ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
翼を打った瞬間、空気が裂けた。
灰色の空を滑る感覚が背中に広がり、落下していく影が一斉に視界へ流れ込む。遠近感が狂う。近いはずの手が遠く、遠いはずの身体が急に目の前へ来る。
――落ちてる。
考えるより先に身体が動いた。翼を傾け、最初の生徒へ一直線に降りる。腕を伸ばし、制服の肩を掴んだ。衝撃が腕に跳ね返り、歯が鳴る。
「……大丈夫、だ」
自分に言い聞かせるように呟く。
落下の勢いを殺すため、翼を大きく広げた。空気が押し返し、身体が一瞬浮く。けれど背中に乗った重さが、思ったよりも強い。
視界の端で、別の影が傾いた。
もう一人、落ちる。
「くそ……!」
抱えたまま身体をひねる。重さが増し、胸が詰まる。呼吸が浅い。
翼を折り畳み、加速。風圧が頬を打つ。次の生徒の腕を掴んだ瞬間、落下速度が一気に変わった。
重い。
でも、離さない。
下を見ると、地面がゆっくり近づいている。灰色の世界なのに、落ちる影だけがはっきりしていた。
上空から最原の影が伸びてくる。落下軌道がわずかに逸れる。
伊達さんの銃声が空気を震わせ、下に集まっていたナイトメアが散った。
龍木さんの光が、着地点を淡く照らす。
助けられてる。
それでも、焦りは消えない。
もう一人。
さらにもう一人。
翼を打つたび、胸が痛む。風の流れが乱れ、視界が揺れる。
落ちていく顔が、みんな同じ角度で傾いていた。目を閉じたまま、抵抗もしない。
「……戻れ」
声が掠れる。
腕に抱えた体温が、少しずつ重なっていく。三人、四人。限界が近い。
けれど、上を見ればまだ影が揺れている。
怖い。
間に合わないかもしれないという考えが、胸の奥で膨らむ。
それでも、翼は止まらない。
高度を落としながら旋回し、最後に見えた影へ向かう。
伸ばした手が、指先だけ触れた。滑りそうになる。咄嗟に力を込め、引き寄せる。
――掴んだ。
息を吐く暇もなく、翼を大きく広げる。空気が渦を巻き、落下が緩む。
下から影が跳ね上がり、着地の瞬間を支えた。
膝が震える。
腕が重い。
それでも顔を上げると、まだ屋上に影が残っていた。
胸の奥で、焦りが冷たく広がる。
怖い。でも、止まれない。
翼を打つたび、空気が重くなる。
最初は軽かったはずの身体が、少しずつ沈み始めていた。腕に抱えた温度が増えるたび、背中の装甲がきしむ。
もう何人目だ。数えようとして、やめた。
下では伊達さんが着地点を押さえている。最原の影が伸び、落下の軌道をわずかにずらす。龍木さんの光が、暗い空間に細い道を描く。
――まだ、いける。
そう思って翼を打った瞬間、視界がわずかに揺れた。
呼吸が浅い。胸の奥が熱い。腕に力が入らない。
それでも、上を見る。
屋上から、また一人、静かに落ちてきた。
「……待ってろ」
声が出たのか、自分でも分からない。
翼を畳んで急降下する。風圧が耳を打ち、景色が伸びる。掴める距離まで近づいたとき、指先がわずかに震えた。
届く。
そう思った瞬間、腕の力が抜けた。
指が、滑る。
「……っ!」
掴み損ねた身体が、目の前を通り過ぎた。
慌てて体勢を立て直そうとする。翼が重い。動きが遅れる。
高度が下がる。
背中に抱えていた生徒の重さが、急に現実味を帯びてきた。
腕が痺れる。呼吸が乱れる。視界の端が白く滲む。
もう一度羽ばたこうとして、力が入らなかった。
翼が、わずかに遅れる。
身体が沈む。
落ちていく。
自分も、生徒も、まとめて。
空気の音が遠くなる。
上を見ると、屋上が小さくなっていた。
「万津君!」
最原の声が聞こえる。影が伸びてくる。けれど距離が遠い。
伊達さんの銃声が響く。空間が震える。龍木さんの光が瞬いた。
――間に合わない。
胸の奥で、冷たいものが広がる。
怖い。掴めなかった感触が、手の中に残っている。
それでも、腕の中の体温が離れない。
「……落とさない」
歯を食いしばる。
翼を無理やり開く。風が巻き上がる。だが、上昇はしない。
底が近づく。
灰色の地面が、ゆっくりと大きくなる。
焦りが喉を締め付ける。
鼓動が早い。音が遠い。
――このままじゃ、守れない。
そう思った瞬間、ドライバーがわずかに脈打った。
身体が沈み続ける中で、視界が揺れる。
上から落ちてくる影。
下から迫る地面。
空が、急に狭くなった気がした。
――そして、落下は止まらないまま、場面が途切れる。