ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ   作:ボルメテウスさん

193 / 255
夜明け Part3

医療室の空気は、戦いの直後とは思えないほど静かだった。

機械の規則的な音と、モニターの淡い光だけが、現実に戻ってきたことを静かに告げている。

 

ベッドに身体を預けたまま、俺は天井をぼんやりと見上げていた。

さっきまでの戦いの感覚がまだ身体の奥に残っていて、完全に気を抜くことができない。

 

その時、すぐ横から軽い声が聞こえた。

 

「まぁ、とりあえず生きててよかったっすね」

 

日菜だった。

いつもと同じようにラフな口調で話しているが、その視線はタブレットの画面からほとんど離れない。

 

「万津くん、今のところバイタルは安定してるっす。

でも……」

 

そこで一瞬だけ言葉が止まる。

ほんのわずかな間だったが、その沈黙が妙に気になった。

 

俺は視線だけを横に向ける。

 

「でも、なんだよ」

 

日菜は小さく息を吐いてから、画面をこちらに向けた。

 

そこには波形のようなグラフがいくつも表示されている。

だがそれは心拍数や脳波というよりも、もっと複雑で歪んだデータの集まりだった。

 

「これ、カタストロム使ってた時のログなんすけど」

 

指で一つの波形をなぞる。

 

「正直、普通じゃないっす」

 

軽い言い方だったが、内容は明らかに軽くない。

 

「この部分見てほしいんすけど」

 

拡大された波形は、ある一点で大きく歪んでいた。

まるで何かに引き裂かれたように、不自然な跳ね上がりを見せている。

 

「ここ、制御ギリギリのラインっす」

 

日菜の声はいつも通りのトーンを保っている。

けれど、その指先がわずかに止まっているのを見てしまった。

 

「あと数秒遅れてたら、完全に持ってかれてた可能性あるっすね」

 

医療室の空気が、少しだけ重くなる。

 

俺はその画面を見つめたまま、ゆっくり息を吐いた。

 

「あぁ……」

 

あの時の感覚は覚えている。

力が溢れてくるというより、沈み込んでいくような感覚だった。

 

底がどこまでも続いていて、踏み外せば戻れなくなるような。

 

「……分かる」

 

そう答えると、日菜が少しだけこちらを見る。

 

「マジっすか」

 

「使ってる時、ずっとあったんだよ」

 

視線を天井に戻す。

 

「どこまで行っていいのか、分からない感じ」

 

言葉にすると、ようやく形になる。

 

「踏み込んだら戻れないって、なんとなく分かってた」

 

日菜はその言葉を聞いて、少しだけ視線を落とした。

 

「……それっす」

 

タブレットを軽く叩く。

 

「カタストロムって、あくまで万津くんのナイトメア由来なんで」

 

少しだけ声のトーンが落ちる。

 

「使えば使うほど、深いとこに引っ張られる構造なんすよ」

 

俺は小さく頷く。

 

「今回大丈夫だったのは、仲間のカプセムがあったからっす」

 

画面に別のグラフが表示される。

 

四色の波形が、さっきの歪んだラインを支えるように重なっている。

 

「これがなかったら、多分アウトっす」

 

あっさり言う。

だが、その言葉の重さは十分伝わる。

 

「だから、まとめると」

 

日菜は指を三本立てる。

 

「長時間使用はダメ」

 

一本折る。

 

「連続使用もダメ」

 

さらに折る。

 

「単独使用は、もっとダメ」

 

最後の一本を折ったところで、小さく笑った。

 

「……まぁ、全部ダメっすね」

 

軽口のように言っているが、視線は笑っていない。

 

俺はその様子を見て、少しだけ口元を緩める。

 

「随分はっきり言うな」

 

「そりゃ言うっすよ」

 

日菜は肩をすくめる。

 

「死なれたら困るんで」

 

その言葉は軽いが、そこにある意味ははっきりしている。

 

俺はゆっくりと身体を起こし、拳を軽く握った。

 

力はちゃんと残っている。

けれど、それがどれだけ危ういものかも理解できた。

 

「……分かった」

 

短く答える。

 

「無茶はしない」

 

日菜が一瞬だけ目を丸くしたあと、すぐに笑う。

 

「おぉ、素直っすね」

 

「今回ので、十分分かったからな」

 

視線をまっすぐ前に向ける。

 

「一人で使う力じゃない」

 

その言葉に、日菜は小さく頷いた。

 

「それでいいと思うっす」

 

タブレットの画面を閉じる。

 

「カタストロムは強いっすけど」

 

少しだけ間を置く。

 

「強いほど、扱いミスると終わるっすからね」

 

その言葉は静かに、しかし確実に胸に残った。

 

医療室の静けさの中で、俺はその意味をゆっくりと噛みしめる。

 

力はある。

 

けれど、それは一歩間違えれば全部を壊す。

 

だからこそ。

 

「……ちゃんと使う」

 

誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。