ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
背中の翼が、閉じた。
それだけで空気が潰れたみたいに震えた。灰色の地面が揺れ、砂の粒が一斉に跳ねる。次の瞬間、圧力が正面から押し寄せ、身体が数歩後ろへ滑った。
「……っ」
翼じゃない。壁だ。
何層にも重なった羽根が、風を叩きつけてくる。上へ跳ぼうとしても、身体が持ち上がらない。空が拒んでいるみたいだった。
飛べない。
ゼッツの装甲が軋む。足元の地面に力を込めると、靴底が深く沈んだ。
逃げる場所はない。視界いっぱいに広がる巨大な影が、ゆっくり腕を持ち上げる。
――ここで止まったら、上に戻れない。
息を吐く。肺が熱い。
拳を握り直し、地面を踏みしめた。踏み込んだ場所から細かい亀裂が走り、衝撃が足裏から背中へ抜ける。
「……まだだ」
風圧がさらに強くなる。視界が歪み、音が遠のいた。
それでも、ドライバーの鼓動だけがはっきりと響く。
低く、速く。
まるで雷が近づくみたいに。
巨大なナイトメアの翼が再び閉じる。空気が押し潰され、身体が沈む。
膝が揺れる。だが、倒れない。
両足を開き、腰を落とす。拳を引き、真正面から風を受け止めた。
「……来いよ」
ドライバーに手をかける。
熱が指先に集まる。脈打つ音が胸まで響いた。
『グッドモーニング! イ・ナ・ズ・マ! ライダー!ゼッツ・ゼッツ・ゼッツ!プラズマ!』
雷光が弾ける。
灰色の空間が一瞬だけ白く染まり、身体を走る光が装甲の縁を描いた。
風圧が、裂ける。
背中から溢れた光が尾を引き、地面の砂を吹き飛ばす。
さっきまで動かなかった空気が、今度は自分の後ろへ流れていった。
視界が一気に澄む。
巨大な影の動きが、線のように見えた。
「……遅い」
足を踏み出した瞬間、地面が弾けた。
雷鳴が遅れて響き、残像だけがその場に残る。
ナイトメアの腕が振り下ろされる。
だが、その軌道の外側にすでに身体は移動していた。
風圧が背中を掠める。
熱と冷気が混ざり合い、鼓動がさらに速くなる。
空はまだ重い。完全には飛べない。
それでも、速度だけは奪われない。
雷光を纏った拳を握り、巨大な影を見上げる。
無数の眼がこちらを追う。翼が震え、空気が揺れる。
「……道、開けてもらう」
低く呟き、足元に雷が走った。
灰色の底で、光が一直線に走り抜ける。
巨大な腕が、空気を裂いた。
何本もの腕が絡み合い、一つの塊になって振り下ろされる。影が視界を覆い、灰色の地面が揺れる。反射的に足を踏み出した瞬間、雷光が弾けた。
――速い。
プラズマイナズマの身体が軌道を外れる。
残像だけを残し、巨大な腕の内側をすり抜けた。遅れて衝撃が地面に落ち、瓦礫が弾け飛ぶ。
振り返る。
無数の指が絡み合った腕が、ゆっくりとこちらを向き直した。
「……今だ」
地面を蹴る。
雷の尾を引きながら腕の側面へ回り込み、拳を叩き込んだ。
閃光。
衝撃が腕を貫き、灰色の肉片が崩れる。
だが――
砕けたはずの部分が、波のように揺れた。
隙間から新しい影が湧き上がり、腕の形がすぐに戻る。
「……は?」
拳を引いた瞬間、違和感が走る。
効いていない。
もう一度、速度を乗せて蹴りを放つ。雷が弾け、表面を削る。だが、削れた部分はすぐ別のナイトメアが埋めるように動いた。
まるで、殴っているのが“群れ”そのものみたいだった。
巨大な腕が再び振りかぶる。
今度は二方向から同時に迫る。
雷光を纏い、横へ跳ぶ。風圧が背中を撫で、耳鳴りが走る。
地面に着地した瞬間、胸の奥が強く脈打った。
「……意味、ないのかよ……」
低く漏れる声。
視界の端で、砕いたはずの腕が完全に再構成されるのが見えた。
速さはある。避けられる。
でも、削れない。
拳を握り直す。
呼吸が荒い。焦りが喉に引っかかる。
巨大な影が、さらに膨らむ。
無数の瞳が同時にこちらを見下ろし、腕がゆっくり持ち上がった。
――このままじゃ、終わらない。
足を踏み出す。雷光が散る。
それでも胸の奥に残る感触が、さっきまでと違っていた。
速くても、壊せない。
灰色の底で、巨大な腕が三度目の影を落とす。