ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
衝撃は、思ったより静かだった。
肺の奥に残っていた空気が一気に抜け、視界が暗く揺れる。背中の翼はすでに光を失い、装甲の軋む音だけが耳に残った。
――ここは、どこだ。
顔を上げる。灰色の空は見えない。代わりに、歪んだ建物の影が幾重にも重なり、底のない井戸みたいに周囲を囲んでいた。遠くで何かが擦れる音がする。足元の地面は柔らかく、踏み込むたびに靴底が沈んだ。
「……伊達さん? 最原……君?」
返事はない。
声だけが、空間に吸い込まれて消える。
ゆっくりと立ち上がった瞬間、背筋が冷えた。
視界の端で、何かが動いた気がする。
建物の影。
瓦礫の隙間。
ひび割れた窓の奥。
ひとつ、またひとつ。
灰色の輪郭が浮かび上がる。
ナイトメア。
数が、異常だった。
近くにも、遠くにも。立っているのか、這っているのか分からない影が、じっとこちらを見ている。
「……多すぎるだろ」
思わず息が漏れる。
今まで戦ってきた相手とは違う。個々は弱いはずなのに、群れになった瞬間、空気の重さが変わった。
囲まれている。
胸の奥で鼓動が速くなる。
武器の感触を確かめようとして、手が少し震えた。
――みんなは、どこだ。
周囲を見回す。
影も、声も、仲間の気配はない。
あるのは、静かな視線だけ。
一歩踏み出す。
すると、ナイトメアの群れが同時に揺れた。逃げるでも、襲うでもない。ただ、距離を測るように動く。
観察されている。
そんな感覚が、背中にまとわりついた。
「……来いよ」
低く呟く。
自分に言い聞かせるように、拳を握った。ここで止まれば、上に残っている生徒たちに届かない。
その瞬間、地面の奥からざわりと音が広がった。
数えきれない影が、一斉にこちらへ顔を向ける。
足音はない。
だが、圧力だけが近づいてくる。
距離が縮む。
視界が灰色に埋まる。
呼吸が浅くなる。
焦りが胸を叩く。
――ひとり、か。
思った瞬間、ドライバーが微かに脈打った。
まるで、何かが呼びかけるように。
ナイトメアの群れが、静かに包囲を狭める。
逃げ道はない。
それでも、後ろには下がらない。
足を踏みしめ、前を見る。
「……助けるって、決めたんだ」
声は小さい。
けれど、確かに震えは止まっていた。
次の瞬間、群れの中から一体がゆっくりと前へ出る。
それを合図にするように、無数の影が同時に動いた。
灰色の世界が、一気に押し寄せてくる。
灰色の地面が、ゆっくりと揺れた。
最初は風かと思った。だが違う。建物の影から現れたナイトメアが、ひとつ、またひとつと近づき、互いの身体を押し合わせ始めていた。
角を持つ影。
牙を剥いた輪郭。
破れた翼のようなものが、重なり合う。
ただの群れじゃない。
ナイトメア同士が絡み合い、溶けるように積み上がっていく。
腕が別の腕を掴み、背中に翼が生え、牙の隙間から別の顔が覗く。西洋の悪魔を思わせる歪なシルエットが、ゆっくりと形を成していった。
「……なんだよ、これ」
思わず足が止まる。
数が多いとは思っていた。でも、これは“数”じゃない。
ひとつの塊だ。
無数の個体が寄り集まり、巨大な影を作り上げる。
灰色の装甲の隙間から、別々の瞳が瞬き、呼吸のように脈打った。
地面が沈む。
影が立ち上がる。
背中から広がる翼が、何重にも重なって空気を震わせた。
角がいくつも空を指し、牙の列がゆっくりと開く。
圧力が降りてくる。
――逃げ場がない。
それでも、後ろへは下がらない。
拳を握り、息を整える。胸の奥で、ドライバーが小さく震えた。
巨大なナイトメアが、一歩前へ出る。
無数の足音が重なり、地面が割れる。
視界いっぱいに広がる灰色の影。
個々の顔が、同時にこちらを見ていた。
「……ひとりじゃないんだろ」
小さく呟く。
声が震えそうになるのを、歯で押さえた。
影がさらに膨れ上がる。
角が伸び、牙が軋み、翼が空気を裂く。
その中心で、ドライバーの光が一瞬だけ強く脈打った。
何かが、呼んでいる。
巨大な影が腕を振り上げる。
空気が引き裂かれ、落下の衝撃より重い圧力が迫ってくる。
それでも視線は逸らさない。
目の前の塊を見上げたまま、足を踏みしめる。
――ここで止まるわけにはいかない。
灰色の世界の底で、巨大な悪夢がゆっくりと牙を剥いた。