ダンガンロンパZ 希望のライダーと悪夢のビデオ 作:ボルメテウスさん
学園の廊下は昼休みのざわめきに包まれていたが、その中で百田の声だけがやけに強く響いていた。
肩を掴まれるようにして引き寄せられた時点で、ただの雑談ではないとすぐに分かった。
「万津、ちょっといいか」
いつもの勢いのある声ではあるが、どこか引っかかるものがある。
軽く頷くと、百田は周囲を気にするように視線を動かしてから、少し声を落とした。
「最近さ、あいつ……様子がおかしいんだよ」
「あいつ?」
聞き返すと、百田は短く息を吐く。
「春川だよ」
その名前を聞いた瞬間、胸の奥で何かが引っかかった。
知らないはずの相手なのに、妙に無視できない感覚が残る。
「……何があったんだ」
百田は少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。
「説明しにくいんだけどよ、なんかこう……普通じゃねぇんだ」
曖昧な言い方だったが、それが逆に現実味を帯びている。
百田がここまで言葉を濁す時は、本当に言い表せない違和感がある時だ。
「見れば分かる」
短くそう言って、百田は歩き出した。
廊下を抜け、人気の少ない校舎の奥へ向かう。
足音だけが静かに響く中で、空気が少しずつ重くなっていくのを感じた。
やがて、一つの教室の前で立ち止まる。
「ここだ」
扉を開けた瞬間、空気が変わった。
教室の奥、窓際に一人で座っている少女がいた。
春川魔姫。
視線が合った瞬間、わずかに肩が揺れる。
その目は鋭く、同時にどこか怯えを含んでいた。
「……誰」
短い一言だったが、拒絶の色がはっきりと出ている。
百田が一歩前に出る。
「こいつは万津だ。心配だったから連れてきた」
春川は何も言わず、じっとこちらを見ている。
その視線は人を見るというより、何かを測るような目だった。
俺は一歩だけ近づく。
その瞬間、彼女の表情がわずかに強張る。
「……大丈夫だ」
とっさにそう言っていた。
なぜそう言ったのかは分からない。
けれど、目の前にいるこの人間が無理をしているのは、はっきりと分かった。
春川はその言葉に反応せず、小さく息を吐いた。
「……別に」
視線を逸らし、窓の外を見る。
「大したことじゃない」
その言い方は明らかに“そうじゃない”ことを示していた。
百田が腕を組みながら言う。
「いや、大したことあるだろ」
少し強めの口調だった。
「最近ずっと変だし、授業も上の空だしよ」
春川は何も答えない。
ただ、指先がわずかに震えている。
「……何があった」
百田の問いは、今度は静かだった。
しばらく沈黙が続く。
やがて、春川はゆっくりと口を開いた。
「……子供が」
その声はかすれていた。
「消える」
教室の空気が一瞬で冷える。
百田が眉をひそめる。
「は?何言ってんだよ」
「見えるんだよ」
春川は視線を動かさないまま続ける。
「孤児院で……遊んでた子供が」
その言葉の途中で、わずかに息が詰まる。
「急に……消える」
静かな言い方だったが、その中にある恐怖は隠しきれていない。
「そんなの、あるわけねぇだろ」
百田が即座に否定する。
現実的な反応だった。
普通なら、そう考える。
けれど。
俺はその言葉を聞きながら、視線をわずかに落とした。
頭の中で、別の可能性がはっきりと形になる。
現実じゃない。
“見えている”のではなく、“見せられている”。
ナイトメア。
胸の奥で、確信に近い感覚が静かに広がる。
顔を上げる。
春川はまだ窓の外を見ている。
だが、その目はどこにも焦点が合っていない。
「……それ」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「どこで見た」
春川の肩がわずかに動く。
「……場所、覚えてるか」
その問いに対して、少しだけ間があった。
やがて彼女は、ほんのわずかに頷く。
その瞬間、確信が形になる。
これは。
もう始まっている。
俺は静かに息を吸った。
「百田」
声をかける。
「これ、ただの話じゃない」
百田がこちらを見る。
「……どういうことだ」
俺は一瞬だけ目を閉じる。
そして開く。
「ナイトメアだ」
その言葉が、静かに落ちた。
教室の空気が、完全に変わる。
遠くでチャイムが鳴る。
だが、その音はもう日常のものには聞こえなかった。