ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
腕が、重なった。
一度じゃない。
二度でもない。灰色の塊が波のように押し寄せ、巨大な腕の形を崩しながら何本も伸びてくる。
雷光が弾ける。
俺の身体が横へ滑り、振り下ろされた一撃を紙一重で避けた。地面が裂け、砂が舞い上がる。
だが、次が来る。
別方向から、また腕。
さらに背後から、別の影。
速さでは負けてない。
なのに、逃げ道が見えない。
「……多すぎるだろ、これ……!」
踏み込み、残像を置き去りにする。
けど、避けた先にもすでに灰色の手が伸びていた。
群れが、道を塞いでる。
拳で払い、蹴りで弾き飛ばす。
砕けたはずの部分が、次の瞬間には別のナイトメアで埋まる。腕の形が、どんどん増えていく。
数が、減らない。
「……なんで、終わらないんだよ……!」
腕が肩を掠めた。
装甲に絡みつく指の感触が走る。
「離れろ……! 邪魔すんな……!」
雷を纏わせて振り払う。だが、すぐ別の手が腰を掴み、足首に絡む影が増えた。
動こうとするたび、引き戻される。
避ける。
踏み込む。
抜ける。
それでも、次の腕が視界を埋める。
空間が狭い。
群れが距離を削り、雷の軌道を閉じてくる。
「……くそ、速さだけじゃ……!」
巨大な塊がゆっくりと前へ出る。
その背後から、さらに細い腕が無数に伸びた。
逃げ道が、消える。
足を蹴り出した瞬間、背中に衝撃が走った。
見えない角度から腕が巻き付き、肩を押さえつける。
「……っ、離せって……!」
振り払おうと身体を捻る。雷が走り、数本は砕ける。だが、その隙間を埋めるように別の手が絡みつく。
腕。
腕。
また腕。
まるで群れ全体が意思を持って動いてるみたいだった。
片足が持ち上がる。
次の瞬間、足首が掴まれ、地面へ叩き戻された。
「……ぐっ……!」
衝撃が背中を走る。
視界が揺れ、雷光が一瞬途切れる。
――数の、暴力。
息が詰まる。
拳を握り直そうとするが、指先に別の影が絡みついた。
「……まだ、動ける……まだ……!」
腕が増える。
身体が少しずつ沈む。
プラズマイナズマの光が、群れの中に飲み込まれていく。
胸が重い。
呼吸が浅い。
「……くそ……上、まだ……助けないと……」
低く漏れる声。
だが、次の瞬間、胸元まで灰色の手が押し寄せた。
巨大な影がゆっくり腕を閉じる。
雷光が隙間から漏れ、空間が軋む。
避けても、逃げても、終わらない。
無数の手が、ついに俺の動きを止めた。
灰色の群れの中で、光だけが揺れる。
灰色の手に押し潰されそうになった瞬間だった。
耳の奥に、柔らかな声が落ちてくる。
「万津様、こんな所で負ける訳にはいけませんよね」
――黒四館。
胸の奥がわずかに揺れた。
視界の端、群れの隙間から細い影が歩み寄ってくる。灰色の世界に似合わないほど落ち着いた足取り。笑みを浮かべたまま、俺を見上げていた。
「……お前、なんでここに……」
腕に締め付けられながら、声を絞り出す。
黒四館は肩をすくめ、小さく首を傾けた。
「だって、観測者ですもの。万津様が壊れる瞬間を見逃すなんて、もったいないでしょう?」
冗談みたいな言い方。
けど、瞳だけは真っ直ぐ俺を捉えている。
ナイトメアの腕がさらに締まる。装甲が軋み、雷光が細く漏れた。
「……助けに来た訳じゃないんだろ」
「ええ。もちろん。助けるなんて、そんな優しいことはしません」
くす、と笑う。
その笑みの奥に、妙な熱が混じっていた。
「でも――導くことは出来ます」
黒四館の手が、胸元のドライバーへ伸びる。触れていないはずなのに、鼓動が急に速くなった。
群れの奥から巨大な影が動く。腕が閉じ、視界がさらに狭くなる。
「……くそ……離れろって……!」
身体を捻る。だが、腕は外れない。雷を纏っても、灰色の手が次々に重なり、動きを封じてくる。
息が乱れる。
焦りが喉に刺さる。
黒四館が一歩近づいた。群れは彼女を避けるみたいにわずかに揺れる。
「万津様、あなたはいつも“助ける側”でいようとしますね」
「……当たり前だろ……!」
「でも今は、捕まっている。速さも、力も、届いていない」
言葉が、静かに刺さる。
巨大な腕がさらに押し込んできた。膝が揺れる。視界が白く滲む。
「……まだ、終わってない……!」
絞り出した声に、黒四館は満足そうに微笑んだ。
「そう。その顔です」
彼女の足元から、淡い光が滲む。灰色の群れの奥で、何かが脈打った。
「万津様は、もっと深く潜れる。表面の雷ではなく、もっと……壊れる一歩手前まで」
ドライバーが強く震える。
胸の奥に、冷たい何かが触れた気がした。
腕の拘束がさらに強まり、雷光が押し潰される。
逃げ場はない。
黒四館はすぐ目の前まで来ていた。
笑みのまま、低く囁く。
「さあ……そのまま堕ちてください。あなたの“本当の光”が見たいんです」
巨大な影が腕を閉じる。
灰色の闇が視界を覆い、雷の光が細い線になって揺れた。
――鼓動だけが、やけに大きく響いていた。