけが残る。
「……ありがとう」
「お礼は後でいい。今は進もう」
丁寧なのに、迷いがない。
最原の影が地面を走り、足場を安定させる。歪んでいた床が一瞬だけ固まった。
龍木が背後で端末を操作している。青い光が揺れ、細い糸みたいな線が生徒の意識を引き寄せていた。
「回収、開始しています。同期率……上昇中」
言葉は落ち着いているのに、指先の動きが速い。
伊達が前に出る。
肩越しに振り返り、俺を見る。
「お前は真ん中だ。崩れたら、全部崩れる」
「……分かってる」
胸の奥が少しだけ熱くなる。
支えられてる。四人で来てる意味が、はっきり分かる。
核が、すぐ目の前まで迫った。
巨大な球体。表面に無数の顔。笑顔、泣き顔、怒り顔。全部が重なり合っている。
触れたら、引きずり込まれる。直感がそう告げていた。
「……ここが中心」
最原が呟く。
声は静か。でも息が少し乱れている。
「壊すんじゃない。分離だ」
伊達が低く言う。
「できる?」
龍木が俺を見る。
問いじゃない。確認だ。
俺は頷いた。
ドライバーに手をかける。冷たい金属が掌に食い込む。
「変身――」
音声が響く。
光が走り、装甲が身体を包む。衝撃が足裏から伝わり、視界が鮮明になる。
黒い核に手を伸ばす。
触れた瞬間、感情が雪崩みたいに流れ込んできた。
悔しさ。
羨ましさ。
期待されないことへの慣れ。
……重い。
膝が震える。
けど、離さない。
「万津君、今だよ」
最原の声がすぐ横にある。
影が核の表面を切り裂き、細い裂け目が生まれた。
「龍木!」
「同期、完了。分離開始!」
青い光が流れ込み、絡まった意識が一つずつほどけていく。
伊達が後方を押さえ、迫ってくる影を叩き落とす。
「長くは保たねぇぞ!」
「分かってる!」
声を張る。
拳に力を込める。夢のエネルギーが集まり、掌が熱くなる。
核が揺れる。
悲鳴みたいなノイズが響く。
――やめろ。
――見てくれ。
――消えたくない。
歯を食いしばる。
救うって決めた。全部だ。誰一人置いていかない。
「……大丈夫だ。戻れる」
声に出す。
言葉にした瞬間、光が強くなる。
絡まっていた影が一つずつ剥がれ、空へ浮かんでいく。
最原が息を吐いた。
「……いける」
龍木が小さく頷く。
伊達が笑った。
「ほらな。四人いりゃ、どうにかなる」
最後の一層が剥がれた。
核の中心に、小さな光が残る。まだ消えてない。けど暴走は止まっている。
呼吸が荒い。
装甲の中が熱い。
遠くで、何かが揺れた気がした。
視界の端に、一瞬だけ紫の光。観測するような視線。
黒四館――。
けど、今は追わない。
光が弾け、世界が白く溶けた。